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「あっち行ってみようか? 人少なそうだし」
慎太郎が、車いすを漕ぐ手を止めて大我に指差した。
大我はこくんとうなずいて、ついていく。
2人はしばしの散歩に出かけているのだった。大我の、外に慣れる練習として。
声こそ出さないものの、その足取りはいくらか軽く、表情もずいぶんと柔らかくなっていた。
時刻は夕暮れ時。クラリティのある住宅街には仕事終わりの会社員、学校終わりの生徒たちが道を行き交っていて、どこか忙しなくも穏やかで平和な時間だった。
「北斗くん、良くなってきたみたいで安心だね」
その言葉に、また大我は微笑んでうなずき返す。
数日前から熱を出していた北斗は、もう熱も下がり、いつもの元気が戻ってきた。
一方でジェシーは外泊に出かけている。実家に帰るんだと言っていた。
樹と高地はというと、ヘルパーと一緒にショッピングに行っている。慎太郎も誘われたが、北斗と大我が心配で残ることにしたのだ。
するとそのとき、大我は背筋に冷たいものを感じて立ち止まった。慎太郎が振り向く。
「どうした?」
誰かから呼ばれたような気がしたけど、後ろを見ても誰もいない。
「大我くん?」
次に呼んだのは、慎太郎の声だった。それにほっとする。
さっきの声は、幻だ。自分でそう納得させた。
大我が持つ統合失調症は、幻覚や幻聴の症状を呈すことがある。病院にいたときから、それに悩まされていた。
でも今は、心配して呼んでくれる仲間がいる。
大我はまた歩き出した。大丈夫だよ、と伝えたいけどなかなか口は動かない。
「ちょっと俺、腕疲れちゃった。大我くんもしんどいでしょ、帰ろっか」
2人は帰路につく。
クラリティに帰ると、職員が笑顔で迎えてくれた。
「大我さん慎太郎さん、北斗さんに花火のことをお伝えしたら、やりたいって言ってましたよ。余裕を持って、来週末になりそうです」
顔を見合わせて笑い合う。
「よかった! みんなにも言わなきゃ」
それから、戻ってきた樹と高地も合流して夕食を摂った。ジェシーがいないから、ちょっぴり寂しくはある。
「誰かテレビつけてー」
慎太郎が言った。自分で動く気はないらしい。
「樹…はダメか」
そのとき、黙って食べていた大我が立ち上がる。樹は軽く驚き、気づいた慎太郎は「きょもありがとう」と言う。
「きょも?」
訊いたのは高地だ。
「そう、今日あだ名つけたんだよね」
テレビのリモコンを押した大我は、振り返って笑う。2人も嬉しそうに笑い返した。
樹と高地も理解しやすいように、字幕と副音声をつける。
ひとつの番組を見ながらそれぞれの笑い声を響かせるみんなは、さながら兄弟のようだった。
続く
コメント
1件
第12話、読み終えました〜🌙 大我が外の散歩に挑戦して、少しずつ顔つきが柔らかくなってるの、すごく伝わってきた。幻聴がまた出かけたときはドキッとしたけど、慎太郎や仲間たちが自然に気にかけてくれるあたたかさがじんわり沁みる…。 あと、大我が自分からリモコン取って、笑顔を見せたところが本当に好き。言葉じゃなくても伝わる絆が尊い。兄弟みたいな空気、大好きです🥀🤍 続きも気になるけど、今はこの穏やかな時間を大事にしたいなって思えた。