(おいしーー)
麗がはじめての串カツに恍惚としている間にも料理長が次の串を揚げている音がして、カウンター越しについ、じっと見つめてしまう。
「麗ちゃん、次の飲み物何にする?」
横に座っている義母に声をかけられて、麗は串カツの世界に囚われていた事に気づいた。
太閤さんのお城が目の前にあるホテルは、キラキラした美しさはない。
だが、荘厳で、スタッフの教育も行き届いている。
きっと、大事に育てた跡取り息子に麗なんぞが嫁いできてガッカリしているだろうに、義父母は変わらずに優しい。
明彦との血の繋がりを色濃く感じる美しい義母と、渋いがスリーピースのスーツを着こなすお洒落な義父には、麗は初対面の時から大変お世話になっていた。
ことの発端は勿論、父だ。
麗が短大最後の年の夏。
父による『ドキッ、愛人と飲酒運転、公務執行妨害でも逮捕されかけたよ』は起きた。
それからはもう、大変だった。
姉は朝から晩まで会社に泊まり込んだうえ、当時はまだ麗も住まわせてもらっていた佐橋の家を取り囲み、どこから番号が漏れたのか固定電話がひっきりなしに鳴って、何度もチャイムを鳴らされた。
しかし、当事者の父はとっととどこかのホテルに雲隠れしていたので、飢えた群れの前に餌を放り出すことも出来なかった。
それで結局、継母は実家へ、愛人の娘のため継母の実家に行けるわけがない麗はいもしない友達の家に泊まると嘘を付き、家に篭もろうとしたのだ。
そんなときだ、明彦が迎えに来てくれたのは。
そうして、マスコミをかき分け、なんとかたどり着いた須藤のお屋敷で、初対面にも関わらず二人は暖かく迎え入れてくれた。
それから、政治家の失言や、芸能人の不倫にマスコミの関心が移り、ほとぼりが冷めて、姉が迎えに来てくれるまでの丸々二週間をお屋敷で引きこもり続けさせてもらったのだった。
だから、麗は二人の事がとても、とても好きで感謝している。
(せめて嫁としてしっかりしないと……!)
「……すみません」
「美味しそうに食べてくれて連れて来た甲斐があるよ。串カツは初めてかな?」
義父がに笑ってドリンクメニューを渡してくれたが、流石ホテル、ソフトドリンクすら高い。
「はい、食べたことがなかったです。飲み物はお水があるので」
高級ホテルの一角に串カツ屋があると聞いたときは、串カツって庶民の食べ物だよね? と、不思議に思ったが、落ち着いた内装と飾られているお酒と新鮮そうな食材を見るだけでも、なるほど高級な店である。
いつもの通勤用の服装ではなく、姉のお下がりのブランドのワンピースを着ていて良かった。
袖のレースが可愛いメリハリのない筒状のワンピースは、スタイルが良すぎる姉が着ていればスカートが短く見えたが、悲しいかな麗にはピッタリだ。
「わかったわ。私と同じカクテルね」
「……はい」
義母がカクテルを二人分注文し、義父が日本酒を頼んだ。
「明彦が居ないのに来てくれてありがとう」
義父の言葉に麗は首を振った。
「誘ってくださって本当に嬉しいです」
今朝、急だけど串カツが食べたくなったから一緒にどうかしら?
と義母から連絡が来たので、明彦は残業する予定だと伝えると、なぜか気づいたら麗だけホテルで待ち合わせすることが決まっていたのだ。
「麗ちゃんが娘になってくれて嬉しいわ」
うふふと、義母が笑ってくれたので、麗はお世辞と解りながらも微笑んだ。
「いつも可愛がって下さっているお義父さんとお義母さんの娘になれて私も嬉しいです」
「元からいた可愛い息子も家族が増えて嬉しいよー」
麗が義彦の冗談に吹き出すと義母が、はいはい、かわいいかわいいと追随する。
「新婚生活はどう? あの子強引なところがあるでしょう? 麗ちゃんを困らせてない? 不満があったら遠慮なく言うのよ」
義父がおやおやと片眉を上げる。強引なところは誰に似たのかなと言いたげだ。
「とても幸せにしていただいてます。会社も上向いてきました」
不満など言えばバチが当たるくらいには大切にしてもらっている。
「じゃあ、あとは子供ね。楽しみだわ、孫!」
まだ見ぬ孫を想像してうっとりしている義母に麗は思わず固まった。
子供を作るような事もしていないという事実が脳内を占める。
「コラッ、そういうことは二人のペースがあるんだから」
「そうだよ、母さん。イマドキそんなこと言う姑はクソトメって呼ばれるんだぜ」
「だって……ごめんなさい」
しゅんと頭を下げた義母に麗がてをわちゃわちゃさせた。
「いえ、そんな……」
「どうぞ、できたてをお召し上がりください」
料理長が出来立ての串カツが皿に乗せてくれ、塩でお食べくださいと言ってくれたので、麗はホッとしたのだった。