テラーノベル
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Doors好きな主
42
約10分後、坂本は何食わぬ顔で部室へやってきた。
「さあ、話してもらおうか」
「さて、どこから聞きたい?」
尋ねる私の声に、坂本のニヤついた声が重なった。
しばらくして、根負けした私が切り出す。
「心霊的なことにだけは絶対ふざけないお前が、どうしてあんなイタズラをしたんだ?」
後輩達の話を聞いている間、ずっと引っかかっていた。
坂本は、強すぎる霊感のせいで何度も苦労してきた人間である。
だからこそ、心霊現象を面白半分で利用して人を怖がらせるような真似だけはしない。
「その質問に答える前に、俺からも1つ聞いていいか?」
「何だよ?」
「お前、あのエレベーターの噂、いつから知ってた?」
「前から知ってたわけじゃない。今日、その話をしてる人がいて、小耳に挟んだだけだ」
「そうか」
坂本はそこで一度言葉を切り、こちらを見る。
「じゃあ、その人達は、どうして今日その噂を話してたと思う?」
「知らねーよ。夏ってことで怖い話してたんじゃ?」
「違う、たまたまじゃない」
「じゃあ何で?」
坂本は、少し声を落として言った。
「今日が命日だからだ」
一瞬、彼が何を言ったのか理解が追いつかなかった。
「数十年前の今日、あのエレベーターで人が亡くなった。地方紙にも載らないような、ほとんど表に出なかった自殺だったらしい。調べた」
どうやってそこまで調べたのかは教えてくれない。
噂を耳にした後、私も図書館のデータベースで過去の新聞記事を軽く調べたが、それらしい記事を見つけられず、半ばデマだと思っていた。
だからこそ、後輩達の前で軽々しく話題にしてしまったのだ。
「お盆みたいに、特定の日にだけ霊が戻ってくるなんて俺は思ってない」
淡々と続ける坂本。
「成仏できないなら、ずっとそこにいる。成仏したなら、特定の日だけ現れるなんてこともない。俺の感覚では、0か100なんだよ」
「何が言いたいんだ? わかるように言えよ」
「命日だからって、何も変わらないってことだ。その日だからエレベーターに現れる、なんて話じゃない」
「じゃあ、今日は何もなかったんだな?」
私の問いに答えず、坂本は口元だけで笑った。
「それなのに、どうしてたまたまそいつの命日に、たまたま昔の自殺の話が出たんだろうな?」
背中に寒気が走る。
「……偶然だろ」
「そうかもな」
その返事が妙に引っかかった。
坂本は後輩達が置いていった酒へ手を伸ばし、一口飲んでから言葉を継ぐ。
「ここから先は俺の想像だ。聞き流してくれていい」
そう前置いて、独り言のように話し始めた。
「あそこで死んだ人間は、成仏できなかったんじゃないかと思ってる。死んでもそこを離れられず、今も建物の中を彷徨ってるんじゃないかな」
その人に何があったのかは、私達には知る由もない。
まして、なぜ自ら死を選んだのかなど、わかるはずもなかった。
「亡くなってしばらくは、実際に起きた出来事として語られてたんだろうな。けど、知ってる学生は卒業するし、教職員だっていなくなる。そうやって『実際にあった話』が『昔あったらしい話』になって、最後には『本当かどうかわからない噂』へ変わっていく」
記録が残っていなければ、なおさらだ。
時間が経つほど、人の死という大きな出来事でさえ、輪郭を失っていく。
「でも時々、この世のものじゃない存在に敏感な人間が現れる」
「お前みたいなやつか?」
「そう」
坂本は空になった缶を机へ置いた。
「もしそういう人間にだけ、あいつが何かを伝えていたとしたら?」
「……『俺は数十年前の今日、ここで死んだ』とか?」
「さあな。あくまで俺の想像だよ」
そう言いながら、誤魔化すように視線を逸らした。
そして次の缶へ手を付けてから、坂本は不意にこちらを指さす。
「俺に揶揄われたのは、あいつらだけじゃないぞ」
「は?」
坂本は、にやりと笑う。
「お前もだよ」
「俺が揶揄われた? どういうことだよ」
確かに後輩達は揶揄われただろうが、私自身は覚えがない。
むしろ、エレベーターの消灯について説明し、怯えていた彼らを安心させて帰したのは私の方だ。
「俺は、あいつらに一刻も早く帰ってほしかったんだよ」
「ふざけ半分で危ない目に遭わせたくなかったんだろ? だから俺も意図を汲んで、自動消灯のことを説明して帰したんじゃないか」
「そこだよ。そこに、俺とお前の認識の齟齬がある」
「認識の齟齬?」
坂本は缶を置き、少しだけ身を乗り出した。
「俺が自動消灯の仕組みを利用して、あいつらを怖がらせたと思ってるだろ」
「そうだけど」
「違う。俺はそんなに優しくない」
口元には相変わらず薄い笑みが浮かんでいるのに、その声は妙に冷たかった。
「身をもって怖い思いをさせて、二度と肝試しなんてしたくないと思わせるつもりだったんだ」
「……どういうこと?」
言っている意味がわからなかった。
「お前が雑学に詳しいのは知ってる。でも今回は、その知識が裏目に出たな」
「だから、何が違うんだよ」
坂本は一拍置いてから答える。
「あのエレベーター、人感センサーなんだよ」
思わず言葉に詰まった。
「……嘘だろ?」
「本当だ」
坂本の説明によれば、あの機種は、一定時間動きがないから照明を落とすだけの仕組みではなく、人の有無を検知して消灯を制御するタイプだったらしい。
つまり、女の子が中でじっと立っていたとしても、そこに人がいると認識されている限り、照明が消えるはずはないのだ。
「もちろん、センサーの不具合かもしれない。俺だって、あのタイミングで何が起きたのかまではわからないよ」
そこで坂本は一度言葉を切る。
「ただ、あの瞬間、エレベーターは中に人がいると認識してなかったんだよ」
背筋に冷たいものが走った。
エレベーターの中には、確かに人が1人いたのに、機械は誰もいないと判断したのである。
不具合なら、それで話は終わる。何らかの理由でセンサーが正常に作動していなかったというだけなら、怖がる必要はない。
けれど、頭の中には別の考えが浮かんでしまった。
もしあの瞬間だけ、エレベーターの中にいた彼女が『人』として認識されない状態になっていたのだとしたら。
たとえば、そこにいた何かが、彼女の身体へ重なるように存在していたとしたら――。
もちろん、そんなことでセンサーがどう反応するのかなど、私にはわからない。
ただ1つ確かなのは、後輩達に説明した、単純な自動消灯の話ではなかったということ。
あの時、坂本は女の子に「ドアに背を向けて立っていろ」と指示している。
もし彼が、最初から何かを視ていたのだとしたら。
そして、照明が消えたあの数分間、彼女のすぐ後ろに何かが立っていたのだとしたら――。
あの暗闇の中で、彼女は本当に1人だったのだろうか?
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