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後半もカルロスが躍動した。
前半に五人抜きやオーバーヘッドキックをぶちかました疲労を感じさせないキレッキレの動きで、キボコーを翻弄する。
もしもピッチにカルロスがいなければ、両チームともに優劣つけがたい状況だっただろう。
だがしかし――、カルロス鈴木。
ぶっちゃけ反則みたいなものだ。サンパウロFC・育成部門でバチバチに鍛えられた(という噂の)若者が、県大会の予選リーグに出場しているのだから。
ピッチを埋めるキボコー選手達の嘆きは嵩ますばかり。
球競り合いの末のルーズボールに、部多谷が体重を無力化させる『俊敏なデブ』走りで対応するも、次の瞬間、
「ほげえっ」
部多谷(0.1トンオーバー)の身体が吹っ飛ばされた。
カルロスだ。
肩で強烈なタックルを部多谷に見舞わせ、ボールを刈り取る。いや、屠畜する。
強靭な体躯×テクニック×スピード×バネ×ブラジル×……掛けるものがあり過ぎた。
さすがの美神も、「まいったわね」と、ヘッドスパを受けてさっぱりした艶髪を手ぐしでとかす。
後半は失点こそないものの、攻め手を欠き、じりじりと時間が過ぎていた。
爪を噛んで眼前の光景を睨みつける魔王。
正直な話、魔王にとってサッカーは遊びだ。何故ならば、負けても命を取られない。
魔界では、勝負の一つ一つ、すべてに命がかかっていた。
負け、即、死。
生き残りたいのならば、勝て。
死を目前にして泣き叫ぶ者、悟りきって無口になる者、気が触れたのか笑いだす者、魔王は様々な最期を見てきた。
そんな魔王にとって、眼前で繰り広げられているサッカーは、いくら球際でバチバチと身体をぶつけ合うことがあっても、所詮はヒューマンの健康運動にしか思えない。
何がそんなに苦しいのか? そんなこともできないのか?
ヒューマンの運動能力はまったくもって……冷めた感情しか持てなかった魔王、だったはず、なのだが――……魔王は膝の上で拳を握りしめていた。
もう爪を噛んでいない。噛んでいるのは、己が感じる悔しさだ。
キボコーが、このままでは敗退する。三年が引退する。
魔王の脳裏に、初めて会った時のキャプテン藤堂の笑顔が浮かんだ。
練習帰りのコンビニで、汗をふきふき楽しそうに語り合う部多谷達(部多谷は肉まんを両手に持ってほうばっていた)。
シュート練習後に、皆で一緒に飲んだア○エリアスのさわやかさ。
紅白戦でゴールを決めた選手の綻んだ顔。ヒューマンのくせに限界を越えて走ったからか足がつった選手。それを必死に介抱する選手。怪我をして悔し涙を流す選手。
「あ……れ……?」
ずずっと魔王は鼻を啜った。
(何だ、この感情は……?)
目の奥に得体のしれないものがきゅううと押し迫ってくる。思わず魔王は瞬いた。
水滴が、じゅわっと瞼から溢れ、それは魔王の頬を伝わり、顎先から落ちた。
「え……!?」
己に生じた生理現象が信じられなかった。
地面に落ちた涙の痕跡を見つめる魔王。跡は暑気によってあっという間に消えていく。
だが、確かにそこに落ちた。
ずずず、と鼻をまた啜る。じゅわっ。溢れ、零れ、伝い、――落ちる。
吾輩は、〝泣いているのか……?〟
あるまじきことだ。
泣くならば、怒れ! 泣くならば、謀れ! 泣くならば、相手を叩きのめせ!
恐怖を与えろ! 民に戦慄を抱かせることこそが魔界の安定に繋がる。
先代大魔王の言葉が、魔王を叱咤するように次々と脳裏に浮かぶ。
泣く者は、弱い!
(吾輩は、……弱いのか……?)
「碧人」
声をかけられていることに、束の間、気づかなかった。
遅れて、大空碧人であることを自覚した魔王は、そのハスキーヴォイスの主に顔を向ける。涙を拭うことも忘れて。
「行ってきなさい」
ピッチに視線をやったまま、美神が指示を出した。
無礼だ。話しかける時はちゃんと相手の目を見て喋れ。日本人の心を会得した魔王にとって、美神の態度は万死に値する。
だが――、今の魔王にはそれがありがたかった。泣き顔を見られないで済む。
「ピッチで暴れてきなさい。そして、勝て」
美神が試合で出した初めての(かなりおおざっぱだけど)指示だ。ムクムクとやる気が満ちてきた。彼女の言葉に運命を感じる。
ちょっとだけ、魔王は美神に向けて頭を下げた。
濃い緑の匂い。踏みつけられても茂る逞しいピッチの芝が、魔王を迎え入れる。
交代ゾーンへと移動する魔王の背に向けて、美神が穏やかに微笑んだ。
ふと、三百年前の『自称勇者』の襲来を、魔王は思い出した。(魔界に『勇者』を名乗る者が突如として現れるのはよくあることなのだ。ただし、それが自称で終わるか、本物の勇者として語り継がれるかは別モノである)
自称勇者軍は、平原に凸の形で布陣した。いわゆる車がかりの陣である。
それに対して魔王は、軍を凹型に配置する。すなわち鶴翼の陣で応戦した。
どことなく、キボコー対ヤマコーの対決は、この時の合戦に似ていた。
カルロス鈴木が凸の頂点で、一点突破をしかけてくる。あの時の自称勇者軍も、ダントツの攻撃力を有する自称勇者を頂点にし、放たれた鋭い矢のように一気に軍を動かし魔王の首を狙いに来た。
怒涛の勢いで進軍する自称勇者軍を鼻で笑った魔王は、周囲へ檄を飛ばした。
――凸が勝つ場合は、凹の中央に鎮座する大将が、凸の先端に位置する者より弱い場合のみである。さて、皆に問う。今、凹の中央におる吾輩は弱いか?
魔王はニヤリと笑った。
どれほど鋭い凸でも、受け止める凹の中央にいる吾輩が受け止めよう。吾輩が受け止めた相手を、凹の両端にいる皆が一気に両サイドから叩くのじゃ!
うおおおおおおおおおっ!
魔物達の雄叫びが魔界の薄暗い空を揺るがした。大地を震わせた。
結果、自称勇者軍は魔王の前で呆気なく敗れた。
黄色い(イエロー)鎧を着た自称勇者は、首を刎ねられる直前、悔しそうにこう漏らした。
――せめて自分の鎧が赤色(レッド)ならば、戦隊モノで一番強かったのに……。たとえレッドじゃなくても、青色(ブルー)ならば……。
意味不明なことを言ってんじゃねーよ、と魔王は配下に即刻斬首を命じた。
今まさに、魔王はその時の気概を取り戻していた。
自称勇者に等しいカルロス鈴木を見事に打ち取ってみせよう。
魔王は拳をぐっと握り締める。
三年生のフォワードと交代する際、魔王は肩を軽く叩かれた。
「頼んだ、碧人」
失礼極まりない言葉だ。魔王に『頼んだ』などとは。もしここが魔界ならば、彼は側近によって瞬殺されていただろう。
もしもここが魔界ならば……。以前の、魔王、ならば――。
「はい……せ、先輩……任せ……て、くだ……さ……い」
丁寧語もしくは尊敬語。この国において、後輩が先輩に対して口をきく際の鉄板の言葉づかい。魔王はこの日、この時、初めて意識した。
汗まみれの三年生フォワードがそんな魔王に、ニコっと笑いかける。
「緊張すんなって」
彼は、公式戦に初出場する碧人(魔王)がナーバスになっていると、勘違いをしたようだ。
そうして――祝福のハグをしてくれた。魔王の首もとで言葉が紡がれる。
「俺達はまだ終わりたくない。それを一年のおまえに託すのは心苦しい。でも、」
ハグする腕に力が込められる。
「おまえ達と一緒に、できるだけ長くサッカーをやりてぇ」
「――」
三年生フォワードの肩越しに観客席が見えた。
実力不足でベンチに入れなかった三年生が必死の形相でキボコーの重い必勝旗を振っている。応援チャントを謳っている。
彼らはキボコーの勝利を、三年を、二年を、そして今まさに交代でピッチに立とうとしている一年の碧人(魔王)を、仲間を信じて、声援を送っていた。
ずずずと魔王は涙の塊を鼻で啜った。
「風邪か? 沢山走って、身体あっためてきな!」
先輩に力強く背中を叩かれた魔王は、ピッチに足を踏み入れる。
背中を小突かれたことが無礼などとは、もう微塵にも思っていなかった。
ただ、ただ、――後輩を思いやる先輩への敬意だけが、魔王の心には宿っていた。魔界で後輩的立ち位置になったことがない魔王が知った、先輩の心の温もりだった。
芝の感触を踏みしめ、力強いストライドで、自分がつくべきポジションへ駆けていく魔王。陽光が魔王の頭上で砕け、光のヴェールを魔王に纏わせた。
サッカーで、相手ゴールに一番近いところにポジションをとるのがフォワードだ。その中でも中心となるのが、俗にトップとも言われるセンターフォワードである。
大空碧人こと魔王は、センターフォワードだ。
大雑把に説明すると、試合中の魔王は二つの役割を担う。
第一に、ゴールを決める。
第二に、攻撃を押し上げる。
第一のゴールを決めるは説明不要だろう。フォワードが点を取らないでどうする、だ。
第二の攻撃を押し上げるの典型例は、攻撃の起点となるポストプレーである。
フォーメーションの一番先端(トップ)にいるフォワードがボールを受け、敵に取られないようにボールをキープする。
味方の上りの塩梅から、サイドの選手もしくは真ん中でポジションを取るボランチの選手にボールをパスする。
サイドの選手にボールが渡ると、一気にゲームが動く。俊足のサイド選手が高速ドリブルでライン際を駆けあがる。敵の陣地内、深くえぐった場所からクロスをあげ、味方が頭や足で合わせてゴールを狙う。
今、魔王に求められていることは、ゴールを決めること。もしくは、攻撃を押し上げる起点になることだ。
後半は残り十分を切っている。二点ビハインドを跳ね返すには、三点が必要だ。
キボコーはさっそく魔王にボールを集めることに専念した。
相手のプレス(寄せ)がきつく、容易にボールが魔王に渡らない。中盤でのボールの奪い合いが熾烈を極めた。
(くっ……)
魔王は何度か下がってボールをもらいに行きかけるも、その都度、キャプテン藤堂が目で魔王を制した。起点となるフォワードが下がると、攻撃ラインが下がってしまう。
センターフォワードは時に孤独である。
味方を信じてパスを待つ、もしくは小競り合いの末のこぼれ球に反応する。
そのパスが、――来た。
ボールを受けた魔王はその場で反転する。
敵選手が素早く寄せてくるのをひらりとかわした魔王は、即シュート体勢にをとった。
ゴールまでは四十メートル。シュートをするには遠い。
しかし、魔王は打つ。
(打てば入りそう――)
そういった感覚は『ゴールへの嗅覚』と呼ばれる。フォワードに最も必要なものだ。
迷わず魔王は左足を振り抜いた。
「え!?」
味方でさえ意表をつくシュートだ。
一方の敵は、ここから狙うのかよ、とおったまげる。
重く鳴り響くキック音で二重に驚いた後、シュートスピードで三重に驚き、ゴール右隅へと驀進するボールのコースに四重で驚いたヤマコー面々は、横っ飛びをしたゴールキーパーがセービングできないシュートを決めた魔王に心底驚愕した。
「っしゃあっ!」
ガッツポーズを決める魔王。
しかし、ピッチ上には静寂があった。唖然とした表情で皆、魔王を見ている。
審判でさえ笛を吹くのを忘れていた。まさに異様な静けさ。
にわかに不安になった魔王は、
「……吾輩、間違ってる?」
ルール違反を犯した可能性に怯えた直後、試合会場が、揺れた。
歓声、拍手、賞賛の声、ため息、嘆き、喜び、この世に存在するすべての感情が一つに集まった音響は、ただひたすらに地響きのようだった。
応援する者を鼓舞し、敵対する者の意気を消沈させる。そして、中間的立場で観戦する者には興奮をもたらした。
「碧人ぉおおっ!」
キャプテン藤堂が恥も外聞もなく魔王に飛びついた。魔王は慌てて抱きかかえる。
すぐに魔王の周りに笑顔の部員達が集まってきた。
「よくやった碧人!」「ゴラッソだよ! 異次元すぎるっ!」
次々と魔王にしがみついてくる輩。
魔界で配下の者が魔王に喜びをあらわす際は「嬉しゅうございます」と床に土下座をする。それが魔王への感謝のあらわしかただった。魔王に触れるなど、不敬罪もいいことだ。
「碧人、最高! あと二発頼む!」
誰かが魔王にヘッドロックをかけてじゃれついた。魔界ならば即刻打ち首だ。
「碧人ぉおおおっ!」
また誰かが魔王に抱きつく。これも不敬罪で瞬殺対象……。
「もう一点行こうぜ」
「――」
一度彼らを己の身体から引き剥がした。
何かを我慢するように無口かつ無表情を暫く保つ魔王。
やがて魔王は一歩さがり、背を向けた。
「あいつ何やってんの?」
ぽかんとする部員達。
魔王の肩が細かく震えだす。魔界ならば、魔王の逆鱗に触れたと思った配下の者が処刑を意識して逃げ出すタイミングだ。
ずずずずずずずずずずずずずずずっ
豪快に鼻を啜る音の直後、魔王の肩と背中が大きく波打った。
「えぐっ、えぐっ……」
魔王は嗚咽を噛み殺した。
泣くなっ! 脳裏では大魔王が厳めしい顔つきで叱責する。魔王はぎゅっと拳を握る。
情けない奴めっ! 大魔王が目を逆立て――プツッと映像が途絶えた。
はあはあと荒い息を吐く魔王。どこかすっきりしていた。
そうして一言。
「逆転するまで気を緩めるな」
王者にふさわしい威厳ある声色で魔王が部員達を振り返る。
「ぷっ」
誰かが吹き出すや、それが、
「ぷっ」「ぷぷっ」「ぷぷぷっ」
と連鎖した。皆が大爆笑した。
泣き腫らした魔王の目はウサギのように赤く、鼻水を垂らしていた。
「碧人、おまえそんなストイックだったっけ。もっとチャラくなかったかぁ」
「もちろんだよ碧人、気張ってこうぜ」
「キャラ変わったよな。俺は今のおまえのキャラが好きだな」
魔王を囲むヒューマン達の輪は、どこまでも温かく、居心地の良いものだった。