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〜吉田side〜
寝室のベッドに横たわる、無防備で綺麗な寝顔。
すやすやと規則正しい呼吸を繰り返す勇斗の頬に、僕はそっと指先で触れてみた。
触れるだけで、胸がちぎれそうになるほど愛おしい。
こんなに近くにいるのに …。
どうして僕たちの心の距離は、こんなにも遠いんだろう。
……もう、いっそのこと、お前のことなんて大嫌いになりたいよ。
僕は逃げるように寝室の扉を閉めて、リビングの硬いソファに身体を横たえた。
結局、朝まで一睡もできなかった。
そりゃあ、そうだろ。
好きな人が、自分のベッドで眠っているんだから。
これまで、お互いの家に泊まったことなんて数え切れないほどある。
だけど、いつまで経ってもこれだけは慣れることなんてない。
だって、好きだから。
そうして気だるい朝の光が差し込む頃、勇斗がのそのそと目を覚ました。
「じんちゃーん……」
まだ酒の残る頭のまま、掠れた声で名前を呼んでくる。
「あ、勇斗。起きたんだ。……ほら、喉乾いたろ?」
僕は重い身体を起こし、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを持ってきて手渡した。
勇斗はそれを奪うように受け取り、一気に喉を潤すと「生き返った……」と深く息を吐いた。
「お前、本当に飲みすぎ。柔太朗のやつ、めちゃくちゃ心配してたぞ?」
「うわ〜……まじでごめん。仁人、まじでありがとう」
「俺は別にいいけどさ……」
僕はベッドの端に腰掛けた。
案の定、昨夜のあいつの記憶は、後半から驚くほど綺麗に抜け落ちているらしい。
「なぁ、俺、どうやってここまで帰ってきた?」
「代行だよ。あ、でも、駐車場から部屋までは引きずってきたわ」
「雑! いや、でも本当にありがとな。……あのさ、俺、なんかやらかしてない?」
恐る恐る僕の顔を覗き込んでくる勇斗。
まぁ、お前にとっての『やらかし』の定義がどこにあるかは分からないけれど、この場合の何となくの正解は分かっている。
柔太朗に嫌われるような失態をしなかったか、ということだろう。
その点においては、むしろ逆だ。
こいつは何もやらかしていない。
完璧に相手の心を射抜いていた。
「んー? あぁ、柔太朗に?……まぁ、大丈夫じゃない?」
「えぇー、なんでそんな曖昧なんだよ! 俺、何をしたんだよ……!」
本気で焦る勇斗をよそに、僕は「大丈夫だって」と何でもないように笑ってみせた。
そう自分に言い聞かせなければ、心が壊れてしまいそうだったから。
しばらくの沈黙。
カーテンの隙間で踊る埃の粒を眺めていると、胸の奥から言葉が勝手に溢れそうになった。
「ていうか勇斗。ほんとに好きなんだな……柔太朗のこと」
「……まぁ、好きだよ。なんか、自分でもよく分かんねぇけど、めちゃくちゃ好き」
朝一番に食らう一撃にしては、ちょっと重すぎる特大のダメージ。
「そっか」
そう返すのが、今の僕にできる精一杯の防衛だった。
「え、お前、今じゅうたろーさんのこと呼び捨てした?」
「え、うん」
「はぁ!? お前ずるっ! なんでそんな簡単に距離縮めてんだよ!」
「え、いや、お前も昨日普通に呼び捨てで絡んでたよ? あ、ちなみに本名は“柔太朗”だってさ。本人から聞いた」
「は? 待って、まじで記憶にない。終わった……」
頭を抱えて絶望する勇斗。
だけど、これだけは伝えておかないといけない。
僕は忘れないうちに、昨日、柔太朗から託されていた『伝言』を口にした。
「ていうかさ……金曜日、またシフト入ってるから、勇斗に来てほしいって言ってたわ」
「え? なに!? 柔太朗くんが!?」
「他に誰がいんだよ」
「えー! 嬉しい! 俺、絶対行くわ!」
ベッドの上で跳ね起きる勇斗を見て、僕は「はいはい」と苦笑いした。
なぁ、こんな残酷な伝言、俺に言わせんなよ。
当たり前じゃん、好きな人に待ってるって言われたんだから、そんな風に嬉しそうに飛び起きるよな。
もちぷよ
1,197
#山中柔太郎
65
いつもみたいに相手が女の子なら、男である時点で一歩引いて、きっぱりと諦めることができるのに。
相手が男だからこそ、もしかしたらっていう、消え入りそうな光がほんの少しだけ見えてしまう。
可能性なんて一ミリもないのは頭では分かっているのに、どうしても、往生際悪く期待してしまうんだ。
「……はぁ。まぁ、お前が幸せになるんなら、いいけどさ……」
無意識に、本音が声に漏れていた。
「え? なんか言った? よく聞こえなかったんだけど」
「いや、なんでも」
「おい、また悪口か!」
「ちげーよ! まぁ、せいぜい頑張れよ」
僕はぶっきらぼうに勇斗の頭をクッションで叩いた。
これは、僕の本当の、嘘偽りのない本心だ。
中途半端な恋なんかじゃなく、ちゃんと幸せになってくれ。
そして、これ以上僕に惨めな期待なんてさせないくらい、完璧に諦めさせてくれよ。
「もっと興味持てよ!一大ニュースだぞ!」
嬉しそうに騒ぐ勇斗を見つめながら、僕はもう一度、剥がれかけそうなお面をきゅっと締め直した。
もう少しだけ時間を貰えれば、またいつもみたいに、お前の「一番の親友」の顔に戻れるから。
ちゃんと、諦める努力をするからさ。
そんな僕の気も知らず、勇斗は最悪の後悔から一転、次の約束に胸を躍らせて、頬は緩みっぱなしだった。
「明日からの仕事、いくらでも乗り越えられる気がするわ!」
そんな勇斗の無邪気な声を聞きながら、僕はただ、自分を完全に納得させるための長い闘いが、またここから始まるのだと覚悟していた。
to be continued……