テラーノベル
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カズンと話し終え、俺はオリオンの部屋へ戻った。
俺が戻ると、オリオンはぱあっとした笑みを俺に向けてくれる。
その笑みが、孤児院の子どもたちと重なり、時折胸が締め付けられる。
「おかえり!!」
「戻った」
向かい合うようにソファに座り、テーブルに置かれているテーブルゲームを見る。
盤上の駒はすでに並べられており、すぐに始められるようになっている。
このゲームは役割の与えられた駒を動かし、相手の”王”を奪うゲームだ。
幼いながら、このボードゲームを選ぶあたり、オリオンも騎士の家系なのだと俺は思った。
「さあ、あそぼう!!」
「一度、勝負が付いたら、稽古場へ向かおう」
「ええーー、いやだあ。ちちうえはおしごとにいったんでしょ? けいこはないってルイスがいったんじゃないか」
オリオンは自身の駒を動かす。
先の展開を予測して、俺は駒を置いた。
「実は、カズンさまと約束をしたんだ」
「えっ」
「体を鍛える訓練はオリオンさまと一緒にやってほしいと」
「ええ!?」
オリオンが勢いよく立ち上がる。
それでテーブルが揺れ、駒がパタパタと倒れてゆく。
「ルイスといっしょにけいこができるの?」
「はい。一部は」
「やったー!!」
オリオンは俺と共に稽古を受けられることを喜んだ。
辛くてきつい稽古でも、少しは耐えてくれるだろう。
「じゃあ、すぐにいこう!!」
「すこししたら、稽古の内容が届く。俺も軽装に着替えるから、少し待っててくれ」
「うんっ! ルイスといっしょなら、けいこがんばれるきがする」
その日以降、俺は主人のオリオンと共に、カズンの稽古に励んだ。
それから二年、俺に転機が訪れる。
☆
トキゴウ村の孤児院での一件から二年の月日が経った。
俺は十三歳になった。
背も伸び、体格も大人へ近づいてきた気がする。
共に稽古していたオリオンも、体力が付き、剣術もさまになっていた。
その夜、俺はカズンに呼び出された。
「ルイス、士官学校に入学する気はないか?」
夜の訓練場で、カズンは俺にそう言った。
士官学校への入学。
カズンに提案された内容に俺は驚いた。
主人が従者に学校の入学を提案するのはほぼない。
今までも俺は他の従者とは違う待遇を受けていた。
そのせいで同じ年ごろの従者に嫌がらせを受けたこともあったが、それはオリオンやウィクタールが庇ってくれた。
「お話はありがたいのですが……」
俺はカズンの提案を断ろうとした。
強くなって孤児院を襲った犯人に復讐をしたいという気持ちは残っているものの、それは今の稽古を続けていれば遂げられる。
何故なら、『剣術を伝授するのは後継ぎのオリオンだけ』と言っていたカズンが二年経った現在、剣技の指導をしてくれるからだ。
突然、ライドエクス家の秘伝を従者の俺に授けてくれるのは、二年間の間で俺とカズンの間で信頼関係が生まれたのだろう、と俺は思っている。
「お前は賢く、体格にも恵まれている。剣技の筋もいい」
「俺は貴方の従者です。士官学校に入ると、オリオンさまとウィクタールさまのお世話が出来ません」
「子供たちはお前に凄く懐いている。稽古を嫌がっていたオリオンも、お前と一緒に稽古をするようになってから、嫌がらなくなった」
「俺を士官学校へ行かせるのは、ウィクタールさまのためですね」
カズンの考えが見えてきた。
俺を士官学校への入学を薦めてきたのは、俺をウィクタールから離すためだ。
「……そうだ」
「そうなると、俺はオリオンさまとウィクタールさまの世話役を外されるのでしょうか」
「そうなるな」
「士官学校への入学は、俺への餞別ですね」
「すまない。お前を解雇することを許してほしい」
士官学校への入学、それは同時にオリオンとウィクタールの世話役の解雇を意味する。
カズンの言葉からして、俺に非はない。
オリオンの為にも残ってほしいという未練も感じる。
だが、俺を解雇する理由はカズンの娘、ウィクタールにある。
「ウィクタールにとって、今が大事な時期なのだ」
「婚約者を選ぶ大事な時期、ですからね」
オリオンの姉、ウィクタールは十一歳になる。
一年経てば、ウィクタールは社交界に出て、将来の結婚相手を探す。
良い縁談になるよう、ウィクタールは侯爵令嬢として英才教育を受けてきた。
オリオンが剣であれば、ウィクタールは音楽とダンスを。自身を美しく見せる鍛錬をしてきた。
「ウィクタールはお前に異常な執着をみせている。このままお前を屋敷に置いていたら、一夜の過ちを犯すかもしれない」
「俺には心に決めた女性がいます。そのようなことは決して起こりません……、と言いたいところですが」
「娘がな……」
「俺のベッドに忍び込んだときは、肝が冷えました」
「士官学校へいっても、入学金や備品の援助をする。生活は心配するな」
「ご配慮ありがとうございます」
ウィクタールは天真爛漫な女の子。
オリオンと変わらず、俺に懐いている。
けれど、共に生活してゆくうちに、それぞれ俺に向ける感情が変わってきた。
オリオンは共に稽古をする仲間として、ウィクタールは焦がれる異性として。
「……分かりました。俺は世話役を辞め、士官学校へ入学します」
俺はカズンの餞別を受け取り、士官学校へ入学する。
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