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コメント
1件
めっちゃ面白かった……! 美夏の慎重な行動、ネカフェでAI使って原稿復元するって発想がもう最高にクールだわ。しかもAIが勝手に捏造した「名義買い取り」の情報に引っかかる展開、ゾワゾワした。暁文蓮とNo.404の伏線も気になるし、この丁寧な情報戦の積み重ね、めっちゃ好み🔥
専業プウタ
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2,027
Dream Gateを出た頃には、夜のとばりが街を覆いつくしていた。 今は十月下旬の夜。夏の名残を感じさせる湿気はとうに消えた。かといって、吐く息が白くなるほどではない。それでも薄手のコートを羽織りたくなる程度には、空気が冷えている。
人の流れに紛れながら、美夏は軽やかな足取りで歩いた。
駅に向かう大通りは、仕事帰りの会社員や学生で混雑している。頭上では大型ビジョンが絶え間なく映像を切り替え、化粧品の広告、飲料水のCM、人気アイドルの新曲告知が、夜空に浮かぶ巨大な光の塊となって流れていた。その光が、歩道を行き交う人々の顔を一瞬ごとに違う色へと染めていく。赤、青、紫、そして白。夜の街の明るさを、美夏は少しだけ皮肉に感じた。
──こんなに大勢の人がいるのに、私が何を考えているのかなんて、誰も知らない。私が二年後の未来を知っていることを、誰も知らない。私が社長を騙したことも、社長の手駒を奪おうとしていることも、まして、未来で見たものを復元しようとしていることも……。
人混みの中で、美夏はバッグの持ち手を握り直す。
事務所から自宅マンションに帰る。いつもなら、それだけで済む。だが今日は違う。美夏には、やらなければならないことがあった。そして、その作業を自分の部屋で行うつもりはなかった。
自宅。正確にはDream Gateのタレント専用寮。
そこが安全な場所だとは、もう思えない。
回帰前、美夏は天導を信じていた。だから何も疑わなかった。
けれど今は違う。天導がどこまで自分を監視しているのか分からない。部屋に盗聴器があるかもしれない。隠しカメラがあるかもしれない。スマートフォンだって、絶対に安全とは言い切れない。証拠は、部屋に置かない。それは今日、映画の打ち合わせを終えてから、改めて肝に銘じたことだった。
駅前へと続く大通りを外れる。途端に、街の表情が変わった。
明るい看板が途切れ、細い路地にネオンが溢れている。
雑居ビルの壁面には、赤や黄色の看板。階段の踊り場には、青白いLEDの案内灯。飲食店から流れてくる油と香辛料の匂い。その隣には、カラオケ店の扉が開くたび、重低音の効いた音楽が漏れてくる。さらに奥へ進むと、ひときわ派手な看板が目に入った。
24時間営業。インターネットカフェ。
その文字を見て、美夏は足を止めた。
人通りは大通りほど多くない。それでも完全に人けのない場所ではない。
駅前のネカフェなら、深夜になっても客の出入りがある。誰かに見られても不自然ではない。そして何より──個室がある。
(ここなら……)
美夏は周囲をさりげなく見回した。
後ろからついてくる人影はない。
スマートフォンを取り出し、画面を確認する。不審な通知もない。
それでも安心できなかった。スマートフォンをバッグに戻し、ネオンの下を歩く。自動ドアが開いた。暖房の効いた空気と、コーヒーの香りが流れてくる。
「いらっしゃいませ」
店員の声がして、美夏は小さく会釈を返した。
受付を済ませ、指定された通路に向かう。
薄暗い店内には、一定間隔で個室が並んでいる。
扉の隙間から漏れるモニターの光。キーボードを叩く音。誰かの小さな寝息。ヘッドホンから漏れるゲームの効果音。外の喧騒とは別の、閉ざされた夜の空間だった。
美夏は伝票に記された個室の前で立ち止まり、カードキーをかざした。
電子音が鳴り、ロックが外れる。
扉を開けると、狭い空間の中央にデスクとパソコンがあった。壁際には小さなソファ。美夏は暗い個室に入った。扉を閉めると、カチリ、と鍵のかかる音がした。美夏は小さく息を吐いた。ここなら、少なくとも寮の自室よりは安心できる。美夏はバッグを机の上に置いた。これから、自分の二度目の人生を守るための作業に取りかからなければならない。
美夏はパソコンの電源を入れ、テキストエディタとWebブラウザを開いた。
そしてチャット型AIにアクセスする。
美夏はソファに身をうずめ、次元の彼方の記憶を探る。
回帰前。律から託されたUSBメモリの中には、月城智明(つきしろともあき)が命を懸けて書き残した未完成の原稿が入っていた。美夏は一度だけその内容を読んでいる。全文を暗記しているわけではない。だが、重要な部分は忘れられなかった。あまりにも衝撃的だったからだ。
思い出せる限りの記憶を、美夏はテキストエディタに書き出した。
──芸能事務所を擁するコンテンツ製作会社『Studio Aster』。
──彼らは『人気が生まれる仕組み』を支配していること。
──スポンサー、テレビ局、出版社、広告代理店に影響力を持つこと。
──逆らった芸能人やクリエイターは、仕事を失うだけでなく、社会的に抹殺されること。
──事故や自殺として処理された不審死。
──内部告発者の証言。
──すべては取材記録と証拠を基に書かれていたこと。
キーボードを打つ指が止まる。細かな表現は思い出せない。すべて箇条書きだ。だが、書かれていた『事実』は、回帰しても変わらない。月城智明の死は、今から五年前。遺稿に書かれていたことは『すでに起きたこと』なのだから。
美夏は、テキストエディタに書いた内容を、チャット型AIの入力欄に貼り付ける。そして「ジャーナリスト月城智明のルポルタージュ風の文体で原稿を作成してください」と書き添えて、送信。
数秒後、画面に文章が流れ始める。悪くはない。一見すると、月城智明ぽく見える。だが、違う。彼の文章はもっと静かだった。筆者の思想や感情を交えずに、事実だけを淡々と積み重ねるタイプの文章だった。だからこそ恐ろしかった。
美夏は、出力された文章をテキストエディタにコピーし、手作業で修正する。過剰な比喩を消し、感情的な表現を削り、説明不足な箇所を加筆する。そして再びAIに加工を依頼する。また文章が生成される。手直しして、AIに渡す。
そんな作業を何度、繰り返しただろうか。
AIの生成した文章をチェックしていた美夏は、思わず手を止めた。
そこには、入力した覚えのない内容が記されていた。
AIの作成した原稿によると、Studio Asterは、著名なクリエイターの名義を買い取り、自社のスタッフにゴーストクリエイターをさせているという。クリエイター本人はとっくに引退しているのに新作はリリースされ続け、特殊メイクで変装した別人がメディアに顔を出す。名義の使用権はStudio Asterに帰属するから、どのような内容の作品が自分の名前で世に出ても、自分に化けた別人がメディアでどんなことを言っても、クリエイター本人は異議を唱えることができない──
「……何、これ」
美夏は眉を寄せた。
そんな話は、月城智明の遺稿には記されていなかった。
チャットAIの捏造だろうか。AIが、事実に反した作り話をあたかも事実であるかのように書くことは珍しくない。だから美夏はこの記述を削除しようとした。だが──
──まさか!
美夏の指が止まる。
暁文蓮(あけぶみれん)とNo.404は同一人物だったはずだ。しかし昼間の打ち合わせでは、暁文は自分とNo.404は別人だと言っていた。だけどもし仮に、No.404に関する権利がStudio Asterに移っているのだとしたら、暁文蓮はその名義を名乗ることを禁じられる形になるのではないだろうか。
美夏は画面を見つめた。
根拠はない。真偽のほどは分からない。
AIの書いた情報が間違っているのだとしたら、この復元原稿の価値は落ちる。それでも美夏は、名義買い取りに関するこの記述を消すのは惜しい気がした。AIの生成した記述には、元になった情報があるはずだ。誰かの妄想かも知れないし、何かの物語かも知れない。あるいは全く関係のない出来事をベースに、AIが『Studio Asterの話』として再構築したのかも知れない。しかしStudio Asterの関係者がチャットAIに話した内容がソースになっている可能性だって、ないとは言い切れない。そして暁文蓮とNo.404の関係を見る限り、Studio Asterの内情にかすりもしないとは思えない。正確性は不明だが、ブラフとしては悪くない。美夏は削除キーから指を離し、ファイルを保存した。
時計を見ると、いつの間にか日付が変わっていた。
月城智明の遺稿の復元にはほど遠い。それでも、何もないよりはずっといい。もしもあの原稿がこの世から消されたとしても、この文章が残っていれば、すべてがゼロになることはない。
(私は、覚えている)
月城智明は命を懸けて真実を書いた。
その事実だけは、誰にも消せない。
美夏はデータを暗号化し、クラウドストレージに保存した。