テラーノベル
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灰色の平原を、黄金と紫の光が真っ二つに引き裂いた。辻󠄀新之助の放った渾身の旋空弧月が、犬飼澄晴の構える黒い突撃銃をその銃身ごと烈烈と両断する。結晶化した神の国のトリガーが悲鳴を上げて砕け散り、激しいトリオンの火花が霧の中に霧散していった。
「――っ、あはは、凄いね辻󠄀ちゃん! 本当におれを殺す気で来るとは思わなかったよ……!」
武器を失った犬飼は、灰の積もる地面を無造作に数メートル滑りながら、いつもの飄々とした笑みを浮かべようとした。だが、その表情はすぐに激しい苦悶へと歪んだ。ドクン。ドクン。彼の額から突き出た黒紫色の角が、まるで死に際のマシンのように不規則に暴走し、明滅を繰り返している。次の瞬間、パキリ、パキリと乾いた音を立てて、角の表面に無数の亀裂が走り始めた。
「……っ、がはっ、……げほっ!」
犬飼の戦闘体が、激しく明滅して白く濁る。限界を迎えた角のトリオン過負荷が、彼の体内のトリオン器官を内側から完全に焼き切ったのだ。光の粒子となって緊急脱出する演出などない。ガシャァン、と不気味なガラスの砕ける音が響き、犬飼の戦闘体は前触れもなく完全に強制解除された。
灰の雪が降る冷たい地面に、生身の姿で崩れ落ちる犬飼。その口元からは、黄金の光ではない、人間としての本物の、赤黒い血が止めどなく溢れ出し、灰色の地を汚していく。呼吸をするたびに、肺の奥からヒューヒューと壊れた笛のような音が漏れていた。戦闘体の保護を失った生身の肉体に、角の汚染が急速に回り、彼の人間としての命は、あと数十秒で確実に尽きようとしていた。
「犬飼先輩……!」
辻󠄀は弧月を収め、生身の犬飼の元へ駆け寄ろうとした。自分の手でこの狂ったゲームを終わらせた。だが、目の前で本当に死にゆくかつての先輩の姿に、彼の瞳からは大粒の涙が溢れ出していた。
「……慌てるな、辻󠄀。まだ、俺の計算の範囲内だ」
背後から響いたのは、信じられないほど冷徹で、そして狂気的なまでに歪んだ二宮匡貴の声だった。二宮は、血を流して横たわる生身の犬飼を見下ろしながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。彼の周囲には、未だに万を超える黄金のアステロイドが、恐ろしいほどの熱量を持ったまま静かに浮遊している。
「二宮さん! もう止めてください! 犬飼先輩はもう、死にそうなんです! 連れ戻したって、助かるわけが_」
辻󠄀の悲痛な叫びを、二宮は一瞥すら払わずに切り捨てた。
「助ける? 俺はあいつを助けるなどと言ってはいない」
二宮の瞳の奥で燃え盛っていたのは、どこまでも肥大化した、醜く独善的なエゴの深淵だった。
「犬飼。お前は俺のチェス盤を退屈だと笑い、自らの意志でこの国へ寝返った。俺の完璧な世界を汚し、俺を全否定して消え去った。……そのお前が、この異界の地で、俺の手の届かない場所で、勝手に”死”というハッピーエンドを迎えて逃げ切ることなど、俺が許すと思うか?」
二宮の手が、静かに生身の犬飼の胸元へと向けられる。彼の目的は、犬飼を救うことではなかった。犬飼澄晴という自分の正しさを否定したバグを、そのまま死なせて歴史の闇に葬ることを、彼の傲慢なプライドがどうしても拒絶していたのだ。
「二宮さん、まさか……お前、何を――っ!」
犬飼の掠れた声が、初めて微かに震えた。
「俺のトリオンのすべてを、今からお前の壊れたトリオン器官へ無理やり流し込む。お前の角が肉体を完全に焼き尽くすよりも早く、俺のトリオンの圧力で、お前のその生身を、無理やり戦闘体の器の中に固定してやる」
それは、ボーダーの医療技術さえも踏み越えた、二宮の桁外れのトリオン量だからこそ可能な、最悪の延命措置_いや、死ぬことさえ許さない永久の拷問だった。二宮の莫大なトリオンが、犬飼の生身へと強制的に注ぎ込まれる。
犬飼の口から、生身の肉体を引き裂かれるような凄まじい悲鳴が迸った。死へ向かっていた彼の心臓が、二宮のトリオンによって無理やり脈打たされ、壊れた人形のように、再び白く濁った戦闘体の姿へと強制的に固定されていく。
「これでお前は死ねない。地球へ連れ戻し、俺の作戦室の椅子に、その壊れた姿のまま一生縛り付けてやる。二度と俺の盤面から逃げるな」
二宮の顔には、完璧な勝利を確信した、歪んだ支配の笑みが浮かんでいた。肉体はどこも千切れていない。血も、二宮のトリオンによって無理やり止められた。だが、それは犬飼にとって、永遠に終わらない二宮の檻への幽閉を意味していた。
「二宮さん……、あんたは、本当に最低の隊長だ」
辻󠄀が静かに前に出た。彼の瞳からは、もう涙は流れていなかった。あるのは、二宮の傲慢なエゴを完全に終わらせるという、冷徹なまでの意志だけだった。二宮の意識は、今、全トリオンを犬飼の固定に注ぎ込んでいるため、自身の防御が完全に手薄になっていた。最強の戦術家が、自分のエゴを満たすことに没頭するあまり、身内の駒の動きを完全に見落としていたのだ。
「辻󠄀、何をしている。俺のサポートを_」
「さようなら、二宮さん」
辻󠄀は自身の弧月を最大出力で起動し、二宮の背後から、その戦闘体を躊躇なく一刀両断した。
二宮の戦闘体が激しく砕け散り、緊急脱出の光の粒子が彼を包み込む。
「辻󠄀、貴様ァァァーーーッ!!」
二宮の怒号は、遠征艇へと繋がる強制転送のゲートの音にかき消され、彼は光の中に消え去っていった。二宮は死なない。作戦室へ、無傷のまま戻るだけだ。だが、彼の犬飼を永遠に支配するというエゴの盤面は、今、最も信頼していた辻󠄀の手によって、完璧に粉砕された。二宮のトリオンが途切れた瞬間、無理やり固定されていた犬飼の戦闘体が、再び静かに解除された。灰の積もる地面に、再び横たわる生身の犬飼。辻󠄀はゆっくりと膝をつき、犬飼の身体を優しく抱き起こした。
「辻󠄀ちゃん。本当に、最高の予想外出すね……」
犬飼の瞳からは、すでに光が消えかけていた。額の角は完全に砕け散り、彼のトリオン器官は今度こそ、完全に停止しようとしていた。だが、その顔には、二宮の檻から完全に逃げ切ることができたという、これまでで最も穏やかで、静かな笑みが浮かんでいた。
「……犬飼先輩。お疲れ様でした。..,,.,もう、どこへでも行ってください」
辻󠄀は静かに微笑み、先輩の最期の瞬間を、その目で見届けた。犬飼澄晴の身体から、完全に力が抜ける。呼吸が止まり、彼の命の灯火は、灰色の雪が降る異界の地で、静かに、完全に消滅した
コメント
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やばいやばいやばい……読んでて泣きそうになった😭💦 犬飼先輩の“静かな笑み”がもう、全てを物語ってて……二宮さんの執念も歪んでて怖かったけど、辻ちゃんがちゃんと終わらせてくれたのが救いだったよ。 「お疲れ様でした、どこへでも行ってください」って……辻ちゃんの優しさが痛すぎるよ……🥺💔 さんまの作品、ほんとに好きだよ。次も楽しみにしてるね!