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「助けてくれて、ありがとう…」
海中から、岩の上に押し上げて貰って、ようやく息ができた。
目を開けると、逆光の中に少女の姿が見えた。こんな照りつける陽射しの下にいるのに、透けるほど肌が白い。
――こんなに綺麗なひと、初めて見た。
折角助かったのに、呼吸が止まりそうになる。
少女はにこりと微笑むと、瑞基の首筋に顔を近付けた。唇があたったような柔らかい感触。そして、光を透さない黒い瞳で瑞基の目を覗き込むと、波の中へ消えて行った。
「――え?」
――それが始まり。
更衣室のロッカーの中から、タオルと着替えを由良に渡す。
「ありがとう。……でも絶対にこっちを覗くなよ」
昔話の定番の様な台詞を言って、由良がパーテーションの向こうに隠れた。
由良の制服が乾きそうにないので、瑞基は自分の部活用のジャージと予備のTシャツとタオルを貸すことにしたのだ。
早々に瑞基は着替え終わってしまうと、由良が袖を通す衣擦れの音だけが聞こえる。居たたまれない。
先程の感触を噛み締める。
瑞基の両腕の中に、すっぽり収まってしまう、華奢な由良の身体。
至近距離から見上げてくる、潤んだ瞳。
身体の奥が、うずうずするのを感じた。
「やっぱりブカブカだった。瑞基は大きいなー」
「?!」
ほんの僅かな違いだが、見慣れた姿に戻っているのがわかった。思わず疑問符が口をついて出る。
「何で?!」
「何が」
「何でまた元の姿に戻ってんの」
わしわしわし、と雑に頭をタオルで拭いて、あっさりした口調で由良が答えた。
「乾いたら戻るんだ。原理は知らないけど」
そうか、原理はわからないのか。まだまだミステリアスな部分が多そうだ。
「さっき、……そのぅ…想いは通じ合っただろ?人間になれたりとか、しないのか?」
心底不思議そうに、由良は首を傾げた。
「思いが通じ合っても簡単には人間にはならないんじゃない?」
すぐ近くに前例があるし、と由良は誤魔化すような早口で付け加えた。誰のことだろう?
(……それにしても)
まじまじと、瑞基の服を身に付けた由良を見る。
ジャージのズボンはウエストも裾も随分折り曲げたらしい。そして、Tシャツはサイズに差があるから、だいぶ首の周りがゆるゆるだった。普段は私服でも襟のある服ばかり着ている由良の、余り見たことのない首筋や鎖骨があらわになっている。
上から下まで眺めて、瑞基は真顔で結論を出した。
「これはこれでアリ」
「随分と短くまとめたな。いいのかそれで」
早速、由良を腕の中にすっぽり包み込む感覚をまた味わいたくて、抱き寄せる。
「そういえば助けてくれた時、なんか首のとこ、チュッてしただろ?あれ、何?」
「あー、あれ?こうやって」
由良は瑞基の顔を引き寄せて、首筋に唇を付ける。
「後から瑞基の後を辿れるように、海の匂いを着けたんだ。海の生き物は、自分達が生まれた場所の水の匂いを覚えられるから。鮭とかも、そうやって生まれた場所に帰ってくる」
「鮭……」
気になった場違いな単語を反芻する。鮭と自分を、同列に言うのか、人魚は。
「あの唇の感触のせいで、俺は何年も思い出す度に悶々として過ごしてたのに…そんな理由…」
「?いい匂いするよ、瑞基の首筋」
少女の微笑みと変わっていないようでいて、妖艶さも含んでいる、腕の中にいる由良の微笑み。抱き締め返してくれたのをいいことに、瑞基はその頬に唇を寄せた。
数年前、自分の気持ちを自覚してから、瑞基はそれとなく由良の方がどう思っているのかを探ってみたりした。
他の人達に対してよりは、かなり近い距離を許されているものの、あと何歩かの所に線を引かれている気がしていた。
――やっと、こっちに来てくれた。
境界線を越えた今、もう離さないと、瑞基は強く誓った。
コメント
1件
第9話、読みました。由良の「乾いたら戻る」って無自覚すぎて笑っちゃいました。しかも助けた時のチュッが「鮭みたいに帰ってくるため」って、場違いな単語が出てきてツッコミたくなる感じ、めちゃくちゃ好きです。でもそのせいで瑞基が何年も悶々としてたっていう落差が可愛い。あと「これはこれでアリ」って真顔で結論出す瑞基、わかる~ってなりました。ずっと線を引かれてた相手がやっと自分の方へ来てくれた、その「もう離さない」の決意にじんわりしました。