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୨୧ k i r i ୨୧
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――翌朝。
「……最悪だ」
洗面所の鏡の前で、僕は自分の首筋を見て絶望していた。制服の襟元から、あいつが残した赤黒い痕が、隠しきれずにどうしても覗いてしまう。指で触れると、まだ微かに熱い。昨日の放課後、資料室の古い机の上で、煉に包まれながら何度も名前を呼ばれた記憶が、脳裏にフラッシュバックして顔がカッと熱くなった。
あんなに優しく、僕を大事にするように抱いておきながら、刻まれた痕はあまりにも主張が激しい。結局、僕は普段なら絶対にしない、シャツの第一ボタンまでキッチリ留めて、上からネクタイをきつく結ぶことで、なんとかそれを覆い隠した。
重い足取りで学校へ向かい、教室のドアを開ける。クラスの連中からの視線が刺さるが、今の僕にとって、そんな外野の視線はどうでもよかった。
一番後ろの窓際の席。その隣。そこには、昨日と全く変わらない、完璧な優等生を演じている黒崎煉が座っていた。
「おはよう、白石くん。今日も真面目にネクタイを締めてるんだね」
クラスメイトたちの前で、煉は昨日僕の身体を壊れ物のように扱った男と同じとは思えない、少しひんやりとした、澄んだ声で話しかけてきた。いつもの、切れ上がった瞳だけが、一瞬、僕の首元をねっとりと走るように見つめて、妖しく細められる。
(隠せてないよ、律)
声には出さない。だけど、煉の唇が確かにそう動いたのを、僕は見逃さなかった。
周囲には完全に隠し通している、昼間の「完璧な優等生」。だけど、この制服の下にある僕の肌には、昨夜、あいつが刻みつけた熱い痕が残っている。そのあまりの歪さと、背徳的な甘さに、僕の心臓は朝から狂ったように脈打ち始めていた。
お昼休みのチャイムが鳴ると同時、僕は購買で適当なパンを一つ買い、逃げるように屋上へと向かった。教室であいつの隣の席にいると、狂いそうなほど心臓がうるさくて、息が詰まりそうだったからだ。
フェンスに背中を預け、冷たい風に吹かれながら、ようやくふぅと息を吐き出す。だが、その安らぎは長続きしなかった。ギィ、と重い鉄扉が開く音がして、煉が姿を現した。クラスの誰もが「近づきがたい秀才」と噂する、男子制服を端正に着こなした姿のままで。
「やっぱりここにいた。ずっと僕から逃げるようにソワソワしてたよね、律」
煉はクスクスと微笑みながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。周囲に誰もいないことを確認すると、その微笑みは一瞬で、昨日資料室で見せた「男の、妖しい執着の顔」へと変わった。
「な、んで追ってくるんだよ……。教室ではあんなに他人のフリをしてたくせに」
「そうしないと、クラスの奴らの前で律をめちゃくちゃに抱き締めたくなっちゃうから。……ねえ、朝からずっと、そこが気になってたんだ」
煉の細く長い指先が、僕のシャツの襟元に触れる。きつく結んだネクタイを、煉は拒絶を許さない、だけど流れるように滑らかな手つきで緩め、第一ボタンを外した。はだけた襟元から、昨日煉が刻みつけた、まだ生々しく赤い独占の痕が白日の下に晒される。
「っ……、やめ、ろよ……っ」
「やっぱり、全然隠せてない。僕がつけた印、律の白い肌にすごく似合ってるよ……」
煉の瞳が、熱を帯てトロンと細められる。じっと痕を見つめる彼の呼吸が、少しずつ荒くなっていくのが分かって、身体がすくみ上がる。また昨日みたいに無理やり奪われるのかと身構えた。
けれど、煉は一歩踏み込むのを躊躇うように、その場で動きを止めた。ぎゅっと拳を握り締め、何かを必死に堪えるように、切ない瞳で僕を見上げてくる。
「本当は、今すぐこの場で、昨日の続きがしたい。僕のものだって、もっと深く身体に分からせたい……。でも、律が怖いと思うことは、したくないんだ」
僕を「大事にしたい」という理性の間で激しく葛藤している煉の姿。その切なすぎる声音に、僕の胸がズキンと痛む。あんなに強引に手首を掴んできた男が、僕の気持ち一つで、こんなにも脆そうに手を震わせている。
「煉……」
僕を乞うようなその瞳に、僕はどうしても抗えなかった。
「嫌じゃない」という意思を伝えるように、僕は自ら、煉の男子制服の襟元をごく弱く、きゅっと掴んだ。
無理やりじゃない、僕の唇を愛おしそうに、何度も確かめるように吸う、深くて熱い昼休みのキスが始まった――。
「ん……っ、ふ、あ……」
煉の舌が優しく僕の口内を蹂虙するたび、頭の芯がとろけそうになる。されるがまま、煉の広い胸に身体を預けて、僕は小さく鼻を鳴らした。
嫌じゃない。
あんなに強引に連れ込まれたはずなのに、煉に触れられていると、あの冷たくて孤独だった保護所の夜に、2んで体温を分け合っていた時のような、強烈な安心感に包まれる。
けれど――これが本当に、煉を「好き」だという気持ちなのか、僕には分からなかった。
ただ、この過酷な現実から逃げ出したくて、自分を狂おしいほどに求めてくれる煉の重い愛に、依存しているだけなんじゃないか。かつて同じ地獄を生き抜いた「仲間」としての、ただの執着なんじゃないか。
「……律、顔が赤いよ。可愛い」
唇が離れると、煉は満足そうに微笑んで、僕の濡れた唇を親指の腹で優しくなぞった。その愛おしげな瞳に見つめられるたび、罪悪感のような、胸の痛みが走る。
本当の気持ちが分からないまま、僕はあいつの体温を拒めない。そんな自分のずるさと、心の汚さに、僕は心の中でそっと自嘲の息を漏らした。
コメント
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あら、りつさんの新作…!タイトルからしてダークな雰囲気漂ってるね。第1話ってことで導入なんだろうけど、設定の見せ方がすごく巧い。表向きの完璧優等生と裏の執着男子のギャップ、隠せない痕とか、背徳感がたまらない。特にラストの「依存なのかも」って律の自己分析が生々しくて、心臓がギュッてなったわ。この歪な関係がどう転がるのか、続きが気になる🔥