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◻︎沙智と対面
美味しいカレーだった。
それはきっと、たくさんの人たちと一緒に賑やかに食べたからだと思う。
「美味しかった、こんなに美味しいカレーは初めてかもしれません」
「あらぁ、うれしいこと言ってくれますね。でも普通のルーで普通に作っただけだよ。大鍋で大量に作ったのがよかったのかな?」
食べた食器を、綾菜と並んで片付ける。
「翔太、これでテーブルをきれいに拭いてね、とも君はそこのコップやスプーンを持ってきて」
「「はーい」」
智之も、翔太がいるからかお手伝いが上手になった気がする。
「子どもって、いつのまにか成長してるんですね?」
何気なくそんな言葉が出た。
「そうだね…お母さんが一生懸命に、でも楽しく生きているとね、それを見て育つと思うんだよね。で、意外と大人の事情というやつもわかってたりするんだよ」
「そんなものですか?」
「そんなもんよ…てかさぁ、そんな丁寧な言葉使わなくてもなくていいよ、ここでは」
「あ、ついつい」
「私の方が年下なのに、タメ口なんだからさ」
「そうですね、あ、うん、そうだね」
___綾菜さん、離婚してもちゃんと働いて子育てしてるんだな
私にできるかなと想像してみたけど、自信がない。
「お茶淹れたよ!香織さんがよければ綾菜にも話を聞いてもらいたいんだけど」
未希がコトリとお茶を並べていた。
「ぜひ、お願いします、同じ年の子を持つ母親として相談にのってください」
「男3人は、あっちで遊んでるから、いまなら話せるしね」
さっき未希に話したことを話した。
沙智のこと、大輝のこと、沙智が入院していること。
夫はおそらく、離婚しようとしていること。
綾菜は、しばらく無言だった。
「まずは……」
静かに話し出す綾菜。
「つらかったね、さびしかったよね?ずっと一人で家を守ってきたんでしょ?頑張ったね?」
「あ…そんなふうに言われると…」
___どうしてだろう?ここに来ると泣いてばかりいるような気がする
「ほれティッシュだよ」
未希がテーブルの上にティッシュの箱を滑らせた。
「あとは…ご主人は、卑怯でズルい、ここにいたら私が一発ぶっ叩く!でも、結婚するときに仕事の話をちゃんとしてなかった香織さんにも責任はあるよね?」
「それはある、夫も私の仕事に理解があると勝手に思ってただけみたい、もう遅いけど」
「いまさらどうにもならないことは、考えない!はい、終わり!で、まだ夫婦としての話し合いはできてないってことね。香織さんはどうしたいの?」
もう一度考えてみる。
子どもがいるなんて知らなかった時は、愛人から夫を取り返すつもりだった、どんなことをしても。
___でもいまは……
自分でもどうしたいのか、どうすればいいのかわからなくなった。
「そういえば、その相手の女って沙智っていうんでしょ?」
「そう、[田所沙智]と部屋に名前があったから」
「サチってさ、香織さんの熱心なフォロワーじゃないの?私、よく見たよ、その人のコメント。香織さんのすごいファンて感じのコメントだったけど。もしそうなら、何か意図があってのコメントなのかな?」
___思い出した!そうだ、サチという名前だった
「でも、嫌なコメントじゃなかったから、どうなんだろ?何のための?」
「もしそうなら、一度、その沙智って人とも会ってみたら?もしかすると、もう会えなくなるかも…でしょ?」
「そうだ!会って話さないことには何も決められないよね?明日、智之が学校に行ってる間に行ってくる!」
すぐに夫に連絡する。
『もしもし?香織?』
「今日は先に帰ってごめんなさい」
『いや、こっちが強引に病院まで連れて行ってしまったし』
「あのね、明日、その、沙智さんに会えないかな?」
『沙智に?会ってくれるのか?』
「え?」
『じつはずっと香織に会いたがってたんだ、でも、自分みたいなヤツが会ってもらえるわけがないと言ってて』
「なにそれ!ま、いいわ。明日行くから、直接病院に」
『俺も明日は、朝から病院に行くつもりだったから、行くよ』
「じゃ!」
「ご主人も行くのね?」
「私もついていって、そのご主人を一発殴ってやろか?」
「ありがとう、でも、一人で行ってきます。なにかしらの結論を出すために」
「よし、香織さんの人生だからね、しっかりね!」
___明日こそ、これからのことを話してくるぞ
思わず握り拳を握った。
病院には10時に待ち合わせた。
「おはよう」
「ね、突然私が行くと、具合悪くなったりしない?」
「多少は動揺するだろうけど。先に俺が香織が来ることを伝えるから」
病室の前まできた。
そういえば、沙智の病室はナースセンターのすぐ前だ、きっと、病状が予断をゆるさないくらい悪いのだろう。
「香織、入って」
先に入っていた夫が私を呼ぶ。
「失礼します…」
恐る恐る、中へ入る。
いろんなモニターや点滴に繋がれて、ベッドの真ん中にその人はいた。
「はじめまして、この人の妻の香織です」
「はじめまして…田所沙智と…いいます」
細くか弱い声。
話をさせるのが怖いくらいだ。
「あの…」
何から話そうかと考えていたら、沙智から話してきた。
「いままで…その、もうしわけありませんでした」
さっきと違って、ハッキリとした沙智の声。
「許さない」
「あ…そう…ですよね、こんなこと…ど、どんなに謝罪…」
「違うわよ、そんなに弱ってるのが許せないの!これじゃ、どう見ても私の方が悪い女に見えるじゃない!?なんでそんなふうになってんのよ!!」
抑えてたつもりが、声が大きくなってしまう。
「すみません、もう少し静かにしていただけますか?田所さんにも障りますので」
目の前がナースステーションだったことを忘れていた。
「すみません、静かにしますので」
頭を下げたのは夫だった。