セレスティアと俺が出会ったのは、約十年前のこと。
ふたりとも五歳の誕生日を迎える年の、とある春の日のことだった。
あの頃の俺は毎日剣の練習を強いられ、うんざりしていた。
父も母も冷たく、めったに顔を合わせることはなかった。
そんなある日のことだった。
俺は急に父に呼び出され、応接間に向かった。
そこには、夫婦らしき男女と、その娘であろう少女がいた。
少女はとても愛らしく、眩いほどに美しかった。
日の光を映し出したかのような腰まで届く金色の髪、雪のように白い肌、瞳は海を掬い出したかのように晴れやかな水色で、それを縁取る睫毛はその滑らかな頬に影を落とすほど長く濃い。整った鼻梁に、淡い薄桃に色づく唇。
天使のように愛らしい子だった。
彼女も突然連れて来られたらしく、その華奢な身体を固まらせ、緊張している様子だった。
「さあ、セレスティア。ご挨拶なさい」
少女の隣にいる男性が、彼女の背中を軽く叩いた。
すると彼女は、意を決したように顔を上げ、俺の目を見つめた。
なんてきれいな瞳なのだろう、と思った。彼女の瞳は限りなく澄み、やわらかな光を宿していた。
と、彼女は自分のドレスの裾を持ち上げ、一礼をとった。
「お初にお目にかかります。エクストレトル王国の第二王女、セレスティア・フォン・エクストレトルと申します」
まだ幼い可憐な声がそう言った。
俺も隣にいた父に挨拶を促され、自己紹介をした。
その日から、彼女はたびたび訪れてくるようになった。
最初は彼女もぎこちなかったが、数ヶ月経つと、それは一切なくなった。
むしろ、俺を見つけると、「アレクシス様!」と満面の笑みで駆け寄ってくるようになった。
そんな日々に慣れた頃、俺は、彼女に毎日が苦しいと漏らしてしまった。
毎日剣の鍛錬を強いられ、両親にも冷たくされ、不幸せだと、そう言ってしまった。
それを聞いた彼女は、きょとんと驚いたような顔をした。
かと思うと、穏やかな笑みを浮かべ、俺の手を包み込んだ。
「なら、私が幸せにしますわ」
その手の、なんて温かかったことだろう。
そう言った彼女の微笑みは、俺がこれまで見てきたもので、一番美しく思えた。
彼女が笑うと、白黒だった世界が、鮮やかに彩られた。
心が揺さぶられたのだ。
その笑みの美しさに、どうしようもなく惹かれた。
初めて抱いた感情だった。
その日から、俺は彼女しか見えなくなった。
周りのもの全て、両親でさえ、俺の眼中にはなかった。
ただ彼女が笑っていてくれれば、それで良かった。
その頃だった。俺が剣の練習に打ち込み始めたのは。
しかしその三年後、俺は隣国のナージリスに留学することになった。
突然言われたことだったので、俺たちは別れの挨拶もできず、俺はナージリス国に連れて行かれた。
その七年後、俺はアカデミーを卒業し、アストレイドに帰ってきた。
そして数日経ち、彼女との再会を果たした。
今年十五歳になる彼女は、やはり七年前より遥かに美しくなっていた。
五歳の時点であんなに美しかったのに。
もはや彼女の美貌に勝る者はいないだろう。
そんな彼女が浮かべる笑みは、七年前と明らかに違っていた。
何か隠すような、偽っているような、どこか曇った笑顔だった。
その原因は、彼女の左手の甲にあった。
なぜ……、なぜ彼女がこのような仕打ちを受けなければいけないんだろう。
胸が鷲掴みにされたように苦しかった。
だから俺は……。
俺にできることをしなければ。
俺は顔を上げ、夜空を眺めた。
コメント
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【悲報】このお話も大体50話くらいを想定していたが、3、40くらいで完結するかもしれない笑
ミライさん、突然ですがソノです。えっと、本当にごめんなさい。今、テラーを開いたらアカウントの整理を行いますという謎の画面が出てきてタップしたらアカウント、と言うか全てが消えました。ごめんなさい。新しくメラと言う名前にし、また連載します。別に見なくてもいいですが、急に連載が止まったら心配するだろうと思って。本当にごめんなさい。
五歳で男にプロポーズするセレスティアすごいな……。←作者