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1|ひび割れるタロットno16“塔” と千里のビジネス習慣 テンプレ優しさが崩れる瞬間
水曜日の夕方。
千里は外回りから戻り、上司・五十嵐に資料の進捗を報告しようとした。
「おかえり、千里ちゃん。外回り疲れたでしょ? 無理しちゃダメだよ」
と、いつもの“テンプレ優しさ”で迎えられる。
その声色は柔らかいが、千里は分かっている。
五十嵐は本気で話を聞こうとはしていない。
「例のB案件、資料を確認したいのですが──」
「大丈夫、大丈夫。千里ちゃんに任せてあるから。信頼してるよ」
──信頼、という言葉の乱用。
千里は喉に小さな違和感を覚えながら席に戻る。
しかし翌日、B案件の先方から怒りの電話が会社に入った。
“提出した資料に、契約条件の改訂が反映されていない”というクレーム。
京子先輩が青ざめて千里のところへ走ってくる。
「これ……千里さん、本当に修正してなかったの?」
千里は即座にフォルダを開いた。
自分が作った最新版は確かにある。
だが──
五十嵐が勝手に古いファイルを提出していた。
理由は単純で、
「最新版がどれか分からなかったから、前のやつでいいと思って」
という、何の責任も感じていない軽い言葉だった。
「いやぁ、千里ちゃん言ってくれてた? 俺、覚えてなくてさ。ごめんね、ほんと。
でもまあ、お互いさまだよ。チームでやってるんだし」
──“お互いさま”で片づけようとするその笑顔。
千里はその瞬間、背筋の奥がすっと冷めるのを感じた。
「言いました」と反論しようとすると、
五十嵐は手をひらひらと振った。
「ああ、そういうの今いいから。とりあえず先方に謝っといて」
──責任が宙に浮く。
テンプレだけが優しく、実務は無責任。
それを覆い隠すための“仲間っぽい言葉”。
千里の中で、何かが静かに折れた。
2|千里が“距離を置く”と決めた日
クレーム対応が終わり、夜のオフィスに戻ると、
京子先輩がペットボトルのお茶を差し出してくれた。
「千里さん、落ち込まないでね。悪いのは五十嵐さんだから」
その言葉は少し救われるようで、でもどこか千里は笑えなかった。
京子先輩は続ける。
「でも……うちの会社って、誰かを責めないのが文化だからさ。
責任追及になると、みんな引いちゃうのよね。
だから“チームのミス”にして終わらせたほうが平和」
──平和、という名の忖度。
──優しさ、という名の責任放棄。
千里は気づく。
ここでは、誤ったファイルを提出した人と
止めようとした人の責任が同じ扱いになる。
それは「優しい」ようで、
実は誰も自分の仕事に責任を持たなくなる構造だ。
その夜、千里は超過勤務の申請を出そうと経理担当に声をかけた。
「えっ、今日も出す?
……うーん、でも今月はもう予算きついから、
できれば来月まとめてもらえると助かるんだけど」
千里はその瞬間、
心の底でストン、と音を立てて何かを諦めた。
“会社に合わせたら、壊れる”
“ここに自分の人生は預けられない”
そう確信した。
その帰り道、
コンビニの外で買った熱いお茶を手に、
千里は夜景を眺めながら静かに決めた。
「もう二度と、“優しさのテンプレ”に騙されない」
翌月、千里は会社を辞めた。
◇
1|言葉を選ぶようになった千里
現在の会社の会議室。
資料を配り終えた千里は、部長からの確認に静かに答える。
「──こちらは、最新の改訂版で間違いありません」
声のテンポは一定、淡々としている。
だが“間違いありません”の部分だけ、ほんの少しゆっくりめだ。
千里は人が軽く「OK、任せるよ」と言っても、
すぐに頷かなくなっている。
言葉の裏に、本当に理解があるかどうかを確かめる。
それは強がりではなく、生存戦略に近い。
2|“優しさ”を鵜呑みにしないクセ
昼休み、同僚の一人が気軽に声をかけてくる。
「千里さん、昨日の資料ちょっと見ておきましたよ~。
任せといてください」
千里は、にこりと愛想笑いは浮かべるが、そのあとで必ず言う。
「ありがとうございます。念のため、最終版は私でも確認しておきますね」
任せ切らない。
曖昧なまま受け取らない。
“優しさ”に対して補助線を引いておく。
それが彼女を守る。
3|距離を置く「静かな壁」
部署の飲み会の話題が出ると、千里は自然に一歩引く。
「日程が合えば、伺います」
これは断りでも肯定でもない “中間の位置”だ。
千里は前職で、宴会での“なんとなくのノリ”と“責任の軽視”が
セットになっていた記憶を持っている。
だから──
群れの勢いには混ざらない。
でも孤立もしないラインを保つ。
同僚からは「距離はあるけど感じ悪くはない人」と認識される。
4|説明は丁寧だが、深入りはしない
後輩に仕事を教えるとき、千里の言い方は優しい。
「ここは、先方が気にしているポイントなので、
順番を変えたほうが見やすくなりますよ」
しかし後輩が「助かります~!」と懐いてこようとすると、
千里はほんの半歩距離を戻すように言う。
「いえいえ、お互いに仕事がやりやすくなるのが一番ですから」
“個人的に懐かれる”のは避ける。
“役割として誠実に向き合う”ところで止める。
前職で、誰かに寄りかかられた結果「チームのミス」に巻き込まれた経験があるからだ。
5|責任の線を、自分で引くようになった
社内メールを送るときも、千里は小さな工夫をする。
・提出版の添付に「最新版です」と明記
・説明文を2行でもつける
・依頼事項の締め切りを曖昧にしない
それは「責任の所在を明確にする」という行為。
“誰が何を把握していて、どこで区切られているか”
それを曖昧にしたまま進むと、必ず誰かが困ると知っているから。
千里は、自分も他人も守るため、線をはっきり引ける人になった。
6|誉め言葉の扱い方
部長がふと褒める。
「千里さん、ほんと完璧だよ」
千里は落ち着いた声で返す。
「ありがとうございます。ただ、不安な点があれば早めに申し上げてください」
褒められても油断しない。
“完璧”という言葉ほど責任が曖昧になる言葉はないと知っているためだ。
7|千里の内心(分析)
「優しさ」は信用しない。
ただし、「丁寧さ」は信用する。
仕事における距離は、近すぎず遠すぎずの“中庸”。
依存も媚びも拒絶も避け、相互尊重の距離を最も大切にする。
仲間意識よりも、“責任の一貫性”を重視する。
それでも誰かが困っていれば、手は差し出す。
ただし、相手がそれを当然だと思った瞬間、距離は戻る。