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1|課長の揺らぎ(自信のなさ × 権威のテンプレ)
「──だから、先方の要望には“できるだけ”寄り添いたいんだよ」
課長・柳瀬は、語尾に曖昧な柔らかさをつける。
だがその優しさは、責任の不在を覆う布に近い。
部下たちは気づいている。
柳瀬は、決定権を持ちながら決めたくない人だ。
「具体的には、どこまで対応すればいいですか?」
営業の田上が聞く。
柳瀬は一拍置いてから、笑った。
「そこは、まあ……空気を読みつつ、だよね。田上くんなら大丈夫」
──“大丈夫”のテンプレ。
千里の指が、一瞬止まる。
田上の眉はわずかに動き、しかし何も言えずに飲み込んだ。
(誰も、指針を出せないのか……)
独白はわずか。その表情は動かない。
2|同僚の矛盾(実力への不安 × 依存)
横の席では、総務の岸本がそわそわと視線を送ってくる。
彼は普段から千里を頼りすぎる癖がある。
「美浜さん……その、後で確認お願いしてもいい?」
声は小さく、遠慮と甘えの境界が曖昧だ。
千里は営業資料から目を離さず、柔らかく答える。
「内容によりますが、急ぎでなければ大丈夫です」
岸本は安堵したように笑う。
しかしその笑みの下には“自分では判断できない怖さ”が残っている。
(寄りかかられる前に線を引かないと……)
千里の胸の奥で、前職の影が淡く波打つ。
3|若手の焦り(承認欲求 × 無自覚な攻撃性)
新卒2年目の岡野が、意を決したように声をあげる。
「対応範囲が曖昧なのに、僕たちだけで判断しろっていうのは……ちょっと違うと思います」
その言葉は正しい。だが声が強すぎて、部屋の空気がきしむ。
柳瀬課長が口元を引きつらせた。
「岡野くん、言い方がきついよ。
そんな風に言うと、チームの雰囲気が悪くなるからさ」
否定するのは内容ではなく “言い方”。
テンプレの指摘。
岡野の顔に赤みが差す。反論したいが、若手という立場が彼を縛る。
(若いのに、ひとりで抱え込ませてる……)
千里は小さく息を吸ったが、何も言わない。
4|事務リーダーの迷い(責任感 × 逃げたい気持ち)
事務リーダーの三宅が口を開く。
「えっと……じゃあ、最終的に誰が判断するんでしょうか?
上からの指示がないまま動くのは、ちょっと……」
声は震えている。
普段は温厚だが、責任を押し付けられることに人一倍敏感だ。
柳瀬は困ったように笑った。
「まあまあ、そんなに堅く考えなくても。
チームで考えればいいってことだよ」
──誰も引き受けない“チーム”という幻想。
(誰が何を判断するのか、また曖昧なまま……)
千里の指は止まらないが、心の内でだけ呟く。
5|Happening!・摩擦が露わになる瞬間
沈黙が落ちる。
全員が課長を見るが、課長は誰も見返さない。
そのとき、田上がぽつりと言った。
「……課長、正直に言ってください。
方針を決めるのが怖いんじゃないですか?」
空気がはじけた。
柳瀬は口を半開きにし、笑顔のまま固まる。
「え? そんなこと──」
「でも、毎回こうなんで」
田上の声は静かだ。
抑えているが、限界を越えた色があった。
「先方の要求は上が厳密に線を引かないと、現場が潰れますよ」
部屋の空気は完全に割れた。
岸本は縮こまり、
岡野は目を伏せ、
三宅は手をぎゅっと組みしめる。
誰も強くは言えない。
でも誰も黙っていられなくなっている。
テンプレの優しさが、
それぞれの弱さを覆いきれなくなった瞬間だった。
6|千里の小さな一言
千里は静かに手を挙げた。
「……一点だけ、共有させてください」
声は淡々。
しかし、部屋の全員が振り返る。
「判断の基準が曖昧なままだと、
誰が見ても同じ結論に至る資料を作ることが難しくなります。
その結果、先方との齟齬が出る可能性が高くなります」
淡々。冷静。
感情は外に出さない。
だが言葉はズレていない。
柳瀬課長は、わずかに息を呑んだ。
「……うん、わかった。
ちょっと上と相談して、基準を作るよ」
その言葉は初めて“逃げない”響きを持っていた。
7|千里の独白(声にならない息)
(みんな、壊れる前に……
ちゃんと守らないといけないのに。
どうして“優しさ”のほうを優先するんだろう)
千里は席に戻り、議事録を整える。
淡々と。静かに。
だが、その姿を見ていた同僚たちは気づき始める。
この人は、ただ冷静なのではなく、
静かに“線を守り続けている人”なのだと。