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兄は完璧な人だった。顔が整っていて、性格が良くて、勉強も運動もできて、“非の打ち所が無い”とはこの男の為の言葉だったのだろうと思えるほどには。
おれはウエポンが出せなかった。そのせいで他国の人間との不倫を疑った父親が、それを否定する母親に離婚届を突きつけ、その母からも見捨てられ。
施設へ入っても、新しい家族ができても、兄は変わらなかった。
「ミツル。ウエポンは、縷籟人の血が流れていたら、他の国の人の血が混ざっていようと同じように発現するんだ。離婚はお前のせいじゃない、頭の弱い父さんのせいだ。」
兄の名前はなんと言っただろうか。兄はどんな顔をしていただろうか。思い出せない、ただ、おれはそんな兄が嫌いだった。
性格が悪かったのかも知れない。何でもできる兄が羨ましかった。何が「お前のせいじゃない」だ、そもそも自分にウエポンが発現していれば、離婚なんてすることはなかったのに。兄はいい人で、兄が発する慰めの言葉にはいっさい、嘘や哀れみが含まれていないのにも、余計に腹が立った。
離婚はおれのせい。施設送りもおれのせい。全部それでいいんだ、そういうことにしてほしいんだ、その方が楽なんだ。
だから当然、兄が死んだのも、おれのせい。おれが兄を殺した。
ある昼下がりの事だった。里親が出かけていて、家にはおれと兄しかいなかった。
おれはそれしか覚えていない。気がついたら玄関にいて、血まみれの兄が、目の前で倒れていた。おれの背後には、大きくて黒い、箱があった。おれは何が起きたのかわからず、叫んだ。近所の人が通報して、少し冷静になったところで、おれは気がついた。この状況、どう考えても、おれ以外に犯人となり得る人物がいないのではないか。
おれは精神の病院に連れていかれた。先生からウエポンの事、そして、兄が死んだことを告げられた。おれのウエポンは、どうやら、感情がトリガーになって出現するらしい。焦り、悲しみ、怒り、そういった感情が重なり合って追いつかなくなった時、おれの脳は強制的にシャットダウンする。その時にウエポンが現れ、おれは無意識のうちに負の感情の原因を、そのウエポンに押し込んで殺そうとする。
寒気がした。確かに兄のことは嫌いだったが、彼が自分の唯一の血が繋がった家族だということもあり、なんやかんやなくてはならない存在だったと思う。殺したいだなんて、思ったことがない。けれど殺してしまったということは、自分でも気付かぬうちに兄のことを相当憎んでいたのだろう。そんな自分が怖かった。
医者は言った。
「お兄さんを殺したのは君じゃない。」
嘘だ。兄を殺したのはおれだ。半端に慰めないでくれ、おれは殺人犯だ。ウエポンが発現すると、おれはその前後の記憶を失うらしく、兄を殺した記憶はもちろん一切ない。しかし状況を見たら明白だ、おれ以外に、誰が兄を恨んで、殺せたと言うのだ。
やがて俺は何の刑罰も受けないまま、里親の元に帰らされた。里親はおれに泣いて謝った。キツくて、死にたかった。
なんで縷籟警軍を受けようと思ったのかはわからない。人殺しなりに、人の役に立ちたかったから?優秀な兄を超えたかったから?人を殺してものうのうと生きている犯罪者が許せなかったから?全部な気もするし、どれでもない気もした。
おれの背後にはずっと、兄の亡霊がいる。兄のことを忘れないように、自分がやったことを忘れないように……。
「あ、ミツル、起きた。」
目を開けてすぐに、頭が引っ張られているような感覚がした。灯向だ、灯向が、自分の髪の毛を掴んで引っ張っている。光は訳のわからないまま、上半身を起こした。
「痛ぇよヒナタ。」
「だって、ミツルが起きないから。ここがどこか、わかる?」
光は自分の記憶を辿った。灯向たちとヴィアタンに行くことになって……廃病院に入って……。
「そうだ、コンは?」
「コンは……右腕を挙げられなくなった、けど、無事だよ。」
「……そうか。おれを庇ったから。」
「うん、そうだね。コンはよくやった、身を呈してミツルを守った。あとでありがとうって言ってあげてね。」
灯向はその事を大して気にしていないのか、いつも通りにっこり笑った。いや、いつもより、少し笑顔が引き攣っているような気がする。当たり前だ、十何年も一緒にいる親友が死にかけ、助かりはしたものの、後遺症が残ったのだから。
「縷籟警軍学校は、治らない大きな怪我をした時、退学を勧めてくるんだ。コンにも話がいったけど、当然、却下してた。」
「ヒナタが警軍にいるんだから、当然だな。」
「おれが守らなきゃいけなかったのに。」
灯向はそう言って、下を向いた。
「おいおい冗談だろ、お前が落ち込んでどうするんだよ。いくら後悔しても、コンの右肩の傷は無くならないぞ。」
「落ち込んでないよ。反省してるだけ。」
彼が言葉の通り本当に落ち込んでいないのか、それとも強がっているだけか、光にはわからなかった。しかしどちらにせよ元気が無さそうで、どうもこの場に居づらい。
「まあ、そんなことはさておき。ミツルと話さなければいけないことがあります。」
灯向は急に真剣な顔で、光を見つめた。なにか話されるだろうとは思っていた……曖昧な記憶、目が覚めたら縷籟警軍学校の保健室。心当たりしかない。
「最初に、おれに話しづらかったら、人を変えることもできる。サクラとかはさすがに無理かもだけど、ジュンでもユウでもコンでも他の先生方でも、君の話を聞ける大人はたくさんいると思って、嫌だったらすぐに言って欲しい。」
「ヒナタがいいよ。おれのウエポンのことか?それとも過去のこと?」
「察しが良くてよろしい。実はミツルのことについては、入学時に国で色々調べさせてもらっていたんだ。」
「……頼むから簡潔に言ってくれ、怖いだろ。退学か?停学か?」
随分と不安そうにする光に、灯向はきょとんとした。
「どうしてそう思うの?」
「……おれの口で言わせるのか、それ。」
「……あぁ、そういうことね。うんうんわかった、何から伝えたらいいのやら。」
灯向は手元に持っている紙を見ながら顔をしかめる。笑ってない灯向を、光は初めて見た。とても怖くて、今すぐここから逃げ出したいような気分だ。
「まず、君は人を殺したことがあるね。」
「ああ、兄を殺した。」
「うんうん、そういうことだ。訂正しないといけない、まず、ミツルが殺したのはお兄さんじゃない。」
灯向の言葉を、光は咄嗟には飲み込めなかった。
「……へっ?」
喉の奥から絞り出した限界が、それだった。
「だーかーら、ミツルは確かに過去にウエポンで人を殺したけど、それはお兄さんとは別人だって言ってるの。」
「わかった、言葉の意味はわかっているんだ。これまでの人生をまるっきり否定されたような気分だから、少しだけ飲み込む時間をくれ。」
灯向はそんな光にもお構い無しに、笑いながら言う。
「罪のない人を殺した殺人犯に、縷籟警軍が入学許可を出すと思う?縷籟警軍には、入学するための条件があるんだよ。ウエポンが発現していること、前科がないこと、あとはなんだっけ、忘れたけど……。」
「でも、おれは人を殺してるんだろ?」
「うん。つまりミツルの過去の殺人は、前科として認められなかった。なんでだと思う?」
「え、わからん。」
「ミツルが殺したのは、法典において、人と認められない存在だったから。」
「おれは察しが悪いんだ、まわりくどい言い方をしないでくれ。」
「わかったって、ごめん。つまりミツルがあの時殺した人は、犯罪者だったんだ。あの日、ミツルの家には強盗が入った。強盗は玄関から堂々と入り、戦おうとしたミツルのお兄さんはその強盗に刺されて亡くなり、ミツルはその強盗を、ウエポンに押し込んで殺害した。」
「……あー。あ?ちょっと待ってくれ。」
確かに医者には「お兄さんを殺したのは君じゃない」と言われた。その時は「自我を失っていたのだから、君の意思で殺した訳では無いのだろう」という慰めだと思っていた。しかし、今の灯向の話によると、どうやらそれは言葉そのままの意味だったようだ。
「いや、まだ引っかかるんだけど。おれには殺した直後の記憶とおぼしきものが奇跡的に残ってるんだが、目の前に兄の死体はあっても、他の死体は無かったぞ。」
「その時のミツルのウエポン、扉閉まってなかった?その中にいたんだと思う、てかそう書いてある、この紙に。」
「あぁ……。」
聞かなければ良かった、と光は後悔した。目の前で兄が死んでいるというだけで惨い記憶なのに、あの箱の中には犯罪者の死体が入っていましたなんて補足をされたら、余計あの景色がトラウマとして脳に残り続けてしまう。
「あの時のミツルはまだ幼かったから、医者は、ミツルが犯人を殺した、ということを黙ったのかも知れないね。そのせいでいらない勘違いを何年もしていたみたいだけど。」
気持ちの良いような、気持ちの悪いような、複雑な気分だった。それが顔に出ていたのか、灯向はミツルの手を握る。
「このことをどう受け取るかはミツル次第。でも今回、事実として、ミツルのウエポンはコンの命を救った。そのことをどうか忘れないで。」
本当に変な気分だ。兄を殺したのは自分ではなかった。むしろ過去の自分は兄を殺した犯人を憎んだ、つまり兄のことを、少なからず大切に思っていた。得体の知れなかった過去の自分のことを少しだけ理解できたような気がして、それが嬉しいのか悲しいのかはよくわからなかったが、少なくとも、心の底から安心した。
「その事を伝えたかった。ミツルの不安定な部分は、おれたち先輩がちゃんと面倒を見るように言われてるから、おれはミツルに、これからも胸を張って、色んなことを経験して欲しいと思ってるよ。」
「わかった。ありがとう、ヒナタ。」
その時、保健室のドアがこんこん、と叩かれた。灯向が「はーい、どうぞ〜」と入口の方へ歩いていく。
「ユウせんぱぁい……。」
「ユウは任務の打ち合わせでいないよ。その声はサクラかな、どうしたの?」
そこまで言ってから、灯向は桜人の顔を見て、ぎょっとした。
「……誰かと喧嘩したでしょ、サクラ。座って、何があったか言いなさい。」
「あぁ、兄さんに、殴られちゃって……。」
「トト?あいつやば。」
光はベッドから出て桜人を見に行き、驚いた。
右の頬が赤くなり、鼻と口から少し血が出ている。痛々しいにも程があり引いていると、桜人が光に気がついた。
「ミツルくん……!?目が覚めたんだね、良かった……。」
「寝込んでたおれよりも重症じゃねえか、サクラ。」
「兄さんが本気で殴ったらこんなもんじゃないよ、手加減してくれた。」
「トトにガチで顔なんて殴られたら、歯全部無くなるよ。」
「怖い話は気分じゃない。」
灯向は桜人の頬の傷を消毒した。しみるのか、桜人は痛そうな顔をする。
「サクラ、これは病院送りです。これに懲りたらトトには話しかけないこと、わかった?」
「えぇ……でも、兄さんは……!」
「トトがなんの理由もなしに人を殴るような奴じゃないこと、サクラが1番わかってるんじゃない?言いたいことがあるならおれが伝える。」
「……はい、わかりました。」
桜人は少ししょんぼりした様子で、席を立った。
「あ、ミツル、サクラを近くの大きな病院に連れて行ってくれない?ついでに、特待1年のミツルは起きましたって、院長さんに伝えてきて。」
「ああ。」
「それじゃ、行ってらっしゃい。」
2人を見送った灯向は、四年の寮に向かった。
日が長くなっているのを、少しづつ体感できるようになってきた季節。灯向はこの、夏の夕日が沈む時間が、あまり好きではなかった。
「ただいま。」
いつもより随分と靴が多いことに気がつく。リビングを覗くと、ひとつの紙を覗き込みながら話し合う、夕と颯希がいた。同じ空間内には、徇、そして蓮人がいるのも見える。
「あ〜、キャプテン。おかえり、保健室、ありがとうね。」
「ヒナタ先輩、こんばんは!ミツルくんは無事ですか?」
「ただいま、保健室のことは気にしないで。こんばんは、サツキ。ミツルは目を覚まして、今、サクラと病院にいるよ。」
「あらら、サクラくん、どうしたの?」
「トトが殴った。」
その瞬間、キッチンにいた徇が、ソファで寝ている蓮人の方を向く。殺意に似ている、なにか禍々しいものを感じたのか、料理包丁を持ったままゆっくり近づいてくる徇を蓮人は必死になだめた。
「どうどう、まずは包丁しまえよ、ジュン。」
「お前がサクラを殴った理由次第だな。」
「あいつが、しつこかったから。」
えぇ、と颯希が声を上げる。徇は灯向を振り返った。
「いーんちょ。もしオレが今レントを殺した場合、オレは殺人に問われるか?」
「人を殴るのは立派な法典違反です。よってトトは犯罪者、縷籟では犯罪者には人権がないので、ジュンは殺人には問われません。」
「ジュン先輩、やっちゃえ〜!」
「おうおう、クソムカデ駆除の時間じゃ〜い!」
颯希に夕まで声援に加担し、蓮人は笑いながら、焦るように上の階に逃げた。徇はキッチンの流しに包丁を置いてから、蓮人を追う。
2人がいなくなると、途端にリビングが静かになる。
「サツキはどうして、こんな時間までここにいるの?」
「私、後日ユウ先輩と初任務に行くんです!そのことについて話し合いを。」
「サツキくんはとても優秀だから、おにーさんも手間がかからなさそうで安心だよ。ボクは治療専門だから、サツキくんみたいな器用で戦闘上手な子がいると、とてもやりやすい。」
「えへへ、それほどでも!……あ、そういえば、ヒナタ先輩。コン先輩もいますよ、今お風呂に浸かっています。」
「コンの靴もあるなって思った。おれも風呂入ってこようかな……コンの体、見れる気がしないけど。」
「コンくん、ミツルくんを庇ったんだってね。きっとあの子は、ボクたちが卒業したら、とっても素敵な4年生になる。」
灯向は無言のまま、こくんと頷いて、風呂のある1階へ降りていった。
「ユウ先輩。この国って、どんな国なんですか?」
「ん〜、ベルゼ共和国、ね。とても賑やかで素敵な国だよ、サツキくんは運がいいね〜。」
「そうなんですね!捕まえるのは……強盗殺人犯……。」
颯希の表情が明らかに曇った。夕はそんな颯希の頭を撫でで、いつもの調子で微笑む。
「ボクも、この犯人、すごく殺したいと思った。」
「私たち気が合いますね。なんだかすごく、やる気が出てきました。」
「その調子だよ。ボクたちでこいつとっ捕まえて、地獄に送ってあげようね。」
颯希は、以前、灯向が言っていたことを思い出した。夕は颯希と同じタイプ……つまり、犯罪者に大して明確な殺意を持って、警軍を志望した人間だと。
強盗殺人。この言葉が、颯希は世界で1番嫌いだった。
目には目を、歯には歯を。人を殺した者には、然るべき死を。
颯希はいつもの天真爛漫さとはまるで違う、殺意と好奇心をむき出しにしたような目で、にっこりと口角を上げて笑っていた。
続く