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沙悟浄ー
光が眩しくて目が開けれなかった。
ただ、夢中になって手を伸ばしていた。
目が開けれなくても玉の姿が浮かんでしまう。
「来ちゃったのね、捲簾。」
瞳を開けると、目の前に玉がいた。
「玉!!!」
俺は玉に近寄ろうとしたが、足が動かなかった。
何で、足が動かないんだ?
何度も力を入れ、足を動かそうとしたが動かなかった。
玉に近寄ろうとすればする程、足が動かなくなる。
「貴方はまだ、こちら側に来こないで。」
「どう言う意味だよ玉。こっちに行くなって…、意味が分かんねーよ…。」
俺はそう言って、視線を足元に移した。
本当は、玉の言っている意味は分かっている。
玉の言う”こちら側”は、”あの世”の事だ。
俺が玉のいる所に行けないのは、俺が死んでないからだ。
「捲簾、私はこうなった事を後悔していないわ。むしろ誇りに思ってる。だから貴方がそんな…っ、泣きそうな顔をしないで。」
「玉、俺はっ、お前を救えなくて悔しい。何も出来ない自分を殺したくなる。」
拳を握る手に力が入る。
「捲簾。貴方にはどんな姿でも、どんな形であろうと生きて、生きていて欲しい。」
顔を上げ、玉の方に視線を向けた。
玉は泣きそうな顔で俺の方を見つめ、顔を下に向けた。
「叶うのなら…、最後に貴方に抱きしめて欲しかった。」
喉が熱くなった。
玉は、どれだけ辛い思いをして来たんだ。
玉は、どんな思いで生きていた?
玉は、俺の為に自分の運命を変えたんだ。
「貴方の顔を見ると、消えたくなくなっちゃうよ。自分で決めた事なのにっ…。」
「玉。」
俺がそう言うと、玉は顔を上げた。
「次は俺の番だ。」
「え…?」
「俺がお前を1人にさせる訳がないだろ。」
「何を言って…。」
「俺がお前を手放すと思うのか?そんな訳がないって分かってるだろ。」
俺の言葉を聞いた玉はプッと笑い出した。
「貴方って、本当に酷い男。」
「酷いって何だよ。」
「本当に…っ。貴方は酷い男よ。」
玉は言葉を吐いた後、玉の足元が濡れていた。
「そんな事、言われたら私…。捲簾の事をずっと待ってちゃう。捲簾から離れなくなる。」
「離れなくて良いだろ。」
「捲簾…っ。」
「もう少しだけ、俺の事を待っててくれるか…。」
「貴方を待つのは慣れてる。でも、あんまり遅いと浮気するから。」
「浮気出来ない癖に。」
俺がそう言うと、玉は笑った。
「だからさ、玉。暫く休んどけよ。ずっと俺の為に動いてくれたんだろ。」
「そうね…。少し…、疲れた。」
玉は話ながら丸まった。
だからさ、心配せずに俺の事を待っててくれよ玉。
「…しら。」
誰かが俺の事を呼んでる?
「頭っ、頭!!」
この声は陽春…か?
重たい瞼を無理やり開けると、視界に映ったのは包帯を巻いた陽春の姿だった。
「よう…しゅん?」
「っ!!頭!!!」
ガバッ!!
「良かったぁぁぁぁ!!!目を覚まして!!」
いきなり陽春が抱き締めて来た。
ズキーンッ!!!
全身に痛みが走った。
「痛ってぇぇ!!!痛いから離せ!!」
「嫌だ!!離したくない!!」
ギュュュウ…。
「お目覚めですか、捲簾様。」
声のした方に視線を向けると、キツイ顔をした眼鏡を掛けた黒髪のショートヘアにしている女が立っていた。
その女に見覚えがあった。
「お前は…?」
「私の事を覚えていなくても当然です。なにせ、500年も経っていますから。起きたのなら、さっさと体を起こして下さい。」
その淡々とした話し方…。
その生意気な顔は…。
「あの…、捲簾じゃなくて沙悟浄な?それと、一応は怪我人だから…。」
そう言って、現れたのは猪八戒だった。
猪八戒の体にも包帯が巻かれ痛々しかった。
「私は主人の命令しか聞きませんので。」
「まぁ…、そうですね。おい、沙悟浄。起きれんなら起きろよ?羅刹天(ラセツテン)殿がお呼びだ。」
羅刹天…って…。
あの羅刹天か!?
天界では、恐れられている存在であった。
じゃあ…、ここは羅刹天の屋敷…?
俺はゆっくりと腰を上げ立ち上げた。
*羅刹天、仏教の1つ十二天に属する西南の護法善神(ゴボウゼンジン)、羅刹とも言う。羅刹とは、悪鬼の総称であり羅刹鬼(ラセツキ)、速疾鬼(ソクシツキ)、可畏(カイ)とも訳される。*
西牛貸州 南贍部州(サイゴケイシュウ ナンセンブシュウ)
羅刹天が拠点としている屋敷内で4日ぶりに目を覚ました沙悟浄は、猪八戒と共に羅刹の待つ部屋の前に立っていたのだった。
「羅刹天様、お連れ致しました。」
「通せ。」
羅刹天の言葉を聞き、女は引き戸を引いた。
ガラガラッ。
黄金の龍が纏っている玉座に堂々と座っていたのは、羅刹天だった。
腰まである長い白銀の髪に黒いメッシュが細かく入っていて、長い前髪は左に分けられキツめの猫目が見えた。
色白の額から鬼の角が生えていて、美乳を隠したサラシは色っぽい雰囲気を出した。
玉座から少し離れた距離に、悟空と三蔵が対面するように座っていた。
天界にいた沙悟浄と猪八戒でさえも、羅刹天を間近で見る事は出来なかった。
羅刹天は誰も近寄らせないオーラを放っていた所為か、誰も羅刹天に近寄らなかったのだった。
悟空と三蔵の間に流れている空気が変な事を沙悟浄と猪八戒はすぐに察知した。
沙悟浄ー
「あっ、沙悟浄!!体は大丈夫なのか!?4日も眠ったままだったんだぞ。」
俺に声を掛けたのは三蔵だった。
4日も眠っていたのか…、俺は。
「まぁ、何とか。それより俺達はどうして、羅刹天殿の屋敷に?」
俺の中にある疑問を羅刹天に投げ付けた。
「観音菩薩の野郎がそうしろって言ったから。」
羅刹天はそう言って煙管を咥えた。
「観音菩薩の…?貴方は誰の指図も受けなかった筈だろ?」
猪八戒はそう言って羅刹天に尋ねた。
「まぁ、とにかく座れ。話はしてやるから楽な姿勢で聞け。」
俺と猪八戒は羅刹天に促され、俺は三蔵の隣に腰を下ろした。
猪八戒は悟空の隣に座った。
「悟空は火傷の傷は平気なのか?」
「あ?とっくに治ってる。」
「やっぱ不老不死の術って凄いな…。俺なんてまだ治らないんだけど。」
「半妖だからじゃね?」
「あ、そうか。」
悟空と猪八戒が話をしているのを三蔵はジッと見ていた。
その顔は不満を隠している顔だった。
「どうした?」
「別に。」
俺が話し掛けても三蔵は素っ気ない態度を取ってきた。
その態度を見た悟空は三蔵に声を掛けてた。
「その態度は何なんだよさっきから鬱陶しい。」
悟空は冷たい言葉を三蔵に投げた。「ちょ、悟空。そんな言い方は…。」
猪八戒は慌てながら悟空の言い方を指摘した。
「お前等が来る前から俺に不満があんのに言わないんだよ。言えよ、俺に不満があんだろ。あ?」
三蔵は悟空の言葉を無視した。
その態度を見た悟空は立ち上がり、三蔵の胸ぐらを掴んだ。
ガバッ!!
「「悟空!?」」
沙悟浄と猪八戒は慌てて悟空を止めに入った。
「苛々してんのはお前だけじゃねーんだよ。経文が手に入らなかった事に腹が立ってるのは俺も一緒なんだ。それ以外に不満があるんだろ。さっさと吐けや!!」
悟空はそう言って、三蔵を怒鳴り付けた。
経文が手に入らなかった…?
「ちょ、ちょっと待て。経文は?どうなったんだよ。」
「五月蝿い!!!」
「「「っ!?」」」
俺の言葉を遮ったのは羅刹天だった。
「男が寄って集って五月蝿いわ!!俺が説明するっつてんだろうが!!殺すぞ?!」
羅刹天はそう言って、俺達を睨んだ。
悟空は乱暴に三蔵を離し部屋を出て行ってしまった。
「あっ!!お、おい!!」
猪八戒が悟空を追い掛けようとしたが、羅刹天に呼び止められ部屋に残った。
「まずは捲簾ではなく、沙悟浄と言ったな。お前の疑問を解いてやろう。経文はお前達の元にはない。」
「経文を…、取れなかったのか?俺は…。」
「結論を言うとそうだ。だが、一度はお前の手に渡っていた。」
やっぱり、経文を掴んだ感触はした。
だが、その後の事がよく覚えていない。
「あの妙な女がお前を蹴り飛ばし経文を奪い取った。俺達が着いた頃にはもう、連中はいなかったがな。恐らく毘沙門天の糞野郎の所に戻ったんだろうな。」
羅刹天は淡々と説明をする。
「観音菩薩はこの事を知っていて貴方にお願いをしたと?」
「アイツは頭が回る。本当は経文を毘沙門天には渡したくなかっただろう。仕方のない事だと言っていたな。」
猪八戒の問いに羅刹天が答えた。
羅刹天が言うには、羅刹天達が到着した頃には哪吒達の姿はなく、倒れている俺達しかいなかった事。
その中でも悟空だけが遠くを見つめていた事。
三蔵はその悟空の背中を見つめていた事。
淡々と言われた言葉の通りだった。
「何で…。」
「え?」
「何で、沙悟浄は平気そうなの。」
突然、三蔵が言葉を放った。
平気…そう?
俺が?
「皆んな、大切な人がいなくなったのに。どうしてっ、そんな平気そうなんだよっ。」
三蔵はそう言って下を向いた。
「観音菩薩は玉の命を使って経文を隠していたって事だろ?!玉はアイツ等に殺されたんだ!!なのに、悟空は経文の事ばかり気にしてる。玉よりも、経文の方を優先して考えてた。悟空の事を少し怖いと思った…。」
「俺は、玉の事をスッキリ忘れた訳じゃねーよ。」俺がそう言うと、三蔵は顔を上げた。
「玉の事を救えなかった自分を殺したいって思うくらい憎いまま、前に進むしか出来ない。俺は玉を助ける為に生きるって決めたんだ。玉が俺の為にしてくれたように、俺も玉を迎えに行く為にここにいる。」
「三蔵、俺だって毛女郎の事を忘れた事なんてないよ。毛女郎が俺に生きる意味を与えてくれたんだ。ただ、俺の事を好きなだけでここまでしてくれた女を忘れられる訳ないだろ。」
俺と猪八戒の言葉を聞いた三蔵は口を閉じた。
「誰かが死んで辛い思いをしたのは三蔵だけじゃないんだよ。悟空だって、目の前で大切な人を殺されて、どん底まで落とされたんだ。それは悟空にとって、忘れられる思い出だと思う?」
猪八戒は三蔵に言葉を投げた。
悟空が平気な訳がない。
あの裁判は今まで見た中で最悪なモノだった。
これ程までに酷い裁判はないだろう。
悟空の意見に誰一人、耳を向けずに暴言を吐き笑っていた。
「経文を手に入れたかったのは毘沙門天に渡したくなかったからだろ?宿敵の牛魔王にも渡るだ。悟空にとってそれは避けたかったんだろ。お前、一緒にいて何も分かっていないな。」
羅刹はそう言って、三蔵を見下した。
三蔵はハッとした表情をした。
「やっぱり、お前と悟空は交わらないのかもな。」
「俺と悟空はって、どう言う意味?」
「覚悟の違いだ。お前はまだ子供だ。幼稚な考えしか出来ないお前は悟空の考えを理解出来まい。」
羅刹は三蔵に正論を投げた。
「随分、悟空の事を買ってんだな羅刹天殿?」
「あ?俺の好みの男だからな。強くて絶対に死なない男だろ?」
「あ、あー、そう言う事…。」
羅刹天の言葉を聞いた猪八戒は苦笑いした。
「傷が癒えるまで暫く滞在していろ。」
「えっ、良いんですか?」
「あぁ。晩酌の相手をしろよお前達。」
猪八戒と羅刹天が話してる中、三蔵だけが浮かない顔をていた。
その頃、牛魔王邸ー
バシンッ!!!
毘沙門天が哪吒の頬を叩いた音が屋敷内に響いた。
「毘沙門天様!!今回は僕が悪いんです!!だから、哪吒太子は何も悪くないんですっ!!」
毘沙門天の前で土下座をした石が言葉を吐いた。
「お前にも責任はあるに決まってるだろ。誰が傷だらけで帰って来いって言った。」
毘沙門天は冷たい言葉を石に浴びせた。
「哪吒。貴方は牛魔王の仲間を見殺しにし、無様な姿で帰って来たのに謝罪もないのか。」
「申し訳ありません毘沙門天様。全ては私の力不足です。」
哪吒はそう言って、毘沙門天の前に膝を付いた。
毘沙門天は乱暴に哪吒の髪を掴み、顔を上げさせた。
「お前、美猿王に感情を抱いてるんだろ。妖石(ヨウセキ)を通して見ていたからお見通しだ。妖石の力を使わなかったら経文は奪われていたんだぞ。その意味、分かるよな。」
「…はい。申し訳ありません。」
妖石とは、毘沙門天が妖怪の血で作った結晶の事だ。
哪吒達の頬に付いている宝石は妖石で、妖石を通して毘沙門天は哪吒達を監視していた。
「貴方は感情を持ってはいけないんです。それは分かっている事でしょ?」
毘沙門天は感情のない戦闘兵を作り上げたかったのだ。
自分の言葉にだけ耳を傾け、自分の為に動く人間を欲しがったのだった。
思い通りに行動しなかった哪吒を、妖石の力を使い悟空と戦わせたのは毘沙門天であった。
「相変わらずおっかないねー、毘沙門天。」
そう言って現れたのは上半身裸の牛魔王だった。
「牛魔王…、何ですか、そのだらしない格好は。」
「別に良いだろ。この屋敷は元々、俺の物だろ。」
「そう…ですが。」
「経文は手に入ったんだろ。それで良いじゃねーか、細かい事はいんだよ別に。」
牛魔王はそう言って、哪吒に近寄った。
「久々に見た悟空はどうだった?」
「どう言う意味でしょうか。」
「言葉のまんまだよ。深い意味はねーから勘繰るな。」
哪吒は暫く黙った後、ゆっくりと話し出した。
「少し変わったかと。」
「変わったって?どう変わったの。」
「丸くなったと思います。」
「へぇ?」
哪吒の言葉を聞いた牛魔王は笑みを浮かべた。
「つまんないな!!」
「…はい?」
「そろそろ、アイツ等に合わせてやるか。」
「アイツ等…?」
「さっさと行くぞ毘沙門天。”仕上げ”をしろ。」そう言って牛魔王は、毘沙門天に視線を送った。
「分かりました。哪吒、経文をこちらに渡しなさい。」
「はい。」
哪吒は短い返事をした後、経文を渡した。
毘沙門天と牛魔王は2人してどこかに歩き出した。
「あははは!!怒られてやんの。」
笑いながら現れたのは紫季だった。
「紫季、笑う所なんか1つもないぞ。何がそんなおかしい。」
石は紫季を睨みながら言葉を吐いた。
「面白いに決まってんじゃん。毘沙門天様に恐られてる哪吒の姿は。鏡で見てたけど、あんた等ボコボコにされてたじゃん?」
「あれは!!」
「もういい。」
哪吒の言葉を聞いた石は口を閉じた。
「寝る。」
哪吒はそう言って、自分の部屋に戻った。
「哪吒…。」
「珍し、アイツが寝るなんて。」
哪吒の様子を見た石と紫季は不思議そうにしていた。
「…。疲れた。」
哪吒は部屋の中で1人になった瞬間、ベットに倒れ込んだ。
毘沙門天と牛魔王は歩きながら会話をしていた。
「アイツ等を出す気ですか?牛魔王。」
「あぁ。そのつもりだ。」
「まだ、試作段階なんですよ?」
「だから速攻で仕上げろ。」
牛魔王はそう言って、一室の部屋の扉を開けた。
「お前等の出番が来たぞ。」
暗い部屋の中にいる人物に牛魔王は声を掛けた。
西牛貸州 南贍部州 羅刹天の屋敷ー
部屋を飛び出した悟空は、屋敷内にある庭に出ていた。
苛々しながら悟空は煙管を咥え煙を吐き出した。
「はぁ…。」
悟空の心中は穏やかではなかった。
経文が牛魔王の手に渡ってしまった事。
哪吒の事が頭の中を支配していた。
「牛魔王が持ってる経文が2本になった。どうにかして牛魔王より先に3本の経文を手に入れねぇと…。俺には休んでる暇はないんだよ。」
悟空はそう言ってからもう一度、煙管を咥えた。
三蔵の様子がおかしい事も悟空は、不快に思っていた。
玉が死んだ事によって、三蔵の精神に大きなダメージを負ってしまったからだ。
今の三蔵には覇気を感じられなかった。
旅を始めた頃の三蔵の元気さがなくなってしまっていた。
今すぐにここを出たい悟空は、金の腕輪に縛られているせいで三蔵と離れれない状態だった。
「よぉ。」
悟空に声を掛けたのは羅刹天だった。
「話は終わったのか。」
「あぁ、さっきな。お前と2人で話をしたいと思って。」
そう言って羅刹天は悟空に近付いた。
「話?」
「あぁ、お前の封印された力と産み親の事を。」
「は?どう言う…。また、観音菩薩のっ。」
「観音菩薩はこの話には関わっていない。鳴神(ナルカミ)がお呼びだ。」
「鳴神…?」
悟空の言葉を聞いた羅刹天はフッと笑った。
「お前の親だよ。」
その言葉は悟空の思考を支配した。