テラーノベル
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朝食を終え、身支度を整えた二人は、連れ立ってマンションを出た。
元貴はアイロンをかけてもらったばかりのパリッとしたシャツを着ている。
「本当に、ありがとうございました…」
駅までの道のり、元貴は何度も頭を下げた。
「いえいえ、気にしないでください。むしろ、元貴さんに肩貸して良かったです」
滉斗は穏やかにそう答える。並んで歩く二人の間には、昨日までの「見知らぬ人」という壁がすっかりなくなっていた。
会社のエントランスに到着すると、既に多くの社員が出勤していた。二人はエレベーターホールへと歩を進め、数人の出勤者達とエレベーターに乗り込んだ。
エレベーターが営業一部のある5階に到着する。
「じゃあ、俺はここだから」
滉斗は元貴の方を向き、5階と表示された文字を指した。元貴は自分の部署のある6階のボタンを押す。
「あ、あの…滉斗さん…」
元貴が躊躇いがちに声をかけると、滉斗は優しく首を傾げた。
「その…改めて、迷惑かけてすみませんでした…それと、本当にありがとうございました」
「気にしないでって。元気になったならそれでいいよ」
滉斗は穏やかにそう返し、元貴の頭をぽん、と優しく叩いた。
「じゃあな、またどこかで」
滉斗がそう言いかけた、その時だった。元貴は、はっとして自分のスマホを取り出した。
「あ! あの、滉斗さん! よかったら、連絡先…交換しませんか?」
元貴は、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、意を決したようにスマホを差し出した。
こんな偶然の出会い、このまま終わらせたくない。そんな気持ちが、元貴の背中を押した。
滉斗は、元貴のその言葉に驚いたように目を見開いた。
そして、すぐに破顔すると、楽しそうに自分のスマホを取り出した。
「いいんですか!? もちろん! 是非!」
二人はお互いの連絡先を交換し、スマホを仕舞った。エレベーターの扉がゆっくりと開き始める。
「じゃあな、元貴、また会社でな!」
「は、はい! 滉斗さんも…!」
エレベーターの扉が完全に閉まり、滉斗の姿が見えなくなるまで、元貴はその場に立ち尽くしていた。
営業一部のフロアに着くと、滉斗は軽く周囲に「おはようございます」と声をかけながら自席に向かった。
パソコンを立ち上げ、今日の業務内容を確認していると、背後から明るい声が聞こえた。
「おはよっ、若井! 今日誰かと一緒に通勤してなかった? 珍しいじゃーん」
振り返ると、そこにいたのは滉斗の同僚であり、友人でもある涼ちゃんだった。
涼ちゃんはいつも明るく、周りを気遣う優しい性格だが、時々天然な発言で滉斗を和ませる。
「ああ、涼ちゃん、おはよう。うん…ちょっとね」
滉斗はそう答えながら、昨夜からの出来事を思い出し、少しだけ頬を赤らめた。
その微かな赤みが、涼ちゃんの目には留まったようだ。
「へー、珍しー! 若井が誰かと一緒に会社来るなんて。しかも、なんか顔赤いなぁ? もしかして…彼女さん?」
涼ちゃんはキラキラした目で滉斗を覗き込む。
「ち、違う違う! 彼女じゃないよ!」
滉斗は慌てて否定したが、頬の熱は収まらない。
「実は昨日さ、終電で隣に座ってた人が、俺の肩で寝ちゃって。全然起きないから、仕方なく俺の家に連れて帰ったんだ」
滉斗が少し照れくさそうに説明すると、涼ちゃんは目を丸くした。
「ええっ!? マジで!? 若井、相変わらず大胆だねぇ!」
「いや、違うんだって! そのまま駅に置いていくわけにもいかないでしょ…!」
滉斗は弁解するように続ける。
「それで、朝起きたらここの社員で、しかも営業二部の元貴さんって人だったんだ。それに同い年で、びっくりしたよ」
「えー! すごい偶然だね! 運命じゃん!」
涼ちゃんは手を叩いて喜んだ。その反応は、まるで自分のことのように楽しそうだ。
「運命って…まあ、偶然だけどね。でも、なんか、気の合う奴が見つかったって感じで、連絡先も交換したんだ」
滉斗がそう言いながら、手元のスマホをちらりと見た。元貴と交換したばかりの連絡先が、そこに表示されている。
その表情は、先ほどよりもずっと穏やかで、どこか楽しそうだった。
「へぇー! いいじゃんいいじゃん! 若井にもやっと春が来たかぁ!」
涼ちゃんは、にこにこと笑いながら滉斗の肩をポンと叩いた。
滉斗の頬が、さらにほんのり赤みを帯びていることに気づきながらも、涼ちゃんはそれ以上追求せず、ただ楽しそうに笑っていた。
コメント
3件
今後の展開がまだ読めないので続きがとても楽しみです。 涼ちゃん出てこないのかと思っていたらめっちゃ爽やかに登場してきたので「ふふっ♡」ってなっちゃいました。笑
きゃ、、すごい、、さいこうですっっっっ!!