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「何をそんなに驚いている? 気持ち程度に避けただけだぞ?」
「て、てめぇ……! その動き、早さ、てめぇもSランクだな?」
「おれにランクなんて無いけどな。それはともかく、どこがいいか聞かせてくれないか?」
「何のことだ?」
「ヘルガという女が気になるなら同じところを。そうでもないならレイウルム半島にでも飛ばしてやるが?」
「訳の分からねえことをごちゃごちゃ言いやがって! 消えるのはてめえだ!! 喰らえ!」
ヴィレムはおれが目の前にいることを好機と気付き、眩しい光を放つ。視界を遮るその直後、頭上、足下にかけて何らかの魔法がおれの体内に流れ、貫通する。
「くくく……くくっ!! どうだ、あぁ? ライトニングを落としてやった! 雷属性でも上位魔法だ。てめえごとき獣に勿体無かったけどな!」
確かにこれはレベルの高い魔術師ならではの魔法。その辺の獣はもちろん、ランクの低い冒険者では太刀打ち出来ないだろう。間近の稲妻により地面はえぐられ、足下がおぼつかない。たち込めているのは草が焦げたことによる白煙だ。
白煙が薄くなり始めたところで、ヴィレムはおれが立っていた辺りに近づいてくる。
「はーはっはっははは!! 跡形もなく消し炭になりやがった! 狼ごときがざまぁねえな!!」
何とも品の無い高笑いを浮かべて上機嫌のようだ。おれはそんな奴をとりあえず放置し、その間に無効化と行動不能になっているシーニャを抱えて動くことに。
無効化の時間がどれくらいなのかは使ったおれも分かっていない。それだけに彼女をルティたちのいる場所へ避難させておく必要があった。一方のルティたちは、そこだけ穏やかな時間が流れているかのような離れた水辺で休んでいた。
そこに――
「ルティ! シーニャを頼む」
「はいっっ!? ほえっ? わわわ、狼さんが言葉を!?」
驚かせるつもりはなかったが彼女の目の前に躍り出た。
「おれだ、アックだ。まさか分からないのか?」
「も、もちろん、冗談ですよ~! あうぅ、またしてもシーニャを抱っこしているんですか!?」
「時間が無いんだ。今はとにかくシーニャを守れ!」
「か、かしこまりましたっ!」
磨かれた状態で眠っているのか、フィーサには布がかけられている。ルティにシーニャを託したことで、ひとまずの心配は取り除かれた。残るは高笑いをしている魔術師だ。
とりあえず奴のところにでも戻っておくとする。
「……そうですか、そんな狼がいた、と。では、かなり魔力を消耗したのですね?」
「いや、全然余裕だぜ? ヘルガが弱すぎるだけだろ!」
「ですが念のため、今一度強化を」
「――ったく、心配性だなお前は」
稲妻による白煙はすでに無く、魔術師の男は余裕ぶった姿勢を取っている。そこには強化者と見られる者と回復士や荷物持ちの人間たちが姿を見せていた。赤と灰色が強調され、白地で四角い何かの紋様が切り込まれている防具はかなり目を引くが、防具を身に着けているのは強化者だけだ。
まるで見当がつかないが、どこかの国の者だろうか?
男か女か分からないまでの深々なフードを纏《まと》っている。
そうなると、気分を良くした魔術師たちをどうするべきか。元々おれたちに絡んで来た相手を懲らしめれば、おれはそれだけで良かったわけだが。だがシーニャが喰らっていた氷魔法を連中に返しておかなければならない。即席で大気中の水蒸気から生成して、氷の塊でも落としてあげよう。
「くくっ! それにしても気分がいいぜ! なぁ?」
「……ヴィレムさん、空を」
「あん? 空~? ぬぉわっ!? ――っだ、ありゃあ!?」
「おそらく狼だった者からの贈りもの。まともに喰らえば我らは全滅しますよ」
「ち、じゃあオレが炎で――」
ヴィレムはかなり焦りを見せているものの、強化者は取り乱してもいない。
「無駄でしょう。炎などでは通用しません。ですので、ヴィレムさんは彼女たちを連れてラクルへお戻りください」
「お前はどうすんだ?」
「交渉してきます」
「……しゃあねえな。早く戻れよ? これからあの国に向かうんだからよ!」
様子を見るにどうやら撤退していくようだ。もっともSランクだろうが何だろうが、頭上からフリーズを落とせば終わらせることが可能なわけだが。しかし関係のない荷物持ちや回復士には罪はない。
――とはいえ、このままダメージを与えられずじまいでは獣化が解けそうにないんだよな。塊から氷柱《つらら》を作ってかすり傷程度を負わせるに留めておくか。
空に浮いた氷に細工をしていると、
〈そこの狼さん、こちらの言葉はまだ通じますか? それと手加減をありがとうございます〉
意外なことに強化者の方から話しかけてきた。
声を聞く限りでは女のようだが……?
おれがしていたことにも気づいているとは相当な実力者だろう。
「おれの言葉が分かるのか?」
「あなたは人間であり、その姿は獣化によるもの。違いますか?」
「あぁ、そうだ。あんたは強化者だな? どこの者だ?」
「いずれ分かります」
あの男とは種類が明らかに違うようだ。仲間とは違うように感じる。
「素性は明かさないわけか。あの魔術師よりも力がありそうだが、何故アレらの味方を?」
「……あんな男でも使えるものですから使えるうちはそうしているだけ、ですよ」
「なるほど。それで、何か用が?」
「取引をしませんか?」
これもまた意外な申し出だ。獣狩りの連中を逃がす為のものだろうが、そこまでしてくるとは。
「殺しはしないし追うこともしない。それでいいか?」
「ありがとうございます。この礼はあなたがあの地に戻った時にでも……」
「あの地?」
「――それでは、さようなら……」
「うっ!?」
一瞬だが目が眩んだ。その直後、強化者はおれの目の前で姿を消した。まるで神隠しのようだったが――もしかすればアレは人間では無かったかもしれない。
それにしても、獣狩りパーティとの単純な戦いだったはずが得体の知れない相手に知られる羽目になるとは。何とも消化しきれないものがあるな。
とはいえ、とにかく今はルティたちと合流することを優先するか。