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そ、かあ、と。
ルキウスは天井を仰ぎ見てから、私を見た。
弱ったような苦笑を浮かべて「まず、第一に」と歩を進めると、私の隣に並び立つ。
「馬やらその他もろもろを手配したのは、確かに僕だよ。言ったでしょ? 僕はキミの婚約者である前に、幼馴染だって。僕の知るマリエッタなら、教会に向かおうとするんじゃないかなって思ったから。だから手助けができるように、準備だけはしておいたんだ。僕はいつだって、マリエッタの味方でいたいから」
それから、次に。
ルキウスは少しだけ視線を落として、
「さっきも言ったけれど、僕はマリエッタ以外のご令嬢をエスコートする気はないよ。それは今までも、これからも。……キミは、きっとそれを望まないだろうけれどね」
「そ、れは……」
言葉に詰まった、その時だった。
「ルキウスさま! やっとみつけました!」
「え?」
帰る人の途絶えた扉から、てててと駆け込んでくる一人の少女。
年は四、五歳程度だろうか。二つに分けた髪を三つ編みにしていて、服装から、一目で平民の子だと分かる。
溢れんばかりの笑顔で向かってきていた少女だったけれど、私に気が付くと、ピタリと足を止めた。
それからコテリと首を傾げたかと思うと、「あ!」と再び顔を輝かせ、
「マリエッタさまですね!」
「! 私を知っているの?」
「はい! ルキウスさまが、だいすきな人とおんなじだからって、よく花を買ってくださるから!」
「ルキウス様が、花を……?」
「そうです!」
(それって、もしかして)
「ステイシー! 勝手に行ってはだめだとあれほど……」
「ママ!」
咎めるように言いながら入ってきた女性に、ステイシーと呼ばれた少女が振り返る。
と、彼女の母親は即時に私達に気が付き、「こちらにいらしたのですね」と嬉し気な笑みを浮かべた。
その手には、大きなバスケットが。
「ママ! マリエッタさまだよ!」
女性の足元に抱き着いたステイシーが告げると、「まあ」と目をぱちくりさせ、
「ルキウス様、マリエッタ様。この度は本当に、なんとお礼を申し上げましたらよいのやら……。溢れんばかりの感謝をお伝えできる言葉が見つからず、大変申し訳ございません」
恭しく頭を下げる母に倣って、ステイシーもぺこりと頭を下げる。
(え? え? なんのこと?)
突然の事態に混乱する私に、ルキウスはくすりと笑んで、
「彼女たちが、僕の”同行者”だよ」
「…………え?」
途端、ステイシーが「はじめてです!」と興奮気味に声を上げ、
「はじめてあんなに近くで、エストランテさまをみれたです!! すっごくステキで……! あの、あのね、わたしもぜーったい聖歌隊にはいって、エストランテになるの! です!」
興奮気味に告げるステイシーに、彼女の母親は「申し訳ありません」と小さな頭を撫でながら、
「この子、以前からエストランテ様への憧れが強くて……。ですので聖女祭では、こうして教会の公演に連れ出しているのですが、私達のような平民では席に座るなど到底叶いません。それを今回、ルキウス様とマリエッタ様のお取り計らいによってあんなにも前列で観覧させて頂けて……。本当に、本当にありがとうございました」
「ありがとうございます! ルキウスさま、マリエッタさま!」
(そういうことだったのね)
ようやくわかった。ルキウスは私達の席を、この親子に譲ったのだわ。
ルキウスを見遣る。彼は肯定するようにして、にこりと微笑み、
「ステイシーは本当に歌が大好きなんだ。僕が花を買う時も、よく歌ってくれるんだよ」
「そう、でしたのね……」
「あのね、あのね!」
ステイシーの声に、二人揃って視線を投げる。
「ルキウスさまとマリエッタさまに、あげたいのがあるの、です!」
ママ! と母親からバスケットを受け取ったステイシーが、私達に向かって駆けてくる。
「どうぞです!」
膝を折って受け取ったルキウスが、バスケットを開く。と、
「これは……」
「ローズピンクの薔薇……!」
ところ狭しと見事に咲き誇るその花々は、間違いなく、ルキウスがたびたび私に贈ってくれる。
「お礼なの!」
にぱっと笑うステイシーに続いて、彼女の母親が申し訳なさそうに言う。
「私達にご用意できる中で、一番に喜んで頂けるものはその花かと思いまして……。多大なるご厚意を賜ったにも関わらず、そのようなものしかお返しできず、申し訳ありません」
「”そのようなもの”なんかではありませんわ!」
思わず叫んだ私は、心がじんと熱くなるのを感じながら、
「本当に……本当に、素敵な薔薇ですもの。それを、こんなにも……頂きすぎですわ」
「マリエッタさま、こまってる? 嬉しくなかった?」
「いいえ。とても嬉しくて……感謝をどう伝えたらいいか、わかりませんの。私、この薔薇が大好きなんですもの」