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「よろこんでくれたなら、よかった! わたしもね、この花がもっとすきになっちゃった。ほんとうにマリエッタさまとおなじなんだもん!」
「ステイシー……」
「そうだ! わたしがエストランテになったら、マリエッタさまにもっともっとたーくさん、このお花をあげるね! ルキウスさまも、それが一番うれしいでしょ?」
なんて眩しく、純粋な。
私は祈るような心地で両膝を床について、ステイシーの手を取る。
「強い想いはきっと、あなたを”なりたい姿”へと導いてくれるわ。けれど、一つだけ約束してほしいの」
「なあに? マリエッタさま」
「決して、歌うことを嫌いにならないで。あなたの歌はいつだって、あなたのものよ。嬉しい時だけじゃない。悲しい時や苦しい時だって。きっと、あなたの心に寄り添ってくれるわ」
「心に……」
私はええ、と頷いて、
「この教会であなたの歌を聴ける日を、楽しみにしているわ。その時は私にも、花を贈らせてね」
「マリエッタさま……、うん! やくそくです!」
そうして再会の約束を交わし、ステイシー達は教会を去っていった。
ルキウスの手には、ローズピンクのバラが詰まったバスケット。
「……そういう事情でしたなら、教えてくだされば」
拗ねるような言い方になってしまったのは、勝手な勘違いで振り回された自分を恥じていたから。
ルキウスは「ごめんね」と肩をすくめ、
「先に事情を話してしまったら、マリエッタがあの二人をもてなしてあげなきゃって、アベル様との約束を断ってしまうんじゃないかと思ったんだ。キミは心が温かい人だから」
「…………」
確かに事前にあの二人の話を聞いていたら、ロザリーに会わせてあげたいとか、せっかくなのだから最高の思い出を……とか、色々と計画を立ててしまった気がする。
それを心が温かいというのかとか、本当にアベル様のお誘いを断っていたのかは、わからないけれど。
ひとつだけ、確かなことがある。
――ルキウスは本当に、いつだって私を大切にしてくれる。
「……心が温かいのは、ルキウス様のほうですわ」
「どうだろう。でも、マリエッタが僕を見直してくれたのなら、こんなにも嬉しいことはないよ。それでなのだけれど、マリエッタ」
コホンと咳ばらいをしてみせたルキウスは、バスケットから薔薇を一本取り出した。
ローズピンクの、私の髪と似た色の花弁。
ルキウスはそれを、ダンスに誘うようにして私に差し出す。
「聖女祭が終わるまで、まだ幾何かの猶予が。ほんの僅かなひと時で構いません。僕にマリエッタ様の”パートナー”として楽しむ名誉をお与えくださいませんか?」
「ルキウス様……」
(私はこんなにもあなたを傷つけて、振り回してばかりの”悪女”だというのに)
心臓がぎゅうと締め付けられる。
こんな私でもまだ、”パートナー”として求めてくれるのなら。
(私の心が大切にしたい、一番の花は)
薔薇を受け取る。
私によく似た色の、ルキウスが好んで贈ってくれる、ローズピンクの花弁。
「この薔薇に見合う限りのエスコートをしてくださいませ、ルキウス様」
「! もちろんだよ、マリエッタ」
いつにも増して輝かしい笑みを浮かべたルキウスは、「それじゃ、行こうか」と私の手を救い上げた。
流れるような仕草で、私のその手を自身の軽く曲げた腕に添える。
視線を交わし、並んでほんの数歩を進んだところで「あ」と立ち止まり。
「もしかしてなんだけれど、マリエッタ。……嫉妬してくれていたの?」
「な……っ!?」
(嫉妬!? 私が!?)
うそうそうそ……!?
ルキウスが他のご令嬢をエスコートするのだと思っていた時のもやもやって、もしかして、嫉妬だったの!?
「……っ」
信じられない思いではくはくと口だけを開閉させる私を覗き込んで、ルキウスは「え……ほんとに?」と驚いたように呟いてから、
「……っ、ねえ、マリエッタ。それはちょっと、ズルすぎると思うよ? おかげでものすごーくキミに口づけたいのだけれど、いいよね?」
「なっ!? い、いいわけありませんわ! そんなことよりも早くエスコートしてくださいませ!」
顔を伏せ気味にぐいぐいと腕を引っ張って先を促す私に、「だよねえ……」と心底気落ちしたような声。
ルキウスは力を込める私の手に、そっと自身の手を重ねると、
「キミは本当に、可愛いくて仕方ないよね」
「~~~~っ!!」
そんな心底弱ったような微笑みを向けてくるなんて、ルキウスこそ”ズルい”と思うのだけれど。
「……そういえば、ルキウス様」
教会を出る直前。
思い出したようにして足を止めた私に、「どうかした?」とルキウスも立ち止まる。
「私の歌、覚えていらっしゃいますか?」
ルキウスの前で歌っていたのは、もう随分と前のこと。
それでも彼は即座に「もちろん」と頷いた。やっぱり、と胸中で苦笑した私は、彼を見つめて訊ねる。
「私の歌は、美しいでしょうか」
問うた私に、ルキウスは驚いたように目を丸めたけれど。
すぐに慎重な、私の真意を探るような顔になった。
それから「そうだねえ」と過去を想いおこすように瞼を閉じ、
「マリエッタの歌は、歌うことが大好きだって想いが詰まっていたよ。ステイシーのようにね。たとえ音が異なっていようとも、キミの楽し気な歌声が僕は大好きだった。それが次第に、正しさを求めるようになってしまって……。けれどロザリー嬢と歌うようになってから、吹っ切れたみたいだったから。すごく、嬉しかったのを覚えている」
だからね、と。
目を開けたルキウスは、私をまっすぐに見て、
「美しいかと訊かれたら、残念だけれど、賛同は出来ないかな。僕の思う美しい歌と、マリエッタの歌はちょっと、違うから。けれどキミの歌は、キミの感情に素直だ。僕にとってマリエッタの歌は、歌を愛するキミの心がこもった、愛おしい歌だよ」
(ああ、やっぱり)
「不服だったかな?」
「いいえ。満足ですわ」
(本当に、私をよく見てくれているのね)
私はちらりと目だけで振り返り、聖壇を見遣る。
重なるのはあの、満月の晩。
私の歌を”美しい”と称してくれた、誰よりも愛おしい……はず、だった人。
けれど私は気づいてしまった。ううん、本当は、誰よりも知っていた。
(私の歌は、ちっとも美しくなんてない)
アベル様が見ているのは。私があの方に、求めているのは。
互いの本質などではない、ある種の”理想”を重ねた、幻影なのだと。
「行きましょう、ルキウス様。どこに連れていってくださいますの?」
「マリエッタの望むところなら、どこへでも。僕としてはひとまずカフェがいいかなと思うのだけれど、どうかな? 随分とキミの足を酷使してしまったから」
「お願いしますわ。自業自得とはいえ、少々疲れました」
「そうだ、僕が横抱きで……」
「結構ですわ。自分で歩きます。……いえ」
私はルキウスの腕に預けた手に、くっと力を込めて、
「ルキウス様の隣を、並んで歩きたいのです」
ちょっと悪戯っぽく笑んだ私に、ルキウスは珍しく深い息を吐きだしてから、
「もちろん、マリエッタの望むままに!」
どこかやけっぱちな言い方がなんだか懐かしくて、私は彼と顔を見合わせて笑った。