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インターホンの音は、終わりかけの冬の寒空の下に虚しく響くだけだった。
「さっむ…」
ダウンコートの襟に顔を埋めながら、鞄をがさごそと探って合鍵を取り出す。
この家の住人——北斗は、急にドアを開けたらびっくりするだろうから、インターホンは来訪を示す合図。
扉を開けて中に入ると、案の定電気は点いておらず真っ暗だ。カーテンも閉め切られている。
「北斗ー。おはよう。俺だよ」
玄関から廊下、そしてリビングへと明かりをつけながら進む。北斗は、ソファーに寝転がっていた。
「またこんなとこで寝て。風邪引くぞ?」
回り込んで顔をのぞけば、その目は薄く開いている。
「なんだ、起きてんじゃん。おはよ」
彼からの返事はない。それも慣れてしまったことだ。
この季節。北斗が北斗じゃなくなる季節。
北斗と俺は大学からの友達だ。就職してからもずっと仲良くしていたけど、ちょっと前にぱたりと音沙汰が消えた。
ほかの友達から消息を聞いたときには、今のようになっていた。
過労が原因で、うつになったと。彼の場合、冬に症状が強く出るようだった。
このままで放ってなんかおけない。それを直感した俺は、無理やり北斗の世話をしに家に上がり込んでいる。
今日は仕事が休みだから午前中に来た。
まあ、受け入れられてるのかすらもわからないけど。
「あ…飯は食べたんだ」
ローテーブルに置かれているコンビニ弁当の容器を見やる。つい昨日に俺が買ってきたやつだ。
それから、ビールの缶。弁当と一緒に2本持ってきて、俺が一本飲んだんだけど北斗も口をつけたらしい。
「珍しいな、飲むとか」
「……京本が…飲んでたから」
小さくか細い北斗の声がする。やっと喋ってくれた、と息をついた。
「うん。今度、一緒に飲もうな」
いつか、2人で居酒屋にでも行けたらいいな。俺は淡い希望を抱く。
「もう昼飯の時間になるな。北斗、何食いたい?」
北斗はゆっくりと身体を起こす。低血圧のせいか、顔をしかめてこめかみを押さえた。
「…食べたくない…」
「んー、そうか。でも食べなきゃ死ぬぞ?」
俺は冷蔵庫の扉を開ける。ほぼ空っぽだ。
「…俺が死んだって…いいだろ…」
低くぽつんと放たれた言葉。しばらく固まっていたら、閉まっていない冷蔵庫がピーピーと鳴く。
扉を閉め、北斗に歩み寄る。
「お前が死んだら、俺が悲しむ。俺が困る。何のために、俺がここにいっつも来てるかわかるか?」
北斗の、切れ長で涼やかだけど、今は何も映していないような瞳と目を合わせた。
「何が何でもお前に死なれたくねぇからだよ」
俺は口角を上げ、北斗の頭をぽんぽんとなでる。黒髪は少し伸びてきていた。
「寒いし、カレーでも作ろうか。食材買ってくるな」
俺は鞄を取り、近くのスーパーへ向かった。
続く
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