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第十九話:断罪の宴
九条邸の私室に、重苦しい静寂と殺気が渦巻く。
「……っ、馬鹿な……! 俺が、俺が支配したはずの駒どもが……ッ!!」
右足を砕かれ、床をのたうち回る九条の視界は、激痛と屈辱で真っ赤に染まっていた。小夜の放った「清浄の儀」は、彼が心血を注いで築き上げた「暗示と薬理」の帝国を、その根底から無慈悲に焼き払っていた。
「楓……! 何をしている、楓!! そいつらを殺せ! 命令だッ!!」
九条は、まだ自分に従順なはずの楓に縋るように叫んだ。だが、傍らに立ち尽くしていた楓の瞳からは、虚ろな快楽の霧が完全に晴れ、代わりに氷点下まで凍りついた「殺意」が宿っている。
「……九条。あなたの汚らわしい声は、もう、私の魂には届かない」
楓の手が、腰の小太刀へとかかる。その冷徹な一言が、九条の最後の防波堤を粉砕した。
「……ひ、っ!?」
四方から忍び寄る、正気を取り戻したくノ一たちの足音。それは、死神が刻む秒読みのようだった。九条は震える手で懐の煙幕弾を叩きつけた。
――ドォォンッ!!
立ち込める黒煙。
「逃がすかッ!!」
睦月が煙の中に突っ込み、その刃を一閃させたが、手応えはない。煙が晴れたとき、そこには九条の血痕が、壁の隠し通路の先へと続いていた。
「追う必要はありません」
小夜が、睦月の肩に手を置いた。その瞳は、冷静に獲物の死期を見定める鷹のようだった。
「……あの足では、敷地を出る前に力尽きる。それに、彼が最も恐れていた『現実』が、もうそこまで来ているわ」
九条は、千切れるような右足の激痛に顔を歪めながら、裏森へと続く秘密の脱出口を這い進んでいた。
「……はぁ、はぁ……ッ! 誰が……誰が、終わらせてたまるか……ッ! 資金も、海外のコネもまだ生きている……。一度態勢を立て直せば、あの雌犬どもを、今度こそ廃人にして……っ!」
執念だけで地下道を抜け、夜の森へと這い出した九条。だが、冷たい外気に触れた彼を待っていたのは、希望の光ではなく、無数に光る「眼」だった。
「……どこへ行くつもり? 支配者様」
闇の中から、月光に照らされた銀色の銃身が姿を現す。
先ほど九条の足を射抜いた後輩くノ一が、狙撃銃を肩に担ぎ、冷笑を浮かべて立ちはだかっていた。彼女の背後には、闇に溶け込んでいた別働隊が、獲物を囲い込む蜘蛛のように展開している。
「……あ、あ……っ」
九条が絶望に顔を歪め、後ずさりしようとしたその背後に、冷たい刃の感触が走った。
そこには、先ほどまで「堕獄」の中で廃人寸前まで追い込まれていたはずの志乃が、睦月に支えられながらも、自らの意志で凛と立っていた。
「九条。あなたが私たちに教えたのは、快楽だけではないわ」
志乃の声は、低く、そして屋敷での叫びとは正反対に、透き通るほど冷静だった。
「奪われた者の怒りが、誇りを汚された女の執念が、どれほど苛烈なものか……。今度はあなたが、その身で、その魂で、一刻一秒逃さず味わう番よ」
逃げ場のない夜の森。
月の光の下、かつて人形として弄ばれた女たちが、一斉に武器を構え、支配者であった男を見下ろす。そこには慈悲も、赦しも、一滴の感情すら残っていなかった。
「……やめろ、来るな! 金ならやる! 命だけは……っ!!」
九条の情けない命乞いは、森のざわめきにかき消された。
失礼いたしました。物語を完結へと導く、第二十話(最終話)の予告を書き換えます。
次回予告
九条邸は静かに崩壊の時を迎えようとしていた。
追い詰められた九条に突きつけられたのは、死刑宣告よりも冷酷な「社会的な抹消」。資産、名声、そして「九条」という名すら奪われ、彼はこの世から存在しない男へと堕とされる。
一方、暗示から解き放たれ、正気を取り戻したはずの楓が選んだのは、光ある世界への帰還ではなかった。
「……正気のまま、この地獄を愛してしまったの」
志乃の涙を背に、楓は自ら、光の届かぬ地下室へと九条を引きずり込んでいく。
重厚な扉が閉じられ、幾重もの結界が施される。
社会から消され、暗闇の中で一生をかけて互いを呪い、愛し続ける。
それが、二人に与えられた唯一の、そして永遠の刑罰だった。
最終話:『静かなる埋葬』
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