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いつものようにたわいもない話をしながら食事を終えた。凪の腹は満たされて、急激に眠くなった。
凪は、明日朝イチの仕事が日を改めたことを思い出した。客の都合で来週に変更になったのだ。
ロング利用をしていてくれた客だったため、11時出勤から7時間分丸々空いてしまった。今までの凪なら、すぐに別の客に連絡をして予約を入れたが、今回はそうはしなかった。
そろそろ休みが欲しい。そう思っていたから、これを機にゆっくりしようと考えた。
「俺明日休みだから、凪の仕事まで寝ててもいいよ。一昨日は俺の時間に合わせてもらっちゃったから」
千紘が食器を洗いながら言った。それを聞いて、凪は明日が月曜日だったことに気付いた。曜日感覚がないから、いつもわからなくなってしまう。
「俺も明日朝からの予約なくなった」
「え? そうなの?」
千紘は皿をお湯ですすぎながら、軽く顔を後ろに向けた。流水の音で聞きづらい会話をしながら、凪は千紘がほんの少しどこかへ出かけようなんて言い出すかもしれないと身構えた。
「何時から仕事?」
「1番早いので20時」
「え? 珍しくない?」
「ロングのコースがリスケになったから」
「なるほどね。じゃあ、明日はアラームかけずに眠れるね」
千紘がそう言ったことで、凪はまた驚くことになった。ゆっくりと体を休めるための時間だと千紘も理解しているようで、急に安堵した。
もしもどこかへ行こうと誘ってきたら、用事があると行って朝には帰ろうと思っていた。
けれど、アラームをかけずにずっと眠っていられるのなら、体が休まるまで千紘と一緒にいるのも悪くはないかもと思えた。
「お前は? 明日予定ないの?」
「うん。凪が来るって言ってたから、入れてない。凪が帰ったら色々しようかなって思って」
自分の用事よりも凪の時間を優先させるような物言いに、凪は誘いを断ろうとしていた自分が悪者のように思えた。
千紘は食器を片付けながら、思わずにやけてしまいそうになるのをぐっと堪えた。アラームをかけずに眠れると言ったことに対して、凪は否定しなかった。
千紘としては、凪と一緒にいられるのならそれが眠っている時間でもよかった。目が覚めたら凪がいる。ただそれだけで幸せなのだ。
以前の凪なら、客がキャンセルしたことなど絶対に千紘に言ったりはしなかったはずだ。スケジュールを把握されることを嫌うし、その時間をどう過ごすのか聞かれるのも嫌がる。
それを知っているからこそ、千紘は嬉しかった。その時間を自分のために使って欲しいだなんて贅沢は言わない。凪が自ら赴いてくれただけで十分だったから。
ただ、凪の仕事の時間まで寝ててもいいよと言ったのは、出勤時間が11時だとわかっていてあわよくばギリギリまで一緒にいてくれたらいいなという願望ではあった。
最近は千紘の方がアラームが鳴っても起きないから、凪の寝顔を見ることも少なくなった。けれど、前回は凪が先に寝たおかげで久しぶりに凪の寝顔を見ることができたのだ。
次に見るのは、自分が目覚めた時がいいなぁなんて、勝手に想像してみたりした。そんなふうに寝る度に毎回違うシチュエーションが待ち受けているのは楽しみでしかない。
片付けを終えて凪の近くに寄れば、既にうとうととし始めていて、自然と頬が緩んだ。
「凪、歯磨きとお風呂は?」
「ん……する」
テーブルに肘をついたままだった凪は、顔を上げてゆっくり瞬きをするとのろのろと洗面所へと向かった。
千紘は、寝室は既に洗ったばかりのシーツに張り替えてあるし、空調も整えてあることを確認してから凪の着替えを用意した。
凪の準備が全て整うと、彼は当たり前のように寝室へ行った。スマートフォンはテーブルの上に置き去りで、まるで警戒心のない凪に笑いながら千紘はその後を追いかけた。
一緒にベッドへ入ると、千紘は凪に腕を差し出した。前回腕枕をしてやった。目が覚めた時には既に凪の方が先に起きていたから、朝まで自分の腕の中にいたのかは定かでないが、腕の感覚からしておそらくそこにいたような気がした。
だから今回も、自然な流れで腕を差し出せば凪は頭を預けてくれるのではないかと思った。
「……またすんの?」
しかし、ことはそう簡単ではなかった。凪は眠気に耐えながらもそう尋ねた。前回は促されるまま腕枕を受け入れたが、本来自分がされる方ではない。このまま受け入れてしまうのはいかがなものかと躊躇した。
「嫌なの?」
千紘が眉を下げる。嫌かと聞かれたら、嫌なわけではない。ただ、ほんの少し照れくさいだけで、前回だってそのせいで眠れないなんてこともなかった。むしろ気を失うかのように眠りに落ちたのだ。
それが千紘の腕枕のおかげだとは思えないが、不快感はなかった。
「別に……嫌なわけじゃないけど……」
「じゃあ、おいでよ。一緒に寝たら暖かいよ」
「寒くねぇし」
「えー……。くっついて寝たいよ」
千紘が唇を尖らせた。このところ、千紘が凪の気持ちを優先させて気遣ってくれたものだから、こんなふうにワガママを言うところを見るのは久しぶりだった。
子供っぽい千紘の仕草を見るのも久々な気がして、凪はふっと笑みをこぼした。
「何で笑うの?」
「別に。なんとなく、そういうの久しぶりな気がして」
「だってさ、嫌じゃないなら嫌がることしてない」
「そうだな。それもありかも」
凪はそう言いながら千紘の腕に頭を乗せた。それから千紘の方に体を向けて、胸に顔を埋めるかのように擦り寄る。
千紘が目を見開く前に「おやすみ」と言った凪はそっと目を閉じた。