狩り手たちの本部、という名の少々古びたビルの会議室に全員が集められた。重厚なドアをくぐり抜けると、どこか緊張感が漂う――なんてことはまるでなく、テーブルの上にはお菓子の袋が散乱し、ジュース缶があちこちに転がっている。
「議題に入ろうか。」
渋谷がそう言いながら、腕組みして壁にもたれている。
だが、その目は完全にスマホに釘付けだった。
「何だよ急に会議とか。」
港が不満げに言いつつも、律儀に正座している。その表情は困惑に満ちていた。
「南無さんが決めたのです。」
法師が敬語で補足しながら、お茶を注ぐ。琵琶はそばに置かれているが、場違いな感じが全くしないのが不思議だ。
「そもそも会議って言うから何か大事な話かと思ったら、『牛丼どこで食べるか』だなんて!」
観音は微笑みながら、テーブルの上で指をトントンと鳴らした。
南無は、椅子の上に胡坐をかきながら、高らかに宣言する。
「いいか、牛丼選びは狩り手としての最重要任務だ!」
「どこがだよ!」
港がすかさずツッコむが、南無は全く意に介さない。
一方、石動はみんなの様子をキョロキョロ見回しながら、小さく頷いたり「そうだよね」と無難な相槌を打ったりしている。
「えっと…じゃあ、チェーン店とか…無難なところでいいんじゃないかな…?」
石動が控えめに提案するが、誰も気にしていない。
「ほら、石動も言ってるだろ!チェーン店が正義だ!」
渋谷がようやくスマホから顔を上げるが、特に深い考えもなさそうだ。
「でも、皆さんの好みに合わせた方がいいんじゃないですか?」
港が優しく提案する。
「たとえば、観音さんがベジタリアンとかだったら、牛丼以外の選択肢も考えないと――」
「私は肉を食べる。」
観音がきっぱり答えた。
「ただ、味噌汁が美味しい店がいい。」
「わ、わかりました…!」
港は完全に押され気味で、汗をかきながらメモを取り始める。
「俺はどこでもいい。だいたいUberで済ませるし。」
渋谷がやる気なさそうに言った。
「それなら会議に参加する意味がないのでは…?」
法師が静かに指摘する。
「だって、牛丼屋って座席が狭いだろ?俺、他の客と肩が当たるの嫌いなんだよ。」
「はあ…」
港が思わず溜め息をついた。
「私はどのような店でも構いませんが…」
法師は静かに話を切り出した。
「できれば、落ち着いた雰囲気の店舗が良いかと存じます。音楽がうるさすぎる場所は少々難儀でございますので――」
「敬語長ぇよ!」
渋谷がズバッと突っ込むが、法師はまったく動じない。
「申し訳ありません。癖でございます。」
「結論を言おう。」
南無が椅子をドンと鳴らし、全員に視線を向けた。
「私が選んだ店に行く。これでいいな?」
「いやいや、全員の意見聞いてからでしょ。」
港がやんわり反論するが、南無はまるで聞く耳を持たない。
「私の勘は鋭い。それに、誰も文句はないだろ?」
「文句しかない!」
港と石動がハモった。
議論は結局、紛糾したまま進展せず。石動が「みんなに合わせるよ」と弱気に発言し、観音が「どこでも良い」と繰り返し、渋谷はスマホに戻り、法師は静かに微笑むだけ。
最終的に、南無が自転車で急いで選んだ「地元の小さな牛丼屋」に全員で向かうことになった。
牛丼屋のテーブルに全員が座ると、港がポツリと言った。
「…こんな会議、初めてですよ。」
「これも大事な任務だ。」
南無が真顔で答える。
観音は牛丼の味噌汁を飲みながら満足げに頷き、法師は静かに感謝を述べた。
「いいですね。この店、静かでございます。」
渋谷は一人だけサイドメニューの唐揚げを頼んでいたが、それを咥えながらスマホで別の店を調べていた。
そして石動は、ただただ周りに合わせて牛丼を黙々と食べていた。
狩り手たちの「全体会議」は、何とも奇妙で、それでいてどこか温かみのある時間だった。
コメント
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ほんわり♡