『私、もううんざりなんです!!』
机を大きく叩きながら声を張り上げる望月陽菜と名乗った女、今日の依頼人だ、
僕の名前は日和見水仙、とある雑居ビルの2階で夜逃屋を営む28歳だ、高校を中退してから、いろんな仕事を転々としてきて、貯めたお金で開業した仕事、通称”夜逃屋”
ここではどんなお客さんでも受け入れている、
どんなお客さんでも、新天地に送り、第二の人生を謳歌するための手助けをする仕事だ。
『望月さん、、、ね、、、 今日はどのようなご用件で、ウチの夜逃屋へお越しいただいたのですが?』
『実は、、、』
そういうと、彼女は口籠る、何か言いたくないことでもあるんだろうか。
こうやって黙りこくってしまうお客さんもいる、でも、こういうのをサポートしてあげるのも、夜逃屋の仕事だ
『大丈夫です、ここにきた人たちは、何か、、心に闇を持っている人が多いです、焦らずに、ゆっくりでいいので、状況を説明してください。』
『!!』
その言葉が心に響いたのだろう、彼女、依頼人の望月さんはポツリ、ポツリと言葉を発し始めた
『実は、、、私、、、、』
少しの間をおいて
『どうしましたか?』
優しい口調で問いかける
それに応えるように次の言葉を腹の底から紡ぎ出す
『アイドルなんです…..』
あ〜〜〜〜
そういうパターンか、、、
実は僕も3年間の間で2回だけ、依頼人がアイドルだというケースを経験したことがあるから大体どうしてここに来たかは予想できる。
だが、こういうのは本人の口から言わせたほうがいい、そう僕は思っている、だから彼女にこう問いかけた
『アイドルとか、そんな夢のような職業から逃げようとか思ったりするんですね、、、』
もしかしたら、この言葉が彼女の心を逆撫でしたのだろう、彼女は顔を険しくさせて、机を大きく叩いた、
『あんたに何がわかるの?、辛い思いをしてきて、それが嫌になってここにきたのに、どうせあんたもわかってくれない!みんな言うんだ!我慢しろって、そういうもんだって、誰も、、、私のことをわかってくれないの、、、』
『その辛い思いがわからないから聞いているんです、あなたの辛さがわからないと、寄り添えもしないでしょう、教えてください、どうしてここにきたのか、、、
どうして、、逃げ出したいのか、、、』
それを話すと、彼女は泣き出してしまった、この言葉選びが正しかったのかどうかはわからないが、彼女は、僕にだったら理解してもらえると思ってもらえたんだろう、話してくれた。
彼女は、小さな地下アイドルグループ、NKBでセンターをやっているアイドル、アリスというそうだ。
彼女自身も、子供の頃からアイドルになることが夢で、ずっと憧れだったらしい、それで何もかもに一生懸命に取り組んで、ついにセンターという座を手に入れた、しかし、、、
ここからが本題だった
そりゃセンターともなれば他のメンバーよりも多くのファンを抱えることとなる、しかし地下アイドルだ、稼ぎは少ない、ほとんどのお金を事務所に持っていかれ、食べるためのお金、住むためのお金もままならない、
昼はライブのチケット配り、
夜に歌ったあとは地下アイドル特有のファンサービスで精神を削られる、僕が知ってるのだと、指キスなどが挙げられる、そのようなファンサービスでせっかく稼いでも、事務所が悪徳で、ほとんどを持っていかれ、手元に残るのは数万、家賃電気水道ガス代食費、たかが数万で賄えるものでもなく、衣装代も自腹、集客できなければ赤字分は自腹、今ではライブのない日に夜の仕事で好きでもない男に体を売ることでなんとか食うことができている、ストーカーにも悩まされている、センターへの嫉妬からか先輩からのイジメも、、
ありったけの愚痴を、30分聞かせてくれた、彼女自身も、とても辛かったんだろう、そんな生活を2年も続けていたらしい、
話し終えると、彼女は、冷め切ったお茶を2口3口飲んで、少し落ち着く、
『すみません、こんなに愚痴を聞いてもらっちゃって、、、』
彼女は言う、
『いえいえ、こう言う話を聞くのも、僕の仕事なので、』
僕も、お茶を飲みながら返す
『では、質問しても大丈夫ですか?』
彼女に問いかける、 彼女は頷く
『では、、、、あなたはまだアイドルを続けたいと思いますか?それとも、また別の道を進みたいですか?』
彼女は困惑している、そうだろう、彼女はアイドルになることが夢だった、アイドルになることを生き甲斐にしていた、これまでの人生をダンスと歌の練習にのみ捧げてきた、そんな女性が、
アイドル以外を志せるのか、、、
重い質問だ、、、でも、この質問もしなきゃいけない、、、
『私がアイドルをもうやりたくないと言ったら、私のこれまでの20年間を全て否定することになります、でも、、、私は、もう、、、、
この現状が嫌なんです、、、
アイドルを、、、、、、、辞めたいんです、、、、』
暫しの沈黙が流れる
『わかりました、では、あなたのこれからを考えましょう、今日も明日も、たくさん時間はあります、じっくり考えてください、とりあえず、今日の相談は終わりです、もし良ければ3階へ、何部屋かあるので泊まれるようになっています、鍵はこちらの黄色いカゴの中に入っていますので、良ければ。』
『いえ、明日はライブですので、泊まることはできませんが、お気遣いありがとうございます、それでは、また、行けそうな時に連絡しますね。』
『わかりました、では、お気をつけて、またいつでもきてくださいね』
月明かり輝く夜空、明日は満月、だったか、、、
彼女の人生も、この月のように、光り輝いてくれるといいなぁ
〜5日後〜
一昨日のメールで、今日の22:00から予約がされている
『今日は、望月さんが来る日か』
今日は何処に夜逃するか、その決行日、どのようにして逃げるかなどの相談をする予定だ、
正直、夜逃をするにあたって、今日が一番大事な日だ、特にタチの悪いアイドルグループのセンターともなれば、相当な警備を敷いている、プランを建てても、どうせ2〜3個は何処かズレる、
10通りくらい、下手したら20通りくらいは、夜逃ルートを考えないと、うまくいかない。
『さて、あと5分で予定の時間か。』
そろそろ来るだろう、そう思っていた、でも
5分、10分、30分待っても、彼女が来ることはなかった。流石の僕も
(何かおかしい、あんなにマジな顔してアイドルを辞めたいって言ってた彼女が、そんな30分も時間をすっぽかすわけない。 そういえば、ストーカー被害にも悩まされてるとも聞いた、)
ーもしかしてー
同じ職種はどの業界にもあるものだ、噂にだけしか聞いたことはないが、とあるアイドルがストーカーに悩まされていたが実はそのストーカーが、、、、、
ーアイドルの尾行をしていたー
どうもそんな感じがしてならない、彼女の話を聞く限り、相当タチの悪い事務所だ、しかも、彼女はセンター、尾行のストーカーもどきをつけていても、何らおかしくない
もしかして、、、
僕の店に入ったところ、、、尾行されていた?
可能性は十分にある、むしろそう考える方が自然だ、おそらく、僕の店に来る道で、拉致られた、そんな可能性が高い、
『まずいな、、、』
何がまずい?当たり前だ、こういう地下アイドルで事務所がカス、そういうところは法外な違約金を設定してることが多い、その事務所も恐らくそうだろう、それで、違約金を返すために付属の闇金に金を貸させ、エグい金利で絶対に組織から離れられない、そしてアイドルとして売れなくなったらその辺のキャバに売られるか海外に売られて性奴隷や見せ物ってところか。
すぐに向かわなければならない、僕はすぐに掛けてあるスーツを着る、そして急いで車に乗り、走らせ、情報屋に電話をかける、彼は僕の夜逃屋を手助けしてくれる、この界隈ではフォックスなんて呼ばれてる、僕はそいつに電話をかけた。
『フォックス、聞こえるか』
『ああ、聞きたいことはわかってる、俺も今尾行中だ、望月さんは、お前の予想通り、拉致られてる、』
『ああ、話が早くて助かる、フォックス、お前は今どの辺にいる。』
『横須賀のあたりだ、この方向なら横須賀に向かってるだろう、予想だが、11か6の倉庫に行くだろうね。』
よかった、飛ばしていけば2〜30分でつける距離だ
『俺は先について待ち伏せとくは、着いたら言う、できるだけ急いでこい、陽菜ちゃんのとこの事務所、結構やばいんだよねー、ガチで生涯奴隷になるような悪徳さ、あの事務所に、何人も女の子の人生壊されてるよ。』
『わかってる、高速で行くつもりだ、すぐに向かう、見失うんじゃねえぞ』
『はは、そんなドジ踏むわけないだろ、俺はこの裏社会で知らない人はいないほど(自称)の名情報屋、フォックスだろ』
『迷情報屋の間違いだろ、、、』
ー横須賀火力発電所ー
『はぁ、君には失望したよ、せっかくセンターを与えてやったというのに、こんな夜逃屋なんかに駆け込んで、組織を裏切ろうとするだなんて、ウチとの契約を断ち切ろうとしたんだ、50本、最高でも100本の違約金は覚悟した方がいいぞ』
『うーーー、うーーー』
『あー、そうだったな、口を塞いでるんだったな、なら何も話せなくても仕方ないなぁ。』
『まぁ安心しろ、お前が100本も払えないなんてそんなことわかってるんだ、いい金貸があるんだが紹介してやろう、お前みたいな裏切り者でも、金を貸してくれるいい闇金がこの世には存在するんだ』
(まーた金の成る木ができた、俺らの私服を肥やすために、じゃんじゃん稼いでくれ、こいつ顔だけはいいから、デカめのキャバに売れば、それなりの金は手に入るから、10年で500くらいは期待できそうだな)
『さーて、何処に売ろうかな』
ドーーーーーン‼️
倉庫の中が煙で満たされる
『ゴホッ、ゴホッ、どうした、何が起こったんだ!』
ぐあっ
ごふ、、、
『安心してください、切りつけてはいますが、麻酔成分を塗りたくってるだけです、10時間くらい大眠りした後に目を覚ませば、勝手に体が瘡蓋を作ってくれます命に別状はないですよ。』
『ああ、命に別状はない、ただ、麻酔銃の方はもし脳天に入っていたら、どっかマヒするかもしれんがな』
煙が消えていく、そこに見えるのは
『ヒーロー日和見、さんじょーう』
『そんなゆるーく言ってる余裕あんのか?水仙、結構まだ数あるぞ』
『大丈夫だよこれくらい、それよりサクッと〆て、帰りに家系食って帰ろうよ』
『はいはい、わかりましたよ、リーダー』
そう言い、日和見とフォックスは走り出す、
日和見は麻酔ナイフ、フォックスは麻酔銃で攻撃する、2分もしないうちに、彼ら2人と望月以外は、全員眠ってしまった。
『さーて、今日の仕事もいっちょ上がり〜、あんま歯ごたえなかったな、』
『ははは、まぁ光物だけだとね、銃とかないとスリルがねぇよな』
『….日和見さん』
あ、そういえば忘れていた
『どうしましたか?望月さん?』
『どうして、あなたは私のことを見捨てなかったんですか?、、、
相手は武器を持っていました、あなた達も危険だとわかっているはずです、なのに、なぜ、
私のことを見捨てなかったんですか?』
『そうですか、あなたは、僕があなたを見捨てると思ってたんですね。
では、あなたになぜ僕があなたを見捨てなかったのか教えてあげます、僕はこんな感じで頼りになりません、だから、依頼人から、見捨てられることは多々あります。
でもね、、、、
僕が人を見捨てたことは、、、、一度もないんですよ。』
『あなたも疲れているでしょう、ここは、僕等がずらかった後に通報する予定です、仲間の一人が、ここら辺一体の監視カメラを全てOFFにしてくれました、
あなたには2つの選択肢があります、ここで警察に保護されるか、、、、
僕らと一緒に、家系食べてから事務所で寝泊まりするか』
『どっちを選びます?、あぁ、警察に保護されたい場合は、僕らがこれやったことナイショでお願いしますね、ちょっと最近やりすぎちゃって、執行猶予ついたばかりなんですよ。』
なんでだろう、わからない、でも、この人たちについて行った方がいいんだと、本能がそう語っている。
『….ついていきたいです。』
人に甘えたり、頼ったりしたことが少なかったから恥ずかしくなって、小声になってしまった、
『わかりました、車に乗って下さい、この近くに、美味しいラーメン屋さんを知ってるんですよ』
車を走らせてくれる、ありがたいことに、日和見さんは私の分もラーメンを奢ってくれた、こんなにお腹いっぱい食べたのは、久しぶりだ、そして、事務所まで送ってくれる
『結構金欠なのに、高速使っちゃったからなぁ、帰りは下道で帰るけど大丈夫だよね?』
彼女は頷く、僕は車を走らせる。
家に着く、時刻は2時を回っていた、彼女を部屋に送り届けた後、彼女はすぐに泥のように眠ってしまった、緊張のほぐれなのか、疲れなのか、ぐっすり眠っていた。
朝、10時ごろに、彼女は部屋から出てきた、
『あ、おはようございます望月さん。寝心地はどうでしたか?こんな雑居ビルなんで、寝心地が悪いのはわかってるんですけどね』
『ここがいい、、、』
『え?』
『ここで働きたい、、、あなた達に救われた、、とても嬉しかったの、、、
ここで働かせて下さい、あなた達に憧れました、この仕事は人を救えます、もう、私みたいに苦しむ人たちを作りたくない
、、、
あなた達に、憧れました、、、、』
『、、、、、、』
『あなたがここを夜逃先に選ぶなら、止めはしません、ちなみに、訓練は相当辛いですよ、ある程度の武道は身につけてもらいます、運転免許も取ってもらいます。寝心地も悪く、立地も悪いです、特にやり甲斐はありません。人件費を払えるほどの余裕はございません
それでもよろしいのであれば』
『依頼、完了でもよろしいですか?』
『っ!! はい‼️』
『わかりました、お代はあなたの努力で頂きます、では、これからは社員として、よろしくおねがいしますね、陽菜さん。』
あーあ、社員が増えちゃった、
さて、人件費をどうやって捻出するかな?
10月の朝日は冷たい、でも、今日だけは、少し暖かく感じた。
2022/9/29 1:46 執筆完了 6029文字 READ