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「ふぅん。それで、また僕の元に来たわけ、か」

「……まぁ、そういうことですね」


翌日の夜。俺は缶ビールの入ったレジ袋片手に、親しくしている先輩の部屋を訪れていた。


先輩はアポなしで来た俺を邪険にすることはなく、笑って部屋に入れてくれる。


……まぁ、この先輩、酒を持ってくれば大体入れてくれるから。


部屋に入れてもらって、いつもの場所に座る。その後、レジ袋から四本の缶ビールとつまみのチーズを取り出した。


それをテーブルの上に置けば、先輩は笑いながらするめを持ってくる。……準備が良い。


「……準備、いいですね」

「まぁな。そろそろかなって、思ってたからさ」


先輩が俺の対面に腰を下ろす。……そろそろって。


「だってさ、祈が振られるのって、大体こういう時期じゃないか」


ニコニコと笑った先輩が、するめの袋を豪快に開けた。……うん、まぁ、そうなんだけれどさ。


「嫌な時期ですね」

「本当になぁ」


俺が振られるのは、大体付き合って三ヶ月前後。


それを先輩も理解しているのだろう。……というか、振られるたびに愚痴に付き合ってもらっているから、嫌でも理解してしまうか。


「ま、僕からすれば関係ないけれどね。……でも、後輩のメンタルケアくらいは、やってやらなくちゃ」


缶ビールを開けながら、先輩がそう言ってくれる。


「……本当、お世話になります」


感謝しても、したりないくらいだ。本当に、先輩には感謝している。


俺とこの先輩――|南場《なんば》 |真聖《まさきよ》先輩が出逢ったのは、些細なことがきっかけだった。


というか、俺が振られている現場に先輩が居合わせた。ただ、それだけ。


その際に愚痴を聞いてもらったことがきっかけで、俺と先輩の縁は繋がった。


結構きつく見える顔立ちをしている先輩だけれど、懐に入れた人間にはめっぽう甘い。ついでにいえば、俺は先輩にとって弟分なんだろうな。


「けどさ、祈。ほんと、いい加減にしてもらったほうがいいんじゃないか?」


ビールを一口飲んで、先輩が眉間にしわを寄せてそう言ってくる。……いい加減に、してもらったらって。


「俺が頼んでいるわけじゃないんで、無理ですね」

「……ま、そうだな」


あれは亜玲が勝手に行っていることなのだ。俺への当てつけなのか、嫌がらせなのか。それはわからないが、まぁろくな理由じゃないだろう。


……やめてくれって言って、やめるような男でもないしな。


(そうだ。亜玲は、一度こうと決めたら意地でも曲げない根性を持っているんだ)


小さな頃の亜玲は、可愛くて天使のような男の子だったというのに。


……今じゃ、悪魔みたいな男になった。


「おいおい、そんな眉間にしわを寄せるなっての。……僕でよかったら、いくらでも愚痴くらい聞いてやるからさ」


ふと手が伸びてきて、先輩が俺の眉間をもむ。……そんなに怖い顔を、していたのだろうか。


「……先輩」

「おう」

「なんで、こんなことになると思います?」


そんなことを聞いたところで、解決しない。


理解しているけれど、聞かないとやっていられなかった。


「……そうだなぁ。俺はその上月とかいう奴について、詳しくは知らないからなぁ」


……そりゃそうだ。先輩と亜玲は殆ど面識がない。多分、遠目から見たことがあるとか、そういうレベルだ。


だって、亜玲、目立つし。


「けど、まぁ、考えられる可能性っていえば……」

「いえば?」

「祈が好きだから、構ってほしいんじゃないのか?」


……ない。それは絶対にない。


「ないですよ。それだけはぜーったいにあり得ません!」


亜玲は俺が嫌いなのだ。嫌いで、大嫌いで、憎たらしいのだろう。


そうじゃないと、あんなことするわけがない。


「そうかぁ? 僕はそう思うんだけど」


チーズをつまんで、先輩はのんびりと笑って言う。……そんな、問題じゃないのに。


「だってさぁ、そうじゃないと男も女も。アルファもベータもオメガも。見境なしに奪わないだろ」


先輩がのんびりと笑っている。そりゃあ、そうかもしれないけれど……。


「でも、俺みたいに性別とか気にせずに恋愛感情を抱いちゃう奴、いるじゃないですか」

「……まぁなぁ」

「亜玲も、そういうタイプなのかも」


自分で言っていて悲しくなってきた。


俺は第一の性別も、第二の性別も。気にせずに恋愛感情を抱ける人間だ。


……なのに、ずっとこのざまなのだ。もう、失笑ものだ。

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