テラーノベル
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阿部を沈めてから数日
蛇頭会は鳴りを潜め、事務所にはようやく「ひまりの家」としての空気が戻ってきた。
やが、俺の心には、あの日ひまりに言われた言葉が、トゲのように刺さっとった。
ワシがどれだけ血の匂いを消そうとしても、染み付いた「極道」の業は、ひまりの澄んだ瞳には見えてしまう。
「……おじさん、これ、あげる」
ソファで帳簿を睨んどった俺の膝に、ひまりが小さな包みを置いてきおった。
「……なんや?これ」
「あのね、今日学校の帰り道で、お友達と見つけたの。おじさんの手が、もっと元気になるようにって」
包みを開けると、中には道端に落ちとるような
なんてことない形の綺麗な小石と、四つ葉のクローバーが入っとった。
「……おじさんの手、いっつも硬いし、時々震えてるから。これ持ってると、優しい気持ちになれるよってお友達が言ってたの」
俺は絶句した。
ひまりは、ワシが夜中に何をしとるか、詳しくは知らんはずや。
やが、俺が「掃除」をして帰ってきた時の
その手の冷たさを、あの子は小さな手のひらでずっと感じ取っとったのか。
「……ひまり、おおきにな。…一生大事にするわ」
俺は、その小さな石とクローバーを、懐にある短刀のすぐ隣に仕舞い込んだ。
血を吸うための道具と、命を慈しむための贈り物。
あまりにも不釣り合いやが、今の俺にはその両方が必要なんや。
「兄貴、いいニュースです!」
和幸が、珍しく明るい顔で入ってきた。
「蛇頭会の本隊、昨日の件で完全に腰が引けたようです。…それに、ひまりお嬢の通学路、近所の住民たちが『見守り隊』を結成したらしいっすよ。兄貴がこの前、不審者を追い払ったんを見てた人たちが……」
「……見守り隊、やと?」
「ええ。『あのガタイのいいお父さんが守ってる子なら、私たちも協力しよう』って。……兄貴、極道の組長が、地域住民のヒーローになってるんすよ!」
俺は眼鏡を指で押し上げ、ふっと鼻を鳴らした。
ヒーローなんて柄やない。
ワシはただ、自分の宝もんを必死に守っとるだけの野良犬や。
やが、地域の人らがひまりを見守ってくれるんやったら、これほど心強いことはあらへん。
「なら和幸。明日から、事務所の前の掃除、もっと範囲広げてやれ。……それと、見守り隊の人らには、組からお茶菓子の差し入れでもしとけ」
「ハッ!了解しました!」
夕食のとき、俺はふと思った。
ワシが極道を辞める日は
案外、ワシが自分で決めるんやなくて、この子が作ってくれる「居場所」に導かれるようにやってくるんかもしれんな。
「おじさん、考え事?」
「…いいや、なんでもあらへんよ」
俺はひまりの頭を、大きな、そして今はこの上なく優しい掌で撫でた。
俺の手はまだ硬い。
傷も消えへん。
やが、ひまりがくれた小石のおかげか、不思議と震えは止まっとった。
夕暮れの街
事務所の窓から見える通学路には、ひまりを守るための「光」が、少しずつ、だが確実に増え始めていた。
コメント
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いつも面白い話をありがとうございます😊続きが気になって仕方ないです💦楽しみにしていますね✨
#シリアス
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