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玄関の音がした。
それだけで、
ぜんいちの身体が先に反応する。
「……え」
「嘘だ、そんなわけ」
鍵が回る音。
ドアが開く音。
現実すぎて、夢だと思えなかった。
「ただいま」
あまりにも、普通の声。
ぜんいちは立ち上がろうとして、
うまく足に力が入らない。
(え、まって)
(今の、ほんとに……?)
マイッキーは靴を脱いで、
いつもと同じ動線でリビングに入ってくる。
距離を置く前と、
何一つ変わらない動き。
「……」
目が合う。
ぜんいちは、
言葉が出てこない。
嬉しい。
怖い。
信じたい。
でも、疑ってしまう。
全部が同時に来て、
喉が詰まる。
「……帰って、きたの?」
やっと出た声は、
思ってたよりも弱かった。
マイッキーは少しだけ首を傾げる。
「帰っちゃダメだった?」
責めるでもなく、
笑うでもなく。
“普通”。
その普通が、
ぜんいちには一番きつい。
「……いや」
否定した瞬間、
胸がぎゅっと縮む。
「その、距離……」
言いかけて、止まる。
約束を破るみたいで。
聞いたら壊れそうで。
マイッキーは、
ソファの背に軽く手を置く。
「距離はね」
一拍。
「ちゃんと置いたよ」
ぜんいちの指先が、
ぴくっと震える。
「……じゃあ」
「でも」
かぶせるように、
マイッキーが続ける。
「見たら、戻りたくなった」
心臓が、跳ねる。
「……見た、って」
問いかけは、
ほとんど息。
マイッキーは答えない。
代わりに、視線を外す。
「ぜんいち」
名前を呼ばれただけで、
背中がぞわっとする。
「俺がいない間さ」
声は低い。
「ちゃんと、俺のこと考えてたでしょ」
否定できない。
その沈黙を、
マイッキーは逃さない。
「それでいい」
ゆっくり近づいて、
距離を詰める。
触れない。
でも、逃げ場がない。
「俺がいないと、不安で〜、」
ぜんいちは息を詰める。
「でも、戻ってきたら安心する」
「そうでしょ?ねぇ」
視線が合う。
「……ぜんいち、その顔さ」
小さく、息を吐く。
「堕ちてるよ」
たった一言。
それだけで、
ぜんいちの中の何かが、崩れる。
「……っ」
言い返したいのに、
声が出ない。
ずっと望んでた“帰還”。
なのに、
喜びきれない。
「今日はさ」
マイッキーは、
何事もなかったみたいに言う。
「普通に過ごそ?」
普通。
一番、拒めない提案。
ぜんいちは、
ゆっくり頷くしかなかった。
(帰ってきた)
(でも……)
戻ってきたのは、
“前のマイッキー”じゃない。
それに気づいてしまったのに、
それでも、
そばにいてほしいと思ってしまう。
その矛盾ごと、
もう――
掴まれている。