全員が椅子に座り、一度深呼吸をしてから話し始めた。
 仁人がどんな病気を持っているか、そして前の職場と、そこで何があったか。
 
 「…って言うことがあってね、、」
 
 その話を聞いてみんなが唖然とした。
 それは考えられない現実だった。
 
 「え、じゃあ俺らが初めてあった時に"仕事を辞めた"って言ってたのって、、」
 
 「辞めたんじゃなくて、私が辞めさせたが正しいかな…あの子ね、ここで働くの凄く楽しみにしてたんだよ。みんなの力になりたいからって、専門学校まで行って、美容師の免許取って、」
 
 「…」
 
 「ほんとに、なんであんないい子に限ってこうなっちゃうんだろう。あの子から夢も奪って、笑顔も奪って…私が変わってあげられたらいいのにって思うんだけどね、そんな上手い話あるわけないのに」
 
 全員が心に深く刻みながら黙って聞いた。
 吉田仁人に同情せずにはいられなかった。
 そして、自分たちがしたこともきっと、回復してきた底知れない傷を抉ってしまったのだと深く反省した。
 
 しばらくすると仁人が体を起こした。
 
 「おはよう、仁人体調は?」
 
 「おはようございます。大丈夫です。心配かけてすみません。」
 
 「いーの、ほんとに久しぶりだったからビックリしちゃった」
 
 「あ、佐野さんすみません…ここ綺麗にしますね。」
 
 「あ、いや、大丈夫。安静にしてな。」
 
 「わかりました…?(何も無い…?)」
 
 それから何かしようとすると止められ、ただ座って一日が終わった。
 
 「じゃ、仁人今日はもう終わりだから帰ろうか」
 
 「すみません、何も出来なくて」
 
 「大丈夫だよ。明日もあるから」
「みんなおはよー」
 
 「さとちゃんおはよー!吉田さんもおはよう」
 
 「…おはようございます。」
 
 「よし、じゃあ仁人、初仕事ね!勇斗のメイクお願い!」
 
 
 「え!?俺?」
 
 「あんただけだよ準備終わってないの。ほら、仁人お願いね!」
 
 「え、、でも」
 
 「大丈夫、仁人がたっくさん努力してるの知ってるし!大丈夫だよ」
 
 「…分かりました。」
 
 「じゃ、よろしくね!」
 
 「そしたら、佐野さんこちらにお願いします。」
 
 メイク道具を広げ、こまめに確認しながら丁寧に仕上げていく。
 今までよりもかっこよく輝いている佐野勇斗をファンの皆さんに届けたいという一心で。
 メイクを始めてから無言の状態が続いたが、先に勇斗が口を開いた。
 
 「怖くないの?」
 
 一瞬時間が止まった。
 
 「怖くないと言ったら嘘になりますけど、、佐藤さんから僕の話聞きましたか?」
 
 「うん…聞いた。俺のメイク担当して大丈夫なの?」
 
 「…、、僕は、かっこいい姿でファンに愛を届けて、ファンもそれに応えるように愛を届ける、あの真っ白で輝いている景色が大好きなんです。そこに、"怖い"なんかの僕の感情が混ざったら、せっかくの綺麗な白が濁っちゃいますよ。僕が今すべきことは、目の前にいる佐野さんを今まで以上の最高のビジュアルに仕上げることです。」
 
 「…」
 
 「佐野さんたちが僕にしたことも、もう何とも思っていませんよ。だから、佐野さんも気にすることはないです。」
 
 「とは言っても…」
 
 「それに、」
 
 「…?」
 
 「失ったものは、失ったままなんですよ。」
 
 「…ごめん。」
 
 「よし、メイク終わりました。うん、やっぱりかっこいい。佐野さんも今は、ファンに最高のパフォーマンスを届けることだけを考えて下さい。せっかくの色が濁ってしまいますよ」
 
 「そっか…笑ありがとう。」
 
 「はい」
 
 全てを終え、M!LKを見送った。
 そして、少しの間影で見守って楽屋に戻った。
 
 「佐藤さん!少し勉強します。」
 
 「ん、わかったよ。」
 
「いや〜今日も楽しかったな!」
 
 「み!るきーずのみんな、勇斗のビジュいい!ってめっちゃ言ってたね笑」
 
 「今日のメイク吉田さんがやったんだけど、我ながら最高だと思う。」
 
 「…今更謝っても遅いよね、」
 
 「うん、俺たちのしたことは許されるべきじゃないから。これからを変えるしかないよ」
 
 
 そんな会話をしながら楽屋に入ると、黙々と一人勉強している仁人がいた。
 
 「仁人今勉強してるから、少しだけ静かにしてやって」
 
 「なんの勉強してんの?」
 
 「整体?みたいなこと言ってた」
 
 「へぇ〜」
 
 すると、ふと仁人と目があった。
 気づいた仁人はイヤフォンを外し、参考書を閉じた。
 
 「仁人〜なんの勉強してたの?」
 
 「仁人…?」
 
 「なんか、吉田さんって固くない?仁人の方がいいでしょ」
 
 「ま、まぁ。」
 
 「んで、仁人なんの勉強?」
 
 「整体ですね。」
 
 「何で整体の勉強してるん?」
 
 「もし、皆さんに何かあったときに知識があれば少しくらいは役に立つかなって思って…皆さん、毎日のように踊ってるから、身体のケアしないと」
 
 「笑ほんと、さとちゃんから聞いた通り努力家なんだな」
 
 そういいながら、俺に手を伸ばした。
 しかし、反射で一瞬体が縮こまってしまった。
 
 「…やっぱり、怖いよね。ごめん」
 
 「いや、もう大丈夫です。」
 
 「そう?」
 
 そして再び手を伸ばし、俺の頭を優しく撫でた。
 
 「今日の俺のビジュ、み!るきーずのみんながたくさん褒めてくれたよ」
 
 「良かったです」
 
 「またお願いしてもいい?」
 
 「もちろん、僕でよければ」
 
 「俺もやってほしいなぁ〜」
 
 「頑張ります。」
 
 
 そしてLIVEを無事完走した。
 
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!