焦って言葉を詰まらせていると、さっちゃんにスマホを取り上げられてしまった。「光貴君こんばんはー。うちのりっちゃん、あんまりいじめんといてよー?」
わ。その電話は光貴じゃない――そう言おうとしたけど一歩遅かった。機関銃のごとく止まらないさっちゃんは、まだ電話の向こうの新藤さんを光貴と勘違いして喋っていた。
「光貴君。りっちゃんにもう一回頑張ろうなんて、一番言ったらあかんやん。そんなつもりじゃやなかったとしても……えっ、光貴君じゃない? えっ、新藤さん!?」さっちゃんの顔に焦りが浮かんだ。「あ、それはどーも、失礼しました……」
やらかした、という顔をしてさっちゃんは肩をすくめた。そして『電話の相手を勘違いしていることをなぜ教えない』と、鬼の形相を私に向けた。
「りっちゃんの様子ですか? えーっと、結構酔っぱらっていますね。どうやら、光貴君と大喧嘩したみたいで……え? 今から飲みにきたい? ええ、どうぞ。りっちゃんが悪酔いしていて困っていたので、介抱お願いしてもいいですかぁ?」
え!?
さっちゃん、今、新藤さんをここに呼ばなかった!?
「ここは、東門の真ん中くらいにあるビルで、一階にブティックが入っています。ガラス張りのブティックなので、すぐにわかると思います。ランプームという名前のバーになります」
「ちょっと、やめてよっ」小さい声でさっちゃんに抗議したけれど、聞き入れてもらえなかった。
「はーい、お待ちしてまーす」
勝手に電話を切られてスマートフォンを突き返された。「りっちゃん。電話の相手が新藤さんって最初にちゃんと教えて欲しかった! もう、おかげでめっちゃ恥かいたやん」
「私も最初は光貴だと思っていたから。まさか新藤さんからの電話だと思わなくて」
「まあいいや。いい事教えてあげる」怒っていたさっちゃんはいつの間にか悪い顔をしていた。「りっちゃんが酔っ払ってるって言ったら、新藤さんがすぐに飲みにきたいって言ったんよ。もうこれ、絶対りっちゃんに気があるよ!! 羨ましぃー!!」
おつまみに頼んでおいたミックスナッツを頬張りながら、さっちゃんが私から取り上げたギムレットを飲み干しながら愚痴るように言った。彼女もお酒が強い。独身の頃は二人でよく飲み、そのあとどちらかの家に泊まったりしたものだ。
「今まで新藤さんをなんかいか飲みに誘ったけど、全部はぐらかされて。でもりっちゃんがいたらすぐ来るなんてどういう見解よ?」
「それは誘った日程が悪かっただけ。私は担当顧客だから放っておけないだけだと思うけど」
新藤さんが私を気にかけてくれる理由なんて、それしか思いつかない。
しばらくそのことで、さっちゃんにぶちぶちと文句を言われた。
新藤さんは鳥居教授という漫画のキャラクターに似ているらしく、実写版の教授なんて最高♡と喜んでいたが、相手にされなくて怒っているようだ。更に私にばかり新藤さんの愛想がいいことに怒りの矛先を向けてくる。
そのアニメキャラを見せてもらったけれど、確かに新藤さんに似ていた。眼鏡をかけてきりっとしたところが新藤さんらしい感じがする。
「こんばんは」背後から声をかけられた。慌てて振り向くと鳥居教授――もとい新藤さんが立っていた。
「わぁー。本物だぁー」
酔っ払い進行中の私は、訳の分からない挨拶をしてしまった。
「こんばんは、律さん、水谷さん」
新藤さんは仕事帰りだったようで、スーツで現れた。ほのかに香る爽やかないい香りが鼻孔をつく。汗臭さとは無縁の人。いつでも涼しい顔をして営業マンスマイルがよく似合う彼は、もはや神がかったアイドルではないだろうか。
そして眼鏡にスーツという最高の装備。もうこれ、ポスターにして部屋に飾っておきたいとすら思う。
「新藤さん、先ほどは失礼いたしました。光貴君と間違えてしまいました」
「いえいえ、お気になさらずに」
新藤さんは迷わず私の右隣に座ってきた。
「それより律さん。一体どんな喧嘩をなさって、こんなに酔っておられるのですか? いけませんよ。帰って寝る時間です」
「いいじゃないですか、飲んでも。私だって酔いたい時もあります! 子供扱いしないでくださいっ」
私はプッと膨れた顔を見せた。
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