「体調が良い時なら結構ですが、今はそうじゃないでしょう?」
「いいんですっ。今日は飲みたい気分なので! 新藤さんも飲みましょう。お酒、どれが好きですかぁ?」
メニューを渡しながら聞いてみた。
「車で来ましたので、お酒は控えさせていただきます。お二人をお送りしますから、ウーロン茶をお願いします」
「えーっ。私のお酒が飲めないんですかぁ?」新藤さんに思わず絡み酒をしてしまった。
「コラ、りっちゃん。ほどほどにしておきなさい」
「やー。今日は飲むのぉ」
何だかハイな気分になって、目の前のカクテルを一気飲みした。さっぱりとした飲み口なのは最初だけで、胃がかーっと熱くなり喉もヒリヒリと痛みを伴った。強いお酒を飲んだ時の独特の症状が体内で弾けた。
「ふふっ……なんだか、楽しくなってきたよぉー」
「わ。これは手が付けれなくなる。ごめん、マスターもう帰るわ。お会計して」
さっちゃんが私の雰囲気を見て会計を頼んでしまったので抗議した「まだ飲んでる最中ぅー」
「りっちゃん、これ以上飲んだらやばいって」さっちゃんに怒られた。「今日はもう帰ろう」
「やー。家には帰りたくない……光貴がいるもん」
「でも、ちゃんと仲直りしなあかん」
「仲直りなんかできないよ。ひどいこと……いっぱい言ったもん……」
家で繰り広げてきた醜い言い争いを思い出したら、辛くて泣きそうになった。
「あー、りっちゃん、泣かんといて。新藤さんが送ってくれるから。さっ、今日は帰ろう」
さっちゃんに宥められてしぶしぶ席を立った。あーあ。一人で来れば良かった。記憶失くすくらい飲んで、飲んで、意識を飛ばしてしまいたいのに。
ふわふわしているけどまだ意識がある。それじゃ足りない。もっと酔いたい。記憶を失くすくらいに。
立ち上がった瞬間に視界が揺れ、傍にいた新藤さんが慌てて手を出して支えてくれた。
「うふふー」
新藤さんの腕。スーツの下に隠されている、逞しい二の腕だ。着やせするのかぁ。カッコイイな。優しくて時々ドS。こんな旦那が欲しいと思ってしまう。光貴のことは優しくていい男だと思っているし、なにより好きだから結婚したのに、どうしてこんなにうまくいかないのかな。
私は新藤さんの腕にぎゅっと掴まった。これは倒れないようにするだけ。深い意味はない。
「危ないのでしっかり掴まっていて下さいね」
鋭い目線。あぁ、好きだなぁ。まるで白斗みたいだからずっと見つめられたい。
酔っていたので遠慮なく新藤さんの腕に絡んで甘えた。
「りっちゃーん。あらら、完全に酔っ払いや。もう手がつけられへん」
あれ。さっちゃんが困った顔をしてる。あー、あれ? 新藤さんがお会計してる? なんでだろうー。さっちゃんが頭下げてるーぅ。
「あ、お金はらい、ますぅー」
ハンドバッグから財布を取り出そうとして、出てきたのはスマートフォンだった。呂律も若干おかしくなってきた。自分でもわかる。完全な酔っ払いだということが。
「りっちゃん、お金は新藤さんが払ってくれたから、今度彼にお金払っておいてよ。今から新藤さんがりっちゃんを自宅まで送ってくれるって。私は飲み直しに行くわ。せっかく三宮に戻ったから、別の店で飲んで帰るわ。じゃあね」
「えー、帰っちゃうのぉー?」
上目遣いでさっちゃんを見つめ、引き留めた。
「りっちゃん。それは男の人やったら効果あるけど、私には効かへんから。やるなら新藤さんに使ってみたら?」
じゃあ、りっちゃんをよろしくお願いします、とお辞儀をして去って行った。後には私と新藤さんが残された。
「ええー、さっちゃん、まだ飲むんだぁー。いいなぁー。もう少し飲みたいー。家に帰りたくないもん。あ、新藤さん、一緒に飲みませんか? 約束しましたよね、飲みに行こうって」
さっちゃんの言葉を思い出して、私は新藤さんにお願いしてみた。
本当に効くのかな。上目遣いのこのしぐさ。
「今からですか? しかし、水谷さんに律さんを送るように言われましたが?」
「そんなの、いいでぇーす。気にしないでください」
「せっかくですが私はお酒を飲めません。車で来ましたから」
「うーん……。じゃあ、新藤さんの家に行きましょう! そうしたら運転気にせず飲めますよね?」
酔っていた私は新藤さんの都合も考えずに提案した。
「私は別に構いませんが」
「はいっ。じゃあ決まりでぇ―す! 出発しんこーう」
私は新藤さんの腕に絡みついたまま右手を高らかに挙げた。
普段の私なら絶対にそんなことは言わないし、行動に起こしたりしなかった。
様々な偶然が重なって、後戻りできない運命の扉を開いてしまった。
でも、後悔はしていない。
彼を愛してしまったことを――
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