「目を開けてろ! 里が見えるぜ!」
魔理沙の怒鳴り声に、俺は涙を拭って下界を覗き込んだ。 一瞬だけ霧の切れ間から見えた人里は、活気を失い、どんよりとした赤茶色の闇に沈んでいた。昨日まで俺に材木や和紙を売ってくれた人たちが、あの霧の中で怯えているのかと思うと、胸の奥がギュッとなる。
「……里が、あんなに真っ赤に……」 「感傷に浸ってる暇はないわよ! 次はあれを見なさい!」
霊夢が指差す先。湖のほとりに、霧を吸い寄せるかのようにそびえ立つ、巨大な紅い洋館が見えてきた。 あれが異変の元凶、紅魔館。
「う、浮いてる……!? じゃなくて、デカすぎるだろ!」 「突っ込むぜ! 舌噛まないように気をつけな!」
魔理沙が急降下を開始した。 視界が上下に揺れ、胃袋がせり上がる。 「ぎゃああああ! 止まれ! 止まってくれぇぇ!!」
ドォォォォン!!
轟音と共に、俺たちは紅魔館の巨大な正門の前に着地(というか墜落に近い)した。 あまりの衝撃に、俺は箒から転げ落ちて、新調したばかりのズボンの膝を泥だらけにする。
「い、痛たた……。ここが、霧の主の家か……?」
見上げれば、鉄製の厳かな門が立ちはだかっていた。 そして、その門の前に悠然と立ちふさがる、一人の影。
「……あら。こんな霧の中、賑やかなお客様ですね」
鮮やかな緑色の中国風の服を纏い、背中まである長い赤髪をなびかせた女性――門番の紅美鈴が、不敵な笑みを浮かべて拳を構えていた。
「ここは私、紅美鈴が守る紅魔館の門。これ以上、霧の中に人間を通すわけにはいきません」
霊夢が御札を構え、一歩前に出る。 「ちょうどいいわ。あんたを倒して、さっさとその主を引きずり出してやるから」
「待て、待て待て待て!」
俺は必死に二人の間に割って入った。 膝はガタガタと震え、肺は「腐るかもしれない」という恐怖で悲鳴を上げている。だが、門番の腹の虫が――ぐぅぅ、と、確かに鳴ったのを俺の耳は逃さなかった。
「……美鈴さん、でしたっけ。あなた、お腹空いてるでしょ?」
美鈴の眉がピクリと動く。
「……な、何のことでしょう。私は門番、空腹などという雑念は……」 「嘘だ! 今、鳴った! 門番なんて重労働だ、この霧の中でずっと立ってたら腹も減るし力も出ないはずだ!」
俺はリュックから、お守り代わりに抱えていた「究極の白だし」を取り出し、美鈴の目の前に突き出した。
「これを見ろ! 俺が作った最高の出汁だ! これで今すぐ、アンタを満足させる料理を作ってやるから、そこを通してくれ!!」
霧の中、黄金色の瓶が不気味な赤を跳ね返して輝いた。






