『もう、これ以上近づいたら、壊れそうだった』
放課後の教室。
夕日が射し込む中、翔は机に頬杖をついて窓の外をぼんやり見ていた。
廊下から聞こえてくる笑い声に、心がざわつく。
──湊の声だ。
──姫那の声だ。
それを聞くだけで、なぜだか、呼吸が浅くなる。
「……もう、無理かもな」
誰にも聞こえないような小さな声で、翔は呟いた。
ずっと隣にいたのに。
気づいてたはずなのに。
それでも、
“踏み込む勇気”がなかったのは、自分のせいだ。
「好きだったけどさ──
好きだったから、邪魔したくないとも思っちゃって」
廊下に続く扉のほうを見て、翔は小さく笑った。
それは、あまりにも寂しい笑顔だった。
•
その翌日。
翔は、姫那に話しかける回数を少しだけ減らした。
視線を合わせることも、意識して避けた。
姫那は気づいていた。
その変化に、はっきりと。
•
昼休み、翔が一人で屋上に行ったあと。
凛ちゃんがぽつりと言った。
「翔くんね、多分……姫那のこと、好きだったよ」
「……だった?」
「ううん、“好き”だけど、
ちゃんと気づいてほしかったんだと思う。
でも気づいてもらえないから、自分で距離、置こうとしてるの」
姫那の胸が、ぐしゃぐしゃになった。
心の奥が痛かった。
痛いくらいに、翔の顔が思い浮かんだ。
(やだ……)
その瞬間、姫那は立ち上がっていた。
夕暮れに染まる廊下を走る。
心臓が、耳のすぐ後ろで鳴っているような感覚。
──翔くんに、会わなきゃ。
•
けれど、翔の姿は、もう学校にはなかった。
(遅かった……?)
風の音だけが、静かに教室を吹き抜けていた。
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