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その夜、予告通り、チャイムが連打された。


気が短いなー、相変わらず、と思いながら、ドアを開けると、

「開けるのが早いぞ」

と何故か怒られる。


「ちゃんと確認してから開けろ」


「しましたよー。

っていうか、貴方くらいしか来ないじゃないですか、こんな時間に」

と言うと、


「わからないだろ。

変質者とか、脇田とか来るかもしれないだろ」

と言う。


「あのー、お友達の脇田さんを変質者と同じくくりに入れるのはどうでしょう?」

と言ってみたのだが、渚は靴を脱いで上がりながら、


「だって、あいつ、お前のこと好きだろ」

と言ってくる。


笑ってしまった。


「あんなきちんとした人が私のことなんか好きになるわけないじゃないですか」


「待て」

と先にリビングに入ろうとした肩をつかまれる。


「それは俺がきちんとしてないという意味か」


いや、きちんとしてないとは言わないが。

脇田と比べると、勘と野生で動いてる部分が大きいというか。


だいたい、一目見た瞬間に、子供を産めと言ってくるとか、ケモノに近い気がするのだが。


ケモノというか、ケダモノか?


でもまあ……とお茶を淹れながら蓮は思う。


なんだかんだ言いながら、この人、乱暴なことはしないな、と。

言うことは乱暴だが。


「って、来た瞬間に寝ないでくださいよっ」

とキッチンから、ソファで寝ている渚に言ってみたが、返事がない。


もう~。

疲れてるからしょうがないのかもしれないけど。


一度寝たら起きないんだから。

また徳田さんに言い訳するの嫌だなあ、と思いながら、沸かしかけたお湯を止めて、自室に入り、毛布を取ってきた。


そっとかけてやっていると、目の端に、薄目を開けている渚が見えた。


「あっ、起きてるじゃないですかっ」

と咎めると、


「いやいや。

ちょっと弱ってる方がやさしくしてくれるから」

となかなか計算高いことを言ってくる。


もう~、とソファの前のラグに腰を落とすと、渚は寝たまま笑い、


「お前にちょっとでもやさしくして欲しいから、寝たフリまでするとか、健気だろ」

と言ってきた。


「いやまあ……自分で言わなければそうかもしれませんけどね」


顔を背けて、そう言った瞬間、渚は蓮を抱き上げ、膝に乗せた。


「なにするんですかーっ」

「今、仕事中じゃないからいいかと思って」


よくないっ。


渚はすぐに下ろしてくれた。

いや、下ろしたというより、ソファに寝かせたというか。


渚は、蓮の顔の横に手をつき、見下ろして訊く。


「蓮。

出会って、何日経った?」


「え、えーと、三、四日じゃないですか?」

と少なめに言ってみたが、


「じゃあ、もういいだろう」

と言い、胸許のボタンに手をかけてくる。


「なにも良くないですよ!?」


どんだけ気が短いんだ、この人は、と思った。


「じゃあ、キスしてもいいか」

「……駄目ですよ」


渚はそこで笑って、鞄の中から、小さな薔薇の花束を出してきた。


えっ、と思っていると、

「コンビニのおばちゃんが仕入れといてくれたんだ」

と言う。


ほら、と蓮の胸許にその薔薇を置き、手を取ると、その手の甲にキスしてくる。


そのままの体勢で上目遣いにこちらを見、

「キスしてもいいか?」

と訊いてきた。


「い、嫌です」

と言ったが、


「いいや、今日はする」

と勝手に決め、蓮の頬に触れると、胸の上の花を傷つけないよう、気をつけながら、口づけてきた。


やがて、渚の手がビニールに包まれた薔薇の花をラグへと下ろす。


そのまま上になって抱き締めてくる渚を蓮は押し返そうとした。


「そっ、そこまでですっ」


だが、蓮の力など、猫が肉球で殴ってくるくらいの威力しかないようだった。


渚はびくともしないまま、眉をひそめて言う。


「そこまでだって、お前は刑事か、探偵か。

薔薇三本じゃ気に入らないっていうのか」


いや、そうじゃなくてですねーっ、と思っていると、

「俺のことが嫌いか?」

と訊いてくる。


「え、それは……」


答えられない自分にびっくりした。

好きじゃないです、と言えると思っていたのに。


「俺にはわかっていたぞ。

お前は、好きでもない男を部屋に上げたりしない」


どきりとしていた。

真実を突かれた気がして。


だが、気づいた。


「あのー、脇田さんもこの部屋、入ってますけど」


渚は上に乗ったまま、少し考え、

「例外だ」

と言ってくる。


都合よく話をまとめるなあ、と思った。

その勝手さに笑ってしまいそうになったが、示しがつかないので、ぐっと堪える。


実際、脇田を入れたのは、怪我のせいだが。


「お前は俺の愛情が信じられないんだろう。

最初に阿呆なことを言ったから」


わかってるじゃないですか……と思った。

わかった、と言った渚は上から退いて言う。


「やっぱり、ちょっと順序通りに付き合ってみよう。

日曜日、時間を空けるから、デートに付き合え」


「はあ……」

「日曜は、お前をお姫様扱いしてやる」


いやあの、そんなことでは、なびきませんが、と思ったのだが、言って聞くような男ではないので、はいはい、と答えた。


「お前がいいと言うまで手は出さない。

だから、俺がお前を好きだと言うのを信じろ。


帰る」


さっさとリビングから出て行く渚に、ほんとに行動早いな、と思いながら、玄関まで見送った。


だが、渚はノブに手をかけたあとで、振り返り、

「キスまではもうしていいんだったっけな」

と言ってくる。


いや、誰がいいと言った? と思っている間に、蓮の後ろの壁に手をつき、キスしてきた。


いや、あの……長いんですけど……と思っていると、離れた渚が囁いてくる。


「やっぱ、さっきの撤回していいか?」

「さっきのって?」


「お前がいいと言うまで手は出さないって奴だ」


今、言ったんじゃないですか、と笑ってしまう。


「前言撤回早すぎですよ……」



『さっきの撤回していいか?』

と言ってきた渚の顔を思い出し、蓮は笑う。


彼が置いていった薔薇の花を拾い、花瓶として使っているデカンタに活けて、キッチンに飾った。


風呂に入ろうとして、鼻歌を歌っていた自分に気づき、誰も居ないのに、咳払いして止める。


なんでだろうな。

あんな勝手な人なのに。


言動がいちいちおかしくて……


そして、それを可愛らしいとか、ちょっと思ってしまう。


いかんいかん、と蓮は気を引き締める。

そもそも、あんな人と結婚したら、また、元の生活に逆戻りだしな。


未来が居たら、

『いやいやいや。

僕が運んでるご飯食べてる時点で、もう間違ってるから』


そう言ってくるだろうな、と湯船に浸かりながら、ちょっと思った。





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