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クルト王子とゼノ、僕に剣を向けた騎士の三人を、バイロン国側に引き渡した。国境を越えた時点で、三人の腕の拘束を解き、それぞれの剣を返す。そしてトラビスがバイロン軍に向けて紙を掲げ、隣に立つ僕は声高に叫んだ。
「ここにクルト王子と交わした誓約書がある。バイロン軍は、即刻この地を去り王都へ戻れ。二度と我が国に余計な干渉はするな!」
そう言い終えると、僕はすぐに、ラズールと共にその場を離れた。
人目のつかない木の陰で、ラズールに長い銀髪を結い上げてもらい、茶色の髪のカツラをかぶる。そしてマントをはおりフードで顔を隠して、国境へと急いでいると「待ってください!」と背後から止められた。
僕は足を止めて振り向き、苦笑する。
「どうして止めるの」
「お別れの挨拶を」
「しないんじゃなかったの?フィル様は大丈夫です、必ず生きて戻って来られる、再び会えますって息巻いてたじゃないか」
「はい…そう信じてます。ですが、今挨拶をしなければ後悔しそうで…」
「トラビス、しっかり頑張ってよ」
僕は背伸びをして、高い位置にあるトラビスの頭を撫でた。
ビクンと大きな身体を揺らして、トラビスが僕を見る。今にも泣き出しそうな顔をして。
「案外おまえも泣き虫だよね。国のこと、ネロのことを頼んだよ。あ、残していくロロのことも可愛がってあげてね」
「はい。ラズール!フィル様のことを任せたぞ!」
「ふん、おまえに言われなくとも。今までもこれからも全力でお守りするに決まってる」
ラズールが僕の腕を掴んでトラビスの頭から遠ざける。
不満そうなトラビスの様子に笑っていると、遠く向こうにレナードの姿を見つけて、僕は大きなため息をついた。
「レナードまで。今からは僕のことはきっぱりと忘れてしっかりやってよ?バイロン軍に遅れるからもう行くよ。二人とも元気で。もしもまた会えたなら、その時は抱きしめさせて」
「もっ、もちろんですとも!」
「はい!」
「じゃあね!」
二人に笑って手を振ると、ラズールと並んで進み出した。振り返らずにまっすぐ進み、国境を越える前に一度だけ振り返る。
もう戻ることのない僕の国。いろんなことがあったけど、大好きな国だ。絶対に忘れないよ。ありがとう、さようなら。
国境を越えると、ゼノとジルが待っていた。
僕とラズールが走り出すのを見て、ゼノが慌てて手を前に突き出して止める。
「ああ、大丈夫ですよ!そんなに急がなくても」
「ゼノ!でももう、軍は出発しちゃったんだろ?」
「今夜の宿の場所がわかっていますから、夜までにそこに着けば大丈夫ですよ」
「でもっ」
ゼノとジルの前につき、僕はハアハアと荒い呼吸を繰り返す。少し走っただけで疲れるなんて、体力が落ちてるのかな。これも呪いのせいなのかな。隣のラズールは、息一つ乱れてないのに。
ラズールが、僕の背中を優しく撫でる。
「大丈夫ですか?無理をしてはダメですよ」
「うん…情けなくてごめん」
「情けなくなどありません。フィル様は三ヶ月前に死にかけたのですから。体力がまだ戻ってなくても仕方ありません」
「あ…」と声がして顔を上げると、ジルが勢いよく頭を下げた。
「フィル様、申しわけありませんでした!俺のせいで大変な目にっ!」
「え、待って?どうしてジルのせいなの?」
僕は目を丸くして、ジルの暗めの茶髪を見つめる。
ジルは尚も頭を下げたまま、言葉を続けた。
「俺がクルト王子の嘘を信じたせいです。それにフィル様が俺にかけた魔法は、見せかけだけで大して強くかけていなかった。それを早くリアム様に伝えていれば、フィル様が斬られることを防げていたはずです。俺は、あなたにどれだけ謝っても許されないことをしたのです…」
「ふふっ、大げさ」
僕は手を伸ばして、見た目に反して柔らかい髪の毛に触れた。
ジルが驚いて顔を上げたので、手が届かなくなってしまう。
「ああ、もっと触りたかったのに。ジルの髪の毛は柔らかいね」
「え?いやっ、どうも…」
「フィル様」
ラズールが僕の右手を掴んで、自身のマントで丁寧に拭く。
「なにしてるの?」
「むやみに触れてはなりません。あなたは油断しすぎる」
「でもゼノもジルもリアムが信頼する部下だよ。味方だよ?」
「だとしてもです。ダメです。第二王子も嫌がりますよ、きっと」
「リアムが?どうして?」
「……」
ラズールが黙ってしまった。黙ったまま僕の手を放して後ろに下がる。
僕が首を傾げたままゼノとジルを見ると、二人も困った顔をしていた。
「ラズールが何を言ってるのかよくわからないんだけど…。ジル、勝手に触れてごめんね」
「いえ、嫌だなどと露とも思いません。フィル様は、誰にでも分け隔てなく、お優しい方ですね。以前に失礼な口を聞いたこと、お許しください」
「許すもなにも、僕が身分を偽って潜入してたのだから。ゼノとジル、リアムを救い出すまで、よろしくお願いします」
「こちらこそ。どうか無茶だけはなさらぬよう願いますよ」
「うん、わかってる」
僕は二人の目を交互に見て、深く頷く。
二人は、僕の命が少ないことを知らない。イヴァル帝国の呪いのことは、イヴァルの者だけが知っていればいい。二人には、僕がいなくなった後の、リアムを支えてあげてほしい。自惚れるわけじゃないけど、僕がいなくなったらリアムはすごく悲しむと思うから。二人や、他にもいるというリアムを慕う人達で、支えてあげてほしい。
僕はラズールとゼノ、ジルの前に出ると「早くリアムを助けに行こう」と足を踏み出した。