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梁から吊るされている袋状の護符を、妙齢の婦人夕陽は見つめる。護符は風もないのに意味深に予感めいて揺らめいている。それにどのような力があるのか、ネミネには分からない。
「失せもの探しの天才ねえ。陳腐な響きだな。俺のことをそんな風に言っている奴には俺の真価は理解できねえだろうな。ま、知ってもらおうとも思わんがね」
ネミネの目の前、低い机を挟んだ向かいの粗末な椅子に座る男、探る者が豪語する。
デモネダの風体はお世辞にも紳士とは言えない。灰色の、所々がほつれた衣を纏い、草履の緒は今にも千切れそうだ。髪も髭も伸び放題で、廃墟の庭のようになっている。ひん曲がった口で恨みごとを呟き、濁った眼でネミネを見つめる。
向かいに座るネミネもまたデモネダを胡散臭そうに見返し、抗議するように口を開く。
「どんな失せものでも貴方の魔術で必ず見つけ出すと話に聞きました。お噂は本当ですか?」
デモネダはさらに唇を曲げ、冷笑的な声色で返す。「必ずとは言えんよ。完全に破壊されている物を取り戻すことはできん。失せたつもりで、持っていたつもりで、初めからこの世に存在しなかったってこともあったな。それに、勘違いしてもらっていても構わないが、失せものを見つけ出す魔術なぞ修めてはいない。俺が使える魔術は失せものを探す魔術だ」
ネミネはその意味をデモネダの瞳から見つけ出そうと見つめ、口を開く。「すみません。違いがよく分かりません」
「だから分からなくていいさ。俺があんたに頼むのではなく、あんたが俺に頼むんだからな。あんたの問題だ。そうだろ?」
その言いざまにネミネは不機嫌そうに眉を寄せるが、決意は変わらないという風に身を乗り出す。
「私の探しているものについて聞いてください」
時に怪しの都とも称される街、明かり採りをネミネは訪れていた。ここは大河の交わる処同盟に属する諸都市国家の中でも、とりわけ自治独立の気風が強い街だ。多くの魔法使いがここに工房を開き、妖しげな営みを送っている。そして、珍しいことに、この街の魔法使いは他所の者たちよりも幾分は社会との関わりに時間を割いて、多くの魔術産業を興亡させていた。
まともな商売人たちはベネヒルの魔法使いを指して悪辣な詐欺師だと声を上げ、まともな――そんなものがいるとすればだが――魔法使いたちに言わせればベネヒルの魔法使いたちは悪辣な守銭奴だと蔑む。
この店、魔法使い大いなる喜びの工房を訪れるまでに、ネミネは三度人語を介する人外を見かけ、七度人語を介さない人間を目にした。星の煌めきのような煙を売る店。十の声色を使い分ける呼び込み。街を疾走する六本足の看板。まともに分類されるものを見つける方が難しい。自体が実験施設の如き魔の都だ。
そんな街の商業区の端に建つ古い館を改装した魔法の工房兼事務所で、バーレンという魔法使いは探し屋なる商売を行っている。どこの都でも食い詰めた男や職にありつけない男が何でも屋をしているものだが、その多くは当座凌ぎに過ぎないものだ。そして失せもの探しなどは本来彼らの領分だろう。しかしこの探し屋はこの街で広く活躍し、信を得ているという。時には公の機関から助力を求められることもある抜きんでた工房だ、という噂はネミネの住む少し離れた湖畔の漁村にまで届いていた。そこに行けば何でも見つかる。尾鰭もあろう。ネミネはその噂を何度か聞き流し、しかし最後には飛びついた。
デモネダはそんなバーレンの助手で弟子だという。雇い主バーレンの姿は未だに見ていない。
「蒸発した父親か」デモネダは顎の髭を擦りながら、難色を示す。「中々の難題だな。人探しはもちろん請け負っているが、十年前となると足跡をたどるのも難しいだろう」
「ええ、それは重々承知しています」
「まあ、いいさ。俺は選べる立場にない。あんたが客で、金を出して、探してくれと言うのなら、探そう。何とかなるだろう」
ネミネはデモネダの軽い言い草に辟易しつつ、懐から取り出した革袋を机の上に置く。
「ええ、前金と達成報酬。どちらも約束通り」ネミネは前金の入った革袋から手を離さず、机を見つめて言う。「父、駆け足を見つけていただけたなら安いものです」
「俺の懐に入る金じゃねえ。好きにしな」
ネミネはむっとする。苦労して稼いだ金だ。間違った使い方をしたくはない。
革袋から手を離してネミネは言う。「貴方が探すのなら貴方にも取り分があるでしょう?」
「取り分はあるさ。だが給料制だ。売上とは関係ないのさ。けちのバーレンに期待なんてしちゃいねえのさ。あの野郎。俺をこき使いやがって。大した取り柄のない三流のくせに。……来やがったな」
事務所兼工房の玄関扉が開き、一人の男が入って来た。複雑な刺繍の施された衣を身に纏い、上等な革の靴を履いている。口髭は整えられ、余裕のある笑みを浮かべている。そして酒の匂いがする。
バーレンは応接しているデモネダのところまで来ると「お客さん?」とだけネミネに言った。
「はい。ネミネと申します。本日は行方不明の父を探していただきたく依頼に参りました」
客としてはへりくだり過ぎかとも思ったが、ベネヒルに広く名の知られた大魔術師相手なら不足するよりはましだろう、とネミネは考えた。
「よく働け」とだけデモネダに言うとバーレンは工房の奥に引っ込んでしまった。
「あの野郎、昼間っから飲んだくれやがって」とデモネダはそこにいないバーレンの方を睨みつけて愚痴を吐く。「見たか? あの野郎、三つも酒場を回った上で賭場にも行きやがった」
「何を見ればそれが分かるんですか?」と言ってネミネは不思議そうに首をかしげる。
ネミネの視線は、工房の奥を睨みつけるデモネダのうなじに向けられていた。刺青のようなものが彫られているのかと思いきや、それは紙の札のようだった。羊皮紙でも草濾紙でもない上等の紙だ。その札には何か描かれているようだが、よく見ようと乗り出す前にデモネダがネミネの方に視線を戻した。
「匂いだ。魔法の酒は全てが独特だからな。それにあいつのお気に入りの女の麝香の香り。そんで賭場は手の跡だな。札を持つときに押し付ける癖がある」
その推測以前に、匂いや手の跡に気づくことにネミネは感心した。
「へえ、じゃあ。私のことはどれくらいわかります?」
デモネダはネミネをじろりと睨み、上から下まで観察する。
「そうだな。まずは……うむ。……たとえば、いや、待てよ。間違いない、はず。えっと、女?」
「女ですよ!」ネミネは机を叩いた。「れっきとした! 自信持ってください!」
「冗談だ。ネミネ。二十五歳。湖畔村出身。このベネヒルの街に出稼ぎに来ていたはずの父が十年前から行方不明。ただでさえ貧しい家。父を探すための旅費を貯めるのにも一苦労」
「そこら辺は全部私が言いましたよ。年齢以外。何で年齢が分かったんですか?」
「二十五歳って顔をしてる」
「いい加減な」
デモネダはさらに続ける。「父がいなくなってからは母と二人、漁師の仕事を継いで年の離れた妹を育て上げる。妹は少なくとも十五歳以上。嫁にでも行ったか。弟はいないな。母は亡くなったか」
「それは何で?」
「引き締まった体をしてる。あそこは投網漁だったか。手の豆の付き方からも分かる。人一倍働いている。兄がいたなら……別の仕事に集中したはずだ。姉がいたなら……負担は少なく、弟なら……少し早めに手伝ってくれただろう。食わせるべき家族がいないなら……そこまで苦労する必要もない。母は……体が弱く病がちだったんだな。せいぜい妹の面倒を見る程度」
「どうして分かるんです?」
「分かりはしねえよ。当てずっぽうだ。ただ、あんたの表情は大いに参考にしたがな」
ネミネは顔を隠すように頬に触れて、デモネダと向き合う。
「少なくとも私よりは見つけてくれそうですね。そうでなくちゃならない」ネミネは自分の心に沈みこんだような気持ちで語る。「私、人に頼るのって嫌いなんです。誰にも頼れない時、何にもできない自分でいたくないから。でも、今は何でもいいから父に会いたい」
デモネダは品定めするようにネミネを見て、立ち上がる。「そうか。じゃあ行くぞ」
「え? 私も?」
「頼りたくないんだろ? じゃあ俺もあんたを頼ればおあいこだ」
本当にあてになるのだろうかという疑念を抱きつつもネミネはデモネダと共に街へと繰り出す。
バーレンの店の扉を叩くまでにネミネは沢山調べて検討し、デモネダの優秀さは本物だと確信していた。人格に多少問題があったとしても仕事を疎かにする心配はなさそうだ。今のところ。
失せもの探しと言っても彼の探し出してきたものは多岐に渡る。無くした扇子や迷い猫に始まり、盗賊の隠した財宝、密偵の秘密文書、デモネダがこの街に来る以前の人殺し、あるいは誰にも気づかれていなかった謀略まで。ベネヒルにデモネダあり、という者までいた。
「まあ見てろ。俺にかかれば大概のものは一日で見つかる。俺に見つけられないものは一生見つからん」とデモネダは豪語した。
豪語するだけの名声がある。しかしデモネダの名声が故に街の誰もが一つの疑問を持っていることをネミネは知っていた。なぜ魔法使いバーレンの弟子、助手などやっているのだろう、と。デモネダに比べ、バーレンについて知っている者は少なかった。魔法使いとしても商人としても。
二人はまずはネミネの父モロウの出稼ぎ先へ向かう。大河聖山の流れの沿岸にあるこの街の仲仕の仕事をしていたことまではネミネ自身も知っていた。
昼を過ぎて、多くの船が寄港している。たくましい水夫や陸仲仕、異国の装いの行商人たちがベネヒルの港を行き来していた。それに、ネミネに欠けた霊感では与り知ることのない種々の魔術もまた川と風を知り尽くした術者たちに手を貸している。
ネミネの故郷の漁村とは比べるべくもない活気が渦巻いていた。特に忙しい時間帯なのか、呼びかけ合う声は騒々しく、人の流れは止まらない。
「で、話を聞きに行ったんですけど、もう十年も昔のことですからね。誰もほとんど覚えてないって話でした。他に聞くべきことがあるんですか?」
ネミネの話を聞いていないのか、相槌を打たないデモネダの方を振り返る。しかし後ろをついてきているはずのデモネダはおらず、代わりに禿頭の大男がネミネの後をつけていた。如何にも強面で裏社会の人間だと分かる。
「あ、あれえ? デモネダさあん?」そう言ってネミネは大男に気づいていないかのように辺りを見渡す。
「おう」と大男が相槌を打つ。
「え? いや、その、ちょっと連れが……」
ネミネは走って逃げるべきかと考え、デモネダを探しながら逃走経路を見極める。
「いや、俺だよ。俺がデモネダだ」と大男が睨み殺さん目つきでネミネを見て言う。
「え? ああ、同名の」ネミネはいよいよ消え入りそうな声で話す。「貴方もデモネダと、おっしゃるんですね?」
「変装術だ。よくできてるだろ? 俺の得意な魔術の一つだ」と言った声はデモネダのものだった。
その声色を受けてネミネは背けていた目を戻し、その大男を食い入るように見つめる。とても造り物には見えない。
「一体どうなってるんです? 体格まで違うじゃないですか。まるで脱皮でもしたみたい。それにここまでずっと一緒に歩いてたのに。いつの間に?」
「早着替えも得意技なのさ」
ネミネはまだ半信半疑で大男をじろじろと見る。よくよく考えれば早着替えの変装よりも声真似の方が簡単ではないだろうか。
「まあ、いいですけど。それで、デモネダさん、その姿でどうしようっていうんです? さっきも言いましたけど、もう色々と話は聞いたんですよ」
「あんたは問うた。だがそれだけだろ?」
「その他になにをすればいいと?」
「聞き込みってのはそうじゃない。答えさせるんだ。まあ、見てな。少し離れてついてこい」
デモネダの変装姿は腕っぷしぞろいの港でも特に大柄なのだと気づく。強面だけではなく、歩き方まで威嚇的で厳つい。デモネダは真っ直ぐに、ネミネが事前に話していた手配師の元まで行く。父の仕事を請け負っていた男だ。他の人足と談笑しているところにデモネダは割り込むが、誰も何も言わなかった。
そこからの話は早い。あっという間に当時のモロウの働きぶり。稼ぎぶり。関わり合った者たちが割り出された。
全てを聞き出してデモネダと共に港を去り、ネミネはため息をつく。
「つまるところ、私はあしらわれていたんですね。私が話した時はとても親切丁寧という感じでしたけど。だからこそ私は信用し、すぐに身を引いてしまいました」
「まあ、そういうことね」いつの間にかネミネの隣を歩いている女が言った。「で、貴女の父モロウは体格に恵まれ、川の流れも風の流れも読めて、操船の技術があり、それなりに重宝されていたはず、と貴女は言っていたけれど、手配師たちの心象は違った。がたいは良いが素人。それが彼らの評価だった。それよりなにより明らかに出稼ぎというには物足りない稼ぎだったようね」
「デモネダさんですか?」
女の背格好はネミネと変わらないが、幾分年若く見える。それに声はまるで春を謳歌する小鳥のように透き通っている。身に着けている衣はこの街の上流階級が客を招いた宴の夜にだけ身に纏うようなゆったりとした上下で、優美な貝殻や妖しく光る羽根で飾り、化粧までばっちりだ。
「他に誰かに見える?」
「知らない女の人ですね。というか背が縮んでません? どうやってるんですか、それ。声も。まあ、いいですけど」ネミネは思い出すまでもなく答える。「稼ぎですか。きちんと数か月に一度お金を持って帰ってきてましたよ。行方不明になるまでは」
「だとすれば別に稼ぎがあったということね」とデモネダは結論付ける。
さらに多くの地区を回る。商業区や港湾区の他、現在ネミネが身を寄せている工業区に、都市政府の機能が集う中央区、暗黒街とされる貧民窟。
ネミネには知る由もないデモネダの魔術的な聞き込みの結果、父がこの街で働いていたこととは別に新たな事実を知った。それはネミネの父がこの街に住んでいた形跡がないということだ。
中央区の、そう命じられているかのように静かな広場でネミネは項垂れる。
「働いていたけど住んでいなかった? どういうことですか?」
「要するに隠れ住んでいたってことよね。貴女の父親は変装の魔術が使えた?」とデモネダ嬢が言う。
「まさか」
結局、その日に父を見つけることはできなかった。つまりデモネダに言わせれば一生見つからないということになる。
その夕暮れの別れ際、酔っ払いの多い工業区の入り口までネミネを送って、デモネダは悔しそうに言う。「悪かったわ。一日で見つけられなかったのは予想外。まさかこの街で消えた男を私の魔術で見つけられないとは思いもよらなかった」
夢に片足を突っ込んだ酔っ払いたちの笑い声が、通りのあちこちから聞こえてくる。
「気を落とさないでください」自分が励ますのもおかしな話だとネミネは思う。「依頼した当日に見つかるなんて元々期待していなかったですから。いえ、デモネダさんがどうのというわけではなく。でも良いんです。これは何というかけじめみたいなもので、見つけなければどうなるというものでもないですから。本当にありがとうございました」
「待ちなさい! 諦めるなんて言ってないでしょ!」デモネダ婦人は少し必死な勢いで食い下がる。「確かに捜査二日目なんて初めてだけど、逆に言えばこれは私さえ手こずる世紀の難事件だということ。絶対に貴女の父親を見つけてやるわ!」
妙に熱の籠ったデモネダの言葉にネミネも感化される。「それはもちろん嬉しいです! でも、どうするんですか? 他の地区を調べます?」
さっきまで悔しそうに顔を歪めていた女は自信たっぷりに首を振る。「いいえ、明日は貴女の故郷に向かうわ」
「結構遠いですよ」
「セバ村でしょ? 船なら一日よ」
大河を下る船に乗り、最寄りの街に乗合馬車で向かい、依頼した翌日の日暮れ前にはネミネの故郷セバ村へと戻って来た。川舟をひっくり返したような屋根の家が湖沿いに軒を連ねている。まだ歌をうたう幼い声がどこかから聞こえるが、蠱惑的な夕餉の香りが子供たちを招き寄せる。
場合によってはベネヒルに移住し、もう戻ることもないかもしれないと思っていた生家にもう戻ってきてしまった。特に何も変わらない。感慨もわかない。今では力を失った護符がいくつか天井から吊り下げられ、吹き込んだ風に揺れていた。最早冬の底冷えを追い払う必要も、村に迷い込んだ幸いを捕まえる必要もない。
一晩泊り、明くる朝から調べ始めるのかと思いきや、デモネダは早速調査を始めると言って家を出て、闇に沈む村へと繰り出す。
日の沈む見慣れた村を見知らぬ老婆と連れだって歩くことになるとは数日前の自分には想像できるはずもない。老婆は杖を突いて、歩くのがやっとであるかのようだ。
「その姿には意味があるんですか?」と腰の曲がった老婆を見下ろしてネミネは言った。
「はえ? 何か言ったかね?」とデモネダは言った。
「……耳が遠くなるのはおかしいでしょ」とネミネは囁くように呟く。
「馬鹿言っちゃいけないよ。変装は心からと言うだろう? 最近の若い子は知らんかね?」
「聞こえてるじゃないですか」ネミネはからかわれていることに気づいてため息をつく。「それでまずはどこに?」
「漁師から話を聞き出したいねえ」
「じゃあ寄合所ですかね。仕事前の漁師はそこで網を繕ったりして、仕事後の漁師はそこで飲んで打ってますから」
ネミネとデモネダは夜闇の広げた暗い投網から逃れるように、湖畔沿いの桟橋と一体化したような掘立小屋へと向かう。湖は人ならぬ者の土地を思わせる橙に染まり、細切れの残日をさざ波が照り返す。見渡す限り、もう船を出している者はいない。
漁師たちはネミネの帰還に驚いていた。見つけるにしても諦めるにしても、戻ってくるとは思っていなかったのだ。
「早いじゃねえか、ネミネ。いや、もう帰って来ねえんじゃねえかと若い衆が嘆いてやがったからな。モロウのことは何か分かったのか?」
漁師たちの兄貴分とも言える男幹だ。ネミネの父モロウの幼馴染であり、無二の親友だった男だ。他にも独り者の六人の漁師がくたびれた机を囲んで賭け事に興じていた。
「ううん、帰ってきたというかなんというか」
ネミネはブレーズに経緯を説明する。都では何も得られなかったが、この村に何かないかと聞きに戻って来たというようなことを。
「しかしお前、それは散々俺たちに聞いたじゃねえか。この十年、俺たちも頭を絞り出したがよ。もう何も出て来ねえよ?」
「そうだよね。私もそう言ったんだけど」と言って、ネミネは胡散臭い老婆の方をちらと見る。
早速賭け事に参加していたデモネダは既に漁師たちからいくらか巻き上げたようだった。
「婆さん、あんたが噂の探し屋の魔法使いなのか?」と若い漁師の一人若葉が言った。
「ああ、そうさ。依頼があるなら聞いてやるよ。安くないがね」とデモネダは賽子をしわくちゃの手の中で転がして言う。
「こいつの将来の嫁さんを見つけてくれよ」と隣に座る漁師瑪瑙が言った。「朝陽が嫁いで以来塞いじまってよ」
「いくら出せるんだい?」とデモネダは言った。
「いや、良いよ。本気にしないでくれ」とオッカは諫めるが、さらに尋ねる。「金額で何か変わるのか?」
「博打みたいなもんさ。かけ金を上げれば精度が上がる」
オッカは少し悩んで銀貨を一枚デモネダに握らせた。けしかけたジルドまで呆れていた。
デモネダはささやかなおまじないを唱えて賽子をオッカに握らせて言う。「九回振りな。その合計があんたの将来の嫁の今の年齢だ」
漁師たちは賭博に興じていた時よりも盛り上がる。
「五十四っていうと誰だ?」「うるせえ馬鹿」「独身が居ねえわ」「早く振れよ」「今更びびるな」「小細工するなよ?」
三、四、四、六、二、六、一、二、三。
「同い年だ」とオッカが呟く。
「というかこの世代は割といるよな」「俺の姉貴もそうだ」「ブレーズの上の娘も」「お前にはやらん」「ネミネもパルネも違ったな」
デモネダがネミネの方を振り返る。「銀貨一枚だよ」
「やんないから」ネミネはきっぱりと断る。「というか小銭稼ぎしてないで早く話を聞いてください」
「懐かしいな」とブレーズが言った。「そうだ。思い出した。まさにモロウがその魔法をきっかけに嫁さんと結婚したんじゃなかったか?」
問われたネミネはしかしそんな話は初耳だった。「父さんが? 漁以外で魔法を?」
「いや、違う。昔、この村にも魔法使いがいたんだ。何といったかな?」ブレーズが腕を組んで首をひねって何とか思い出そうとする。
「バーレンかい?」とデモネダは言った。
「そう、そうだ。バーレンだ」ブレーズはすっきりした様子で膝を打つ。「村の外れに住んでたんだ。占いの他に薬草についても詳しいらしかったが。あまり村の者と関わることはなかった。だがお前の親父はお人好しだからな。何とか村に馴染ませようと骨を折ってた。結局喧嘩になっちまったらしくて、バーレンが顔を見せることはほとんどなくなったな」
「喧嘩の理由は!?」とネミネは勢い込んで尋ねる。
「それだよ。モロウはなあ、まあ漁師は縁起を担ぐもんだが、特に占いだの御守りだのが好きでな」バーレンの言葉にネミネは何度も頷く。「いつだったか旅の魔法使いから買ったという幸運の護符とかいうものを自慢していたんだが、それをバーレンが欲しがったらしい。言っちゃ悪いが、まあくだらねえ話だと思ったもんだ。そう、その頃だな。モロウの奴が出稼ぎに行ったのは。漁の稼ぎの何が不満なんだか分からなくてな。俺も何度か喧嘩をしたよ。今思えばお前のお袋の病を何とかしようと思ったのかもな」
ネミネは頭の中で否定した。母がいずれ死に至る病になったのはもっと後のことだ。しかし元々体の弱い人だった。夫婦で病の兆候を子供たちに隠していた可能性については否定できない。
「さらにその何年後か後にバーレンも出て行った。というかいつ出て行ったのか正確なところは分からん。何年かはいたはずだが、いつの間にかいなくなっていたからな」
ネミネはベネヒルの都の工房で見たバーレンの顔を思い返すが記憶にはなかった。大きな村とはいえ、同じ村に何年も住んでいたなんて。
「そういえば幸運の護符ってどんなのだったか覚えてる?」とネミネは尋ねる。「家にいっぱいあるから探してみるよ」
「ああ、確かこれくらいの大きさで」と言ってブレーズは指で円を作る。「真ん中に絵が描いてたな。たしかあれは蜥蜴、いや、鹿だったか」
「蜥蜴と鹿はかなり開きがあるように思えるけど」とネミネは呆れて言う。
「もう十年も前だ。こんなことを思い出せただけでも俺は驚きなんだぜ?」とブレーズは誇らしげに言った。
その後、二人は寄合所を出て、一晩中ネミネの家を探ったが件の幸運の護符とやらは見つからなかった。
その翌日も一日かけて話を聞いてまわり、いくつかの魔術をネミネの生家とバーレンの元工房に試し、デモネダは宣言する。
「ベネヒルに帰るよ。もうここでは何も見つかんないからね」とデモネダ少年は言った。
デモネダと共にベネヒルに戻ってきて、バーレンの工房へと向かう。今後の方針を話し合うことになったのだった。それにバーレンに話を聞かなくてはならない。
工房には誰もおらず、二人は依頼時と同じ椅子に座る。
旅の疲れで机にもたれかかりながらネミネは言う。「結局、セバ村で分かったことと言えば――」
「バーレンが何かを知っているってことだね」と少年デモネダは溌剌とした声で言う。
少年の姿だが、どこか幼い頃の妹に似ていてネミネは懐かしい気分になる。
「あと幸運の護符のこと」とネミネは付け加える。
「それにもう一つ……」とデモネダが言いかけるが、気配に気づいて口をつぐむ。
ネミネもはっと顔を上げると、工房の奥からバーレンがやってきた。
「いつまで時間をかける気だ。デモネダ」とバーレンはデモネダの背中に凄むように言う。
デモネダは振り返ることなく答える。「見つけるまでだ。そういう仕事だとあんたが言った」
少しの沈黙ののちバーレンは深々とため息をついた。
「その通りだ。俺がそう命じた。お前が一日で見つけられない物がこの世にあるとは思ってなかったからな。ネミネさん。悪いがこの仕事は終わりだ」
「え? それは約束が違います。絶対に失せものを見つける。見つからなかったとしても見つからない理由をはっきりと説明する。ですよね?」
「ああ、その通りだ」とバーレンは無感動に言い、銀貨の詰まった革袋を机の上に放り投げる。「明確な契約違反だ。だから金を返す。色も付けた。あとは自分で探してくれ。まあ、デモネダに見つけられないものが見つかるとは思えんが」
「おいおい。どうしたんだよ。数日で諦めるには高すぎるでしょ」とデモネダは抗議する。
「馬鹿かお前は」とバーレンは呆れた風に言って、デモネダの小さい頭を鷲掴みにした。「お前はもっと簡単な仕事で同じ額を毎日稼げるんだ。こんな仕事にかまけてる暇はないんだよ」
もっともだ、とネミネも思い、席を立つ。
「おい、ネミネ、諦めるのか?」とデモネダは言い、
「黙ってろ」とバーレンは言った。
「最後に一つだけ聞かせてください」とネミネは言う。「父を、モロウのことを覚えていますか?」
「モロウ? セバ村の? ああ、何だ。モロウを探していたのか。するとあんたは娘か何かか? よく覚えているよ。彼には良くしてもらったんだ。まあ、最後は喧嘩別れになったが。何年か後に私もこの街に戻ってきたが、彼には一度も会ってないな。だが、そうだな、探し続ければきっと会えるさ」
ネミネは感情を表に出さずに言う。「そうですか。ありがとうございます。デモネダさんも」
誰も何もそれ以上話さなかったので、ネミネは工房を出て行き、扉を閉め、聞き耳を立てる。
「前にも言っただろ。あの村でのことを話すなと」とバーレンが言った。
「別に話しちゃいない」とデモネダが言った。「話せないんだからな」
「じゃあ、騙されたんだ?」とパルネは何が可笑しいのか微笑みながら言う。
「騙されたというか、契約破棄されたというか」とネミネは拗ねたように言う。
三年前にベネヒルの都の帽子職人の元に嫁いだ妹の家でネミネは朝食をとる。多くの職人が集まる地区だ。特に決まりがあるわけでもないが、近しい職制がご近所に集まっている。
白くて柔かい麺麭は故郷ではめったに食べられないものだ。そして一緒に供された汁物は具は別物だが故郷の味だった。
「まあ、お金が戻って来ただけ良かったね。あんな大金を家族を捨てた男を探すために使うなんて。正気とは思えない」
パルネはただ姉が無駄金を使わずに済んだことを喜んでいるのだとネミネは気づく。
「捨てたなんて決まってない」とネミネは意固地に言う。
「捨てたんじゃなけりゃ、家族の元に戻れないような、もっと不幸な目にあってるってことだよ」妹に指摘され、姉は押し黙る。「母さんも父さんも死んだんだ。二人きりの姉妹なんだから、たった一人の身内のことをもっと大切に思ってよ」
「……思ってるよ」とネミネは呟く。
「ここにはいくらでも居て良いからさ。いくらでも居て良いって言っても世間体はあるんだからね? 良い人いないの? オッカとか。どうせ独り身でしょ?」
「興味ないし。同い年じゃないし」
「同い年じゃないと何か問題あるの?」
「別に」
パルネは小馬鹿にしたように微笑み、食事を終えて席を立つ。
「それじゃあ、私も仕事に行ってくるから。留守番をお願いね。留守番っていうのは留守を預かるだけじゃないからね?」
「分かってるよ。後はやっておくから」
台所から出ていく妹を見送って、ネミネはため息をつく。果たしてどうなるのだろう。どうするのだろう。
ただ、まだ、全てを諦める気にはなれなかった。少なくともデモネダとバーレンが隠している、おそらく父に関する何かを暴きたくて仕方ない。
その時、パルネの切り裂くような悲鳴が聞こえ、ネミネは慌てて玄関へと走る。パルネは腰を抜かして座り込んでいる。他には誰もいない。路地の奥の行き止まりにこの家はあった。
そして妹の視線の先には髑髏が倒れていた。身に着けた衣はほとんど跡形もなくなっていたが、その首に提げられているお守りはいつか見た父のものだった。
数日後の早朝、バーレンの工房に四度目の訪問をする。扉を開く前に、先客らしい若い女が麝香の香りと共に出てきて、ネミネは道を譲る。まるで舞踏会にでも向かうかのような派手な出で立ちだ。
「貴女も探しもの?」と挨拶的に尋ねられ、ネミネは曖昧な笑みを浮かべて会釈する。
探しもの以外でこの工房を訪れる者がいるとすれば自分だけだ、と心のの中で皮肉っぽく言う。
「まだ店は開いてないぞ」と言ったのはバーレンだ。デモネダの姿はない。「なんだ。またあんたか。別に構わないが、モロウ探しは受け付けないぞ」
バーレンの横柄な態度にもネミネは毅然と立ち向かう。
「ええ、分かってます。それに父はもう見つけましたから」
「……へえ、そりゃめでたい。一体どこで?」
「そんなのどうでもいいでしょう。それより仕事の話をしましょう。探して欲しいものがあるの」
バーレンは肩をすくめて椅子を勧める。「なんなりと」
ネミネは玄関口に立ったまま話を続ける。「探しているのはある魔法の道具。小さな紙の札で葉っぱの形。剽軽な表情の蜥蜴が虫眼鏡を持っている絵が描かれてる」
バーレンの表情が一瞬硬直するがすぐに柔和な表情に戻って首を横に振る。
「悪いな。それは見つけられない。他に用がないなら帰んな」
「また? 一体何なら見つけられるんですか?」とネミネは挑むように尋ねるがバーレンは答えない。ネミネは勧められた椅子の机を挟んだ向かいの辺りを見る。「そういえば椅子が一脚なくなってますね。捨てたんですか? 実は私もその内、一人暮らしをしなくてはならないんですよね。家具も入用だし、捨てたのなら貰っちゃおうかな。どこに捨てたんですか?」
バーレンはネミネを睨みつけ、天井を見上げ、少し焦った様子で怒鳴る。
「デモネダ! 降りて来い!」しかし階段のある工房の奥からは誰も出て来ない。「お前、デモネダを――」
バーレンのその先の言葉は喉の奥に張り付いたまま出て来なかった。
その視線の先でネミネは一枚の札をつまんでひらつかせている。楕円形。虫眼鏡を持った蜥蜴の絵。
「いつの間に、それを……」
「大事な者ならいつも見張っていることですね」と言ってネミネはバーレンの反応をうかがうが、特に焦慮の表情は変わらない。「デモネダさんは何だって貴方なんかに従っているんだろう? ずっと疑問に思ってたんです。脅されてるのか、何か借りでもあるのか。私は魔法には詳しくないですけど、デモネダさんのうなじに貼ってあったこれを剥がして、予想外の結果でしたけど、何となくのところは分かりました」
バーレンは何も言わずにネミネの次の言葉を待っている。
「十年前に父を殺し、その遺体を魔法で操って働かせていたんですね? 初めの出稼ぎは偽装ですか? それとも残された私たちに同情でもしてくれたんですか?」
「もうデモネダに全てを聞いたってわけか」とバーレンは観念したように言う。
「ええ。不思議なことに私が命じれば何でも言うことを聞いてくれました。貴方に、ではなく、貼った者の命令に従うってことですか?」
「まあ、そうだろうな。俺の作った魔法じゃあねえからまだ隠されている法則があるかもしれんが」
「思いのほか、素直ですね。何か奥の手でもあるんですか?」ネミネはすぐにでも椅子に札を貼れるように構える。
バーレンは自嘲するように笑う。「いいや、俺は、魔法使いとしては、何の才能もないからな。俺が噂に聞いたその札は魔法使いに力をくれるって話だったが、デモネダにそんな力はなかった。この商売の切欠さえ、俺は自力では思いつかなかったからな。セバ村にいた時からそうだった。これといって役に立たねえ俺にモロウは良くしてくれたよ」
「殺したくせに」とネミネは言う。
「ああ、そうだ。勢い余っちまった。どうしてもその札が欲しくて、奴は幸運の護符だと言っていたから代わりのものをくれてやると言ったんだがな。せせら笑われちまった」
「父を侮辱するな」
そうは言ったがネミネはそれほど怒りが沸かなかった。もうとうの昔に父の死を受け入れていたのだと自覚する。他者を一切嘲笑ったりしなかった、などと言い切れはしなかった。
「そんなつもりはねえさ。言っても仕方ねえが本当に殺すつもりはなかった。悪かったと思ってるんだ」
しかしそれは自分と妹に対する侮辱だ。父の遺体を送りつけておいて、どの口が言うのか。ネミネは怒りを抑える。
「もう良いです。貴方にとってはこの札を、デモネダさんを失えば十分懲りるでしょう。十年前の人殺しなんて誰にも裁けないでしょうし、魔法使いの街の司法に訴えればデモネダさんは押収されちゃうでしょうし」
やりきれない気持ちを吐き出すようにネミネはため息をつく。
「それじゃあ、お元気で。せいぜい更生してください」そう言い残してネミネはバーレンの工房を出て行った。
物思いにふけっていた、妹の家への帰り道、ネミネは指先に貼ってある札のことを思い出す。いくら何でも魔法の被造物だとはいえ、このままは可哀想だ。死体でも椅子でも良いなら何でもいいに違いない。何に貼ったものかと辺りを見渡すが、道端に持って行って良い物などありはしない。
そこへ六本足の魔法の看板がネミネの背後から追い抜いてきて、その拍子に誤って札を貼り付けてしまった。途端に看板は人間の、人間と六本足の看板の中間の姿になる。ネミネにとっては大変に奇妙だが、この街の作法に則って何でもないかのようなふりをする。
デモネダはすぐに変装術でいつもの姿を取り戻した。
「おい! バーレンはどうした!?」とデモネダに怒鳴られる。
「どうもしてませんよ! 更生してくれると良いですけど!」とネミネはつい怒鳴り返す。
するとデモネダは舌打ちして来た道を駆けて戻ってしまった。一体なんだというのか。ネミネも後を追う。
そうしてまたバーレンの工房へと戻ってくる。デモネダが扉を開けようとしたが、鍵がかかっていた。しかし呪文で瞬く間に開いてしまう。
ネミネは周囲を見渡して声を潜める。「まさか泥棒なんてしないですよね?」
「馬鹿言え馬鹿」
工房に飛び込むと、バーレンは変わらずその場にいたが、うずくまり、嗚咽していた。
「ああ、モロウ。すまねえ。殺すつもりはなかったんだ。本当に。本当に。本当に。本当に」
ネミネは信じられない気持ちで息を呑む。とても演技とは思えない嘆きぶりに、ではない。バーレンの姿が老いている。歳など知りはしないが、この店を出てから十年が経過したかのようだ。
「一体、これは……」
足を止めるネミネを置いて、デモネダは工房の奥へと駆けこんだ。ネミネも遅れて後に続く。
奇妙な植物や動物の一部、不気味に渦巻く液体、奇怪な形の様々な器具。いかにも魔法使いの工房だが、特に目を引くのは奥に鎮座する巨大な金庫で、その扉は開かれていた。中身はない。
そしてその隣の窓に足をかけている人物にネミネは覚えがあった。今朝、店の前ですれ違った女だ。今は黒ずくめの、いかにも賊らしい格好をしている。しかし金庫の中身を持っているようにも見えない。魔法使いではない者にはそう見えた。
女は振り返り、目配せする。「十年間、ご苦労様。きっと辛かったよね。でも私は欲張りだから駄賃さえもあげる気はないけど、代わりにこれを受け取って」
女が銀貨を投げて寄越し、ネミネが両手で受け取る。
「捨てろ馬鹿」
デモネダに手を叩かれて落とした銀貨が爆発し、白煙が勢いよく溢れ返った。
咳き込むネミネを抱きかかえ、デモネダも窓から飛び出す。工房の裏庭には誰の姿もなかった。ただ、銀貨が爆発する直前、去り行く女の頭に鹿の角が生えたのを見た。
デモネダは舌打ちし、見失った盗人を探すように見回す。「逃げやがったか」
「一体誰なんです? あれは」
「俺と同じような存在だよ」と言って、デモネダはうなじの札を指さす。「この十年間、俺に気づかせもしなかった。バーレンを裏で操っていた、いや、あるいはバーレン自身に貼られていたのか」
煙にしょぼつく目を拭ってネミネは言う。「何で気づけたんですか? いつ気づいたんですか?」
「あのおっさんが言ってたろ。蜥蜴だったか、鹿だったかってな。まあ、人間の記憶なんぞあてにはならんが、俺は俺が蜥蜴の札に宿った存在だと知ってたからな」
ネミネは頷く。「二つあった可能性に気づけた、と。なるほど。それでどうするんです?」
「とっ捕まえてやるよ。どこに逃げようが隠れようが変装しようが俺に探し出せないものはないからな」
「そうですか。そうですよね。あれはデモネダさんが稼いだお金でもありますもんね」
「そうだ」と言ってデモネダはすぐに否定する。「いや、違うな。全部俺が稼いだ金だ。バーレンもあの女も微塵も働いてないからな」
「でも半分は私の父の働きです」とネミネは断言する。
「は? いや、あんた、よくもまあ……」とさすがのデモネダも呆れて言葉が出て来ない。
「不謹慎ですか? 知ったこっちゃないですよ」ネミネは鬱憤を吐き出すように言う。「この十年、苦労に苦労を重ねたんです。銅貨一枚負かりませんからね」
デモネダは呆れて諦めた様子で小さく苦笑する。
「別に構わんが、間違いなくあんたは足手纏いになるぞ」
「デモネダさんはとても頼りになりますからね」
「良いように言いやがって」