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いまだ樵の斧から逃れている森に覆われた険しい山を、一人の若い男が突き進む。親より家業を受け継いだ牛飼いで、稀に見る偉丈夫である。ただの牛飼いには有り余る腕力を誇り、この年頃の男には珍しくない野心のような、熱い炎がその双眸に灯っている。
男の視線の先、木々の間のその奥には侍女らしい、質素だが機能的でかつ主人の品位を貶めない程度には華のある衣を纏ったうら若い乙女が同様に道なき道を進んでいた。侍女は華奢ながら、慣れた様子で山を進み、男はついていくのが精一杯だった。
ともすれば気づかれてしまうかもしれないほどの足音を男は響かせていたが、侍女は立ち止まることも振り向くこともなく目的地へと急いでいる。
男の方は手ぶらだが、女は使い古された大きな柳の籠を背負っている。様々な野菜、雑貨の他には針や鋏といった裁縫道具が入っていた。
そうして追う者と追われる者は緊張感のない追走劇の末に、風吹き荒ぶ山奥へと至った。
男は追っていた侍女のことも忘れ、開けた土地に現れた鮮烈な光景に息を呑む。
虹の麓へと至ったのかとも思える万彩が男を出迎える。それは百花繚乱に咲き乱れる花園の如く、後景に控える山の麓に静かに広がっている色彩の嵐だ。
吹き荒ぶ風は色をはためかせ、男の瞳にかつてない喜びを感じさせる。それらは虹でも花でもなく、種々に染められた様々な素材、織り方の布だった。血と夕陽を染め込んだかのような、月と星々を溶かしたような、夏の芽吹きを写したような、日の出前の水平線を混ぜ合わせたような、数え切れぬ綾錦。深い黒に眩い白。そして神々の園から流れ着いたかのような煌めくばかりの金襴緞子。
これまでの人生で色の違いなど大して気にもしていなかった男だが、錦の庭園へと分け入り、心を囚われたように色を受け止める。
たなびく旗や染め上げた布の天日干しは男も見知ったものだが、庭園を囲むべき生垣や石垣の代わりに布垣が設えられ、井戸らしきものまで布飾りに覆われている。よくよく見れば踏んでいるのは石畳でも芝生でもなく絨毯であり、何より庭園の奥に鎮座している庭園の主は天幕のようだった。いうなれば豪邸ならぬ豪天幕が彩り豊かに風にはためいていた。
侍女が立ち止まったので男も身を屈めて息を潜める。天幕の前には布を巻きつけているらしい柱があり、侍女はそれを見上げて何やら唱えている。その後侍女は天幕へと入って行った。
男も後を追う。近づいてみれば、柱は低くはない男の背丈の倍はあり、沢山の布に包まれたそれらは、どれもがこれまで見たどの布よりも複雑な模様に覆われている。
布の柱に何となく一礼する。おそらく何かの神の偶像なのだろうと男は判断した。何となく人の形にも見える。
男も天幕へ飛び込むと、侍女がこちらを向いて、鋭い視線を向けていた。
「気づかないとお思いですか?」と侍女は強い語気で言う。「天幕同様、庭園は移動可能なので私有地とは言い難いかもしれませんが、天幕に無断で入るのは言語道断です。即刻立ち去りなさい」
男は怯まず、しかしそれ以上失望されぬように控えめに応える。
「礼を失したのは謝るが、ここまで来て、ここへたどり着いて、私ももう後には退けない。どうか魔女に会わせてはもらえないか? どのような布も織り、どのような衣も縫い上げるという噂を聞いてやって来たのだ」
「失礼な上に無礼です」と侍女は吐き捨てるように言う。「我が女主人は魔法使いですが、魔女などではありません。訂正し、謝罪したうえで立ち去りなさい」
「もう、どちらでも良いじゃない」食い下がろうとした男の背中から別の女の声がかかり、慌てて振り向く。「話くらい聞いてあげても罰は当たらなくてよ」
天幕へと入ってきたのは先刻通り過ぎた布の柱だった。長いはずの手足は布に隠れて少しも見えないが、確かに自らの歩みで天幕へと入って来た。
男は首を反らして仰ぎ見て、そこにあるのならばと顔を探したが、見つからない。しかしその威厳がありつつも透き通るような声は確かに上から降ってくる。
「女主人。貴女が、布の魔女ですか?」と男は尋ねる。
「貴方の女主人ではありません!」と侍女が苛立ちを募らせる。
男は脇によって、さらに下がって、二人を視界に収めようとする。が、その身長差の二人の顔を同時に目に入れられなかった。
「どう、お呼びすればよろしいですか?」と男は恭しく辞儀をして尋ねる。
「何でも良いのだけれど、普通はどう呼ばれているのかしらね? 私は」と布の柱の女主人は侍女に尋ねる。
「麓の村では天幕様と」と侍女は少しぞんざいに言葉にし、男を睨みつける。「それよりもまずは貴方が名乗るのが礼儀ではありませんか!?」
侍女の怒る様に女主人はからからと笑っている。
「申し遅れました」と言って男は再び頭を下げる。「私は角の息子、どよめき。ここより東の平原にある村の出です。今日はあるお願いがあって参りました」
「聞くわ」
「女主人!?」
「だって困ってる人が私の元を訪れるなんて久しぶりなんだもの。助けてあげたいじゃない?」
巨大な布の柱は嬉しそうに左右に揺れている。
「ですがその為にこうして転々と移り住むことになっているんですよ!?」侍女の言葉に女主人は少しも怯んでいないのを見るや、矛先をバマスへとける。「いいですか? 女主人は一度助けると言われれば必ず助けます。誰が止めても本人が断っても困っている人を助けられるなら、執拗に。助けられる覚悟はおありですか?」
奇妙な言い回しにバマスは息を呑み、しかし静かに頷く。「是非」
バマスは天幕の奥へと通される。布の壁があり、はしごがあり、いくつもの部屋があるようだった。しかしそのどれもを通り過ぎ、最も奥の部屋へと招かれる。そこがこの天幕の最も艶やかな広間だ。雪のように白い絨毯の毛足は長く、凍り付いた草原のよう。外の光が透けて見える薄黄色の単調な布の壁には、複雑優美な綴れ織りが掛けられている。その模様は一見、四季折々の目も綾な風景だが、そこには【回復】と【安息】を意味する強力な文字が巧妙に仕込まれている。
そして雪原絨毯の中央には座布団が山を成していた。可愛らしい兎のような美々しい毬のような座布団、麗しい宝石を紡いだ糸で織りあげたような鮮やかにして壮麗な座布団、素朴ながら巧みな模様の内に神秘と不可思議を封じ込めた峻厳な座布団。
その座布団の山に女主人は腰かけた。
「それで? 何にお困りなの?」と座ってなお高みから女主人は語り掛ける。「あ、私は葡萄酒ね」
「心得ております」と言い残して侍女は広間を出て行った。
侍女を見送り、バマスは口を開く。「どうか、天幕様に是非、我が妹の為に踊り子の衣装を誂えていただきたいのです」
何と言われるか、バマスが覚悟を決める前に、「お安い御用よ」と女主人は答えた。
「真に御座いますか!? ありがとうございます!」と言って、バマスが平伏すると絨毯に半分ほど埋もれてしまった。「大変失礼とは存じますが、如何ほどお支払いすればよろしいですか?」
「そうね。私はただでも良いんだけどあの子が怒るから」女主人は布に覆われた手を伸ばして羊のような海牛のような座布団を抱きかかえる。「完成するまで雑用でもしてちょうだい。力仕事でも構わないでしょう?」
「もちろんです!」バマスはさらに埋もれる。「重ねてお尋ねしたいのですが、如何ほどの時間で受け取れるでしょうか?」
「急いでいるの?」
「実は。できれば、十日後には入用で」
女主人は大きなため息をつき、布の両手を上の方に持って行く。頬杖を突いたらしい。
「貴方、仕立物のことを何にも知らないのね」
「申し訳ございません。なにぶん田舎の出なもので」
「私なら五日でできるわ」
「ありがとうございます!」
女主人は沢山重ねた布の向こうで、酔っ払いのようにけらけらと笑う。
そこへ侍女が戻ってきて、バマスと女主人に冷たい水を振舞った。
「貴女、私の言ったこと何にも心得てないじゃない」と女主人は不満を零す。
「心得ていればこそです」と侍女は言って、女主人の脇に控えた。
女主人は布の間から一口で飲み終えたが、バマスは念のために目をそらしていた。そうして話を再開する。「ともかくとにかくとりあえず、まずは妹さんを連れてきてくださる? 採寸しなくっちゃ始まらないわ」
バマスは一度顔を上げ、再び下げる。「申し訳ありません。妹は、その、病に伏せていてここへ連れてくることは……」
「病で伏せている妹の為に踊り子の服を?」と女主人は尋ねる。
「その、それが心の支えになれば、あるいは、病から立ち直れるのではないか、と」
「ふうん」と言って女主人は遠くから、高みから、バマスを観察する。「そうは言っても上手く着れない服を贈っても意味がないのではなくて?」
「いえ、妹の体格は私とほぼ同じなので、私を採寸していただければ」とバマスは言う。
侍女が噴き出す。
「貴女、失礼よ」と女主人は優しく叱る。
「すみません」と侍女は申し訳なさそうに目を伏せて噴き出す。「そんなに大きな女がいるのかと思って」
女主人は静かに侍女を見下ろす。バマスはどこに目をやればいいのか、誰に助けを求めればいいのか分からなかった。
「まあ、貴方がそう仰るのならそうしましょう」と女主人はバマスに言う。「さあ、私はいくつか案を描き起こすから、その間にこの子に採寸してもらいなさいな」
採寸をし、女主人の類稀な提案から悩み抜いて一つを選んだ。
ここでの日々は、バマスの稼業である牛飼いの日々よりもさらにゆったりと時が流れている。牛飼いといえば星々と語らい、野風とうたい、古くから伝えられる物語を繰り返し語るものだが、ここではその必要がなかった。何といっても牛がおらず、仕事と言えるほどの仕事はなかったからだ。
薪割りや水汲みや荷物持ちなど元から生活の一部であり、このようなことで無理難題を聞いてくれた女主人への感謝の念は日々募った。
しかし五日を待たずして、バマスは山を下りることとなった。
三日が過ぎた頃、新たに山を上って来た者たちがいた。一人は上品な衣を着た男だ。端然とした襟、優雅な袖。上流階級然とした爽やかで、どこか見下したような眼差し、偉そうに掲げた鼻先、賢しらぶった薄笑い。
もう一人は見るからに魔法使いだ。毒々しい外套。怪しげな帽子は常に左右に揺れ、裾を何かが出入りしている。
残りの三人はあまり区別がつかないが、野卑な格好で皆が剣を佩いている。
彼らもまたバマスと同様に布の庭園に圧倒され、しかし許しもなく立ち入り、そして天日干しの様子を見ていた女主人と侍女の元へ、驕った様子でやってくる。侍女は女主人の後ろに隠れた。
女主人が歩いてるのを見、話しているのを聞いていたので新たにやって来た男たちは初めから警戒していた。貴族らしい男を守るように護衛らしい男たちが剣の柄を握って立ちはだかる。
「一体なんだこの化け物は」と貴族らしい男が言うと、魔法使いが制する。
「貴方はこの方をご存じないのでしょう?」と魔法使いに言われ、
貴族らしい男は憮然とした表情で返す。「お前は知っているのか? 何者だ? 高名な魔法使いなのか?」
「私も知りません」と魔法使いに言われ、貴族らしい男の顔がおかしな色になりかけたが、魔法使いは続ける。「良いですか? 高名な魔法使いというのは得てして二流です。一流は名を隠匿するのですから」
「ならお前は二流じゃないか」と貴族らしい男はあてこするが魔法使いは意に介さない。
「ともかくこの方を怒らせるべきではない。我々は我々の仕事をだけなすべきです」
ふんと鼻を鳴らして貴族らしい男は居住まいを正し、女主人を見上げて挨拶する。「お初にお目にかかる。一流の魔法使いの流儀に倣って、お互い名を名乗るのは無しとしましょうか」
「私の名は織る者よ」と女主人は名乗った。
貴族らしい男は魔法使いを睨み、魔法使いは雲を数えた。
気を取り直しつつ、貴族らしい男は名乗らずに話を進める。「私たちはバマスという男を探している。この山に隠れ潜んでいることは知っているし、そこの侍女と麓の村に買い付けに来ていることも調べはついている。隠し立てせず引き渡して欲しい」
「礼儀も知らない男たちに理由も知らないままお客様を引き渡したりしません」と侍女は女主人の後ろから顔だけ出して言った。
「下賤の分際でよく言うじゃないか」貴族らしい男は魔法使いや護衛たちを顎で指す。「いいか。この魔法使いは二流だが、バマスを逃すことは決してないし、この逞しい男たちはバマスに決して、まあ、遅れを取ることはないよな?」
剣持つ男たちの誰も頷きはせず口々に呟く。「三人でかかれば」「奴が無手なら」「三人でかかって奴が無手なら」
「バマスさんってばお強いのねえ」と女主人が天気の話をするみたいに感想を述べる。
「その通り!」とやにわに貴族らしい男が興奮する。「牛飼いにするにはもったいない剛力だよ。むしろ牛を敵陣に投げつけることができる男だ。にもかかわらず奴め。戦は怖いとぬかしやがる。大方魔法使いに頼んで逃してもらおうって腹だろうがそうはいかん」
「兵役逃れの卑怯者だったのですね!」と侍女ははっきりと言った。「ってことはやっぱり女装するつもりだったんだわ! そうじゃないかと思ってたの!」
それを聞いて新たな客人たちは大いに笑った。侍女も笑った。女主人が少し低い声で窘めるまで。
「すると貴方たちは徴兵官ということね」と女主人は言った。
「その通りだ。分かったら大人しく……」貴族らしい徴兵官は天幕から現れ出たバマスに気づいて言葉を呑み込む。「何だ。お出ましではないか。従軍する気になったか?」
「ああ、君たちの言うとおりにする」バマスが徴兵官の元に進み出る。「これ以上彼女たちに迷惑をかけるわけにはいかない」
徴兵官とその連れと侍女は声に出さないがにやにやと笑みを浮かべてバマスを迎える。
「バマスさん。私たち迷惑だなんて思ってないのよ?」と女主人が言った。
「私はちょっと思ってます。臆病者の兵役逃れと聞いてはなおさらね」と侍女は言う。
かくして牛飼いの偉丈夫バマスは抵抗することなく徴兵官に付き従って山を下りて行った。二人の隠遁者は何も言葉を贈らずに見送った。
「どうしますか?」と侍女は女主人を見上げて尋ねる。
「何も変わらないわ」と女主人は寂しそうに答える。
翌朝、侍女が女主人の待つ氷原の如く白い絨毯に山となす色とりどりの座布団の広間へとやってきて、朝の挨拶をする。
「丁度いいところに。これを届けてくださる?」女主人は麻布の包みを差し出し、駆け寄った侍女に手渡す。
女主人は三日で織り上げた華麗な生地で踊り子服を縫い終えていた。
「完成させたのですね。どうしてまた」と侍女は不思議そうに尋ねる。「今更もう必要ないのでは? あの男もさすがに戦う覚悟を決めたからこそ自ら投降したのでしょうし、女装して逃げることもないはずです」
女主人ははしたなさも気にせず大きな欠伸をし、座布団の山に寝転がる。
「約束したのだもの。破らなくてはならない理由もなかったわ。それにそれが不必要になったのなら別れ際にでも彼はそう言ったはずでしょう?」
「まさか本当に踊り子の妹がいるとお思いなのですか?」
「どうかしら」と言って女主人はくすくすと笑う。「とにかく一日早く完成させたのは届ける時間も考慮してのことよ。頼んだわね」
侍女は顔にも声にも出さないが渋々女主人の命に従う。「しからば行って参ります」
「というわけで届けに来ました。お望みの品です」と侍女は興味無さそうに言う。「しかし開戦直前まで監禁とは。信用されていないのですね。それも当然ですが」
松明一つ限りに照らされた捕虜用の馬車の鉄格子の向こうのバマスは目をぱちくりさせている。そして何も答えず、亡霊でも探すように視線を彷徨わせている。侍女は失敗に気づく。
「ああ、すみません。着ていたままでした」そう言って侍女は空間を脱ぎ捨てた。「女主人がお貸しくださった隠匿の衣です。そしてこちらは貴方に、貴方の妹にぴったりのとても動きやすくて華やかな衣装です。今見ての通り、女主人は非凡の魔法使いです。この踊り子服もまた優れた力を備えています」
侍女は麻布の包みを鉄格子の間から押し込む。
「魔法の力を授けてくださったのか?」とバマスは硝子細工でも扱うように慎重に包みを受け取った。
「ええ。それを着れば誰の眼にも麗しい姿に、偉丈夫の姿などには決して見えない幻をも纏えるそうです」
「それは、有り難い限りだ」バマスは麻布の包みを開き、踊り子の服を広げる。
松明の暖かな光にも負けず劣らず、情熱的な踊りをより昇華させる炎の如き橙の、薔薇の如き真紅の、太陽の如き黄金の衣だった。秘められた魔法は今にも飛び出さんばかりの力を漲らせている。
「あるいは」と言って侍女は隠匿の衣を指し示す。「こちらを差し上げてもよろしい、と女主人は仰せです」
「いや」バマスは頑なに首を振る。「必要ない」
「……そうですか。それでは私はこれで」と言って、侍女は再びいそいそと空間に溶け込む衣を身に纏う。
「ああ、本当にありがとう。あと二日分の働きはいずれ必ず返す。天幕様にもそう伝えてくれ」
「ええ、必ず」影すら見えない人の気配が答える。
足音が離れて行き、消え去る前にもう一度口を利く。「もう一つ。臆病者と言ったことを訂正させていただきます」
バマスが皮肉めいた微笑みを浮かべて言う。「卑怯者とも言ってなかったか?」
「そちらを訂正する必要はないと存じます」
バマスは小さく何度も頷く。「もっともだ」
「では、また、いずれ」
「そうしてバマスは、誰もの目を奪う艶やかで華やかな踊り子の衣を身に纏い、敵方の出陣前の宴に忍び込み、舞うが如く剣を振って敵将を討ち取ってみせました」
宝石のように鮮やかで赤子のように温かな座布団の山に身を預けた女主人はゆっくり頷き、そして小さく笑う。
「結局最後まで見届けたのね?」
侍女はその立場に相応しく控えめに首を横に振る。「いいえ、バマスが敵将を刺し殺すところまでです。その後、彼は逃げ延びたのか、彼らはその戦に勝ったのか、それはまだ知りません」
女主人が何も言わずに杯を傾けるので侍女は尋ねる。
「バマスは初めからそのつもりだったのでしょうか? それともどこかで心変わりしたのでしょうか?」
「どちらでも同じことよ」と女主人は寂しそうに言った。