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「皇太子殿下……」


アンドレアスが庭園を訪れてくれたおかげで、ヨーランはルツィエを抱く腕をほどいてくれたらしい。ルツィエは心の中で感謝したが、ヨーランはあからさまにアンドレアスに向かって顔をしかめた。


「なぜお前がここにいる」

「ただ庭を歩きに来ただけだ」

「部屋に引き篭もっていればいいものを」


ヨーランが苛立たしげに舌打ちする。

アンドレアスはヨーランのそんな態度には慣れているかのように受け流すと、ルツィエに視線を向けた。


「ところで、彼女はたしか……」

「ああ、改めて紹介しなくてはな」


ヨーランがルツィエの腰を引いて抱き寄せる。


「僕の婚約者のルツィエだ。どうだ、美人だろう?」

「……ああ、美しい方だ。婚約おめでとう」

「ルツィエは僕に夢中なんだ。なあ、ルツィエ」

「……はい、殿下」


ルツィエが慎ましい微笑みを浮かべると、ヨーランはアンドレアスに見せつけるようにルツィエの薄桃色の髪に口づけた。


「せっかくいい雰囲気だったのに、邪魔者が来たせいで興醒めだな。帰るぞ、ルツィエ」

「はい、分かりました」


何か物言いたげな表情のアンドレアスにお辞儀をすると、ルツィエは強引なヨーランの腕に引かれて庭園を後にしたのだった。



◇◇◇



その日の夜。ルツィエはまたよく眠れずに、離宮の庭をひとり散歩していた。


暗闇の中で咲く薔薇の花を眺めていると、今日の皇宮庭園での出来事を思い出した。


偶然アンドレアスと出くわしたとき、ヨーランはアンドレアスに異様に腹を立てていて、終始高圧的だった。

彼らしいと言えばそうだが、よく考えればアンドレアスはヨーランの兄であり皇太子。ヨーランよりも立場は上のはずだ。それなのに、ヨーランはまるで自分のほうが上位であるような態度だった。


(母親には従順なのに、兄には違うのね。相当仲が悪いのかしら)


しかし、アンドレアスのほうはヨーランの無礼な態度に怒ることなく常識的に振る舞っていた。ということは、ヨーランが一方的に兄を嫌っているだけなのだろうか。


(……とにかく、ヨーランの機嫌を損ねないためには、皇太子と距離を置いたほうがよさそうね)


そう結論づけたところで、背後から穏やかな声が聞こえた。


「こんばんは、ルツィエ王女」

「……皇太子殿下」


たった今、彼とは距離を置こうと考えていたばかりなのに、また出くわしてしまった。


「こんばんは。またお会いしましたね。庭園では充分にご挨拶できず失礼いたしました」

「いや、こちらこそ邪魔をして申し訳ない」

「そんなことはございません」


むしろ邪魔してもらえてありがたかった……とは言えないまでも、あのときの安堵した気持ちを思い出してほっと息をつくと、アンドレアスが遠慮がちに尋ねてきた。


「その、ヨーランとの婚約は、本当にそなたが望んだことなのか? そなたにとってヨーランは……」


最後の言葉は濁されたが、アンドレアスが言おうとしたことは分かる。


──ルツィエにとって、ヨーランは祖国と家族の仇。


そんな相手と婚約するなんて信じられないのだろう。

ルツィエも同じだ。でも、仕方がないではないか。

帝国で生き抜き、祖国を取り戻すためには受け入れるしかなかった。


「……それ以外に選択肢があったでしょうか」


ついそう本音をこぼしてしまい、ルツィエはしまったと思った。何も考えず、無心で「はい、私が望んだことです」と答えるべきだったのに。


しかし、ルツィエの返事を聞いたアンドレアスは、痛ましそうな顔をして「すまない」と謝った。


「……皇太子殿下は噂とは印象が違いますね」

「噂と違うというのは?」

「残虐なことをする人のようには見えません」


まだ少ししか会話をしたことはないが、彼の家族である皇后やヨーランとは明らかに違う。彼らとはたった一回の会話で何度屈辱的な思いをさせられたか分からないほどだが、アンドレアスと話して嫌な思いをさせられたことはない。


だから噂で聞いたような人柄には見えないと伝えたのだが、アンドレアスは悲しそうに目を閉じて首を振った。


「……そんなことはない。俺は残虐な男だ。そなたの祖国が滅びたのも俺のせいなのだから」


アンドレアスの返事に、ルツィエは眉をひそめた。

戦争を仕掛けたのは皇后の命令だと思っていたが、アンドレアスも関わっていたのだろうか。


「それはどういう──」

「そうだ、今日はこれを返しに来たんだ」


ルツィエが問いかけたのと同時に、アンドレアスが折りたたまれたショールを差し出した。


「本当は庭にこっそり置いて帰るつもりだったんだが、直接手渡せてよかった。この間はありがとう。おかげで風邪を引かずに済んだ」

「いえ、お役に立てたなら何よりです」

「では借りたものは返せたから、今夜は失礼する。そなたも早く休むといい」

「はい、殿下もお気をつけてお帰りください」


控えめな笑顔を浮かべて帰っていくアンドレアスを、ルツィエは複雑な気持ちで見送った。


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