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「オハヨーサン、御曹司様」
「潤(じゅん)、その呼び方やめてくれる? 僕は御曹司だなんて思っていないし、大体あの家とはもう絶縁したんだから」
マンションを出ると、大脇潤(おおわきじゅん)が迎えてくれた。
僕よりも背が高い。身長190センチ近くあるからいつも見上げる姿勢になる。彫の深いやや浅黒い肌。鼻梁は高く、黒髪オールバックに鋭い目線。コワモテのワイルドイケメンで、僕の秘書をしてくれている男だ。年齢35歳。彼女は…複数いそうな感じの遊び人だ。
貧乏貴族と呼ばれる方がふさわしい僕が、なぜ御曹司なんて呼ばれるのか――その理由は、母親にあった。僕の母はロクでもない女性で、水商売をしていたものだから、誰彼構わずゆきずりの男性とワンナイトラブを繰り返していた。
小学6年生の時、逃げた先――そこで、ほんとうの父親に会った。
彼は四井(よつい)グループの社長だった。四井は結構な財閥だが、派閥も多く、父は四井の中でも下層クラスのようだ。跡取りに恵まれなかったという理由で、関係を持った女性全員を洗い出し、隠し子の捜索を行って、僕のことを探し当てた。
今までの貧乏生活とは一変。一流な教育を受け、一流な生活を送ることになった。
しかしどうにも一流の生活は肌に合わず、僕はあなたの息子にはなりたくないとつっぱねた。最低限の生活費をくれたら自分で生きていけるから、と。
僕は貧乏でも、佑里香先生の傍でずっと生きていける方を選びたかったから。もとの家に帰りたいと言った。
でも、それは許されなかった。自分の力ではまだ生きていけない年齢だから、家も借りられないし、アルバイトもできない。だから成人となる18歳までは耐えた。その間ずっとチャートの研究をして、絶対に自力で稼いでこの家を出てやる、と心に秘めていた。
ぽっと出の父親を、僕は父親とは思っていなかった。この生活費も、受けた施しも、自分で稼いで返そうと思っていたのだ。
株を実際にやろうと思った場合、成人未満の場合は未成年口座というものを開くことができ、15歳になれば自らの意思で本格的に株式投資ができる。資産運用の勉強のためにやってみたいとしおらしいことを言って、親権者の同意を得て口座を開設した。開ければこっちのものだ。
僕は小学6年生の時から株の勉強をしてきたから自信があった。世間を知るためとアルバイトをやって、稼いだわずかな資金を元手に、無茶なトレードはしないでこつこつ資産を増やした。
僕は未成年だからできるトレードには制限があったが、それでも頑張って資産を増やし続けた。18歳になるころには、十分な資金が手元にある状態となった。伝説のトレーダーと言われたこともあるが、僕は自分が決めたことを淡々とこなすだけで、なにもすごいことをしたわけではない。
『お世話になりました。もうここへは戻りません』
勉強にも励み、一流大学にも合格し、僕に使ってくれたであろうお金を用意して父親に差し出し、文句なしの状態で18歳になると同時に四井家と絶縁した。
血筋だけは御曹司かもしれないけれど、育った環境が悪すぎて雑草人間だから、こういう世界は肩が凝るし向いていない。
僕を育ててくれたのは、佑里香先生と先生のお父さんだけ。感謝しているのは彼ら親子だ。四井家ではない。ただ、株の勉強ができる環境にあったのは、僕にとって大きくプラスになったのは事実だ。でも、それとこれとは話が別。
ほんとうは家を出てすぐにでも、佑里香先生に会いたかった。
彼女は今、なにをしているだろうか。先生のことを思い出さない日はなかった。
会いたいけれども、もし、佑里香先生が結婚して子供がいたり、結婚をしていなくても誰かいい人と付き合っていたりしたら――そう思うと僕は壊れてしまうと思ったので、会いに行きたくても行けなかった。ずっと、二の足を踏んでいたのだ。好きすぎるが故に、勇気が出せなかった。
それが、潤の情報で悪質トレーダーに騙されているのが先生のお父さんだと知って、これはチャンスと思って切り込んだのだ。うまくお父さんに『昔の恩を返したいから、借金を肩代わりしたい』と申し込んだ。聞けば佑里香先生は、まだ独身とのこと。神は僕を見放していなかったのだ!
卑怯だとは思ったが、『佑里香先生と夫婦になれば、返さなくてもいいようにする』と、お父さんを丸め込み、借金を立て替えることにした。2000万円なんて安いもんだ。彼ら親子に受けた大恩は、こんな程度じゃすまない。
ただ、小平との話し合いは難航した。ヤツは手に入れた土地を誰かに売るつもりだったようだ。それをすんでのところで止めた。潤に交渉させ、小平の言い値を支払うと約束を取り付け、億単位のお金を動かして折り紙の土地や権利書を取り返した。
これ、先生には内緒の話だけど。
お金はやっぱり、あるに越したことはない。欲しいものは大抵手に入る。でも、僕がいちばん欲しいものは、佑里香先生ただひとり。彼女が手に入るなら、財産なんかいらない。
「睦月。初恋先生、どうだった? 初夜、楽しめた?」
「もちろん! 初夜は先生の寝顔を拝んで傍で眠れたんだ。もう最高で――」
「アハハハッ、なにそれお子様~ッ。やっぱ睦月はヘタレだな」
「うるさいッッ」
くそっ……なんで笑うんだよ! しかもヘタレ扱いまでして!!
実は彼、僕が四井の家にいたころの給仕だった男だ。口が悪く、ずけずけはっきりとものを言う変わり種の男だったので、僕は彼を気に入っていた。年の差なんか気にせず、なんでも言い合える仲である。
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