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共同生活は驚くほど順調だった。
……けれど、それはあくまで「家の中」での話。
一歩外に出れば、私たちは「氷の女王」と「生意気な後輩」のまま。
そして何より、真壁くんが社内の女性陣から絶大な人気を誇っているという事実を、私は失念していた。
「真壁くん、この間のフォローのお礼!これ、よかったら食べて」
「あ、ありがとうございます。助かります」
昼休み、オフィスの自販機コーナー。
物陰から見てしまったのは、他部署の若手女子社員が
はにかみながら真壁くんに手作り風のお菓子を手渡すシーンだった。
真壁くんは、私に向けるような意地悪な笑みではなく
誰にでも好かれる「理想の後輩」の顔でそれを受け取っている。
(……なによ、あんな顔もできるんじゃない)
胸の奥が、ちりりと焼けるように痛む。
これは、嫉妬?
いいや、違う。
私たちはただの「契約」の関係。
彼が誰に何を貰おうが、私の知ったことではない。
そう自分に言い聞かせながら、私はわざと大きな足音を立てて二人の前を通り過ぎた。
「神代マネージャー、お疲れ様です」
「……ええ」
真壁くんの声に、私は振り返りもせずに短く答える。
背後で女子社員が「やっぱり神代さんって怖ーい」とクスクス笑う声が聞こえて、さらに拳に力が入った。
◆◇◆◇
その日の午後
会議室の予約確認のために廊下を歩いていると、角の向こうからまたあの女子社員たちの声が聞こえてきた。
「ねえ、真壁くんって彼女いるのかな?」
「いないって言ってたよ! でも、好きなタイプは『ギャップがある人』だって。……私、頑張っちゃおうかな」
ギャップ
私の脳裏に、夜な夜なウィッグを被ってカメラに微笑む自分の姿が浮かぶ。
彼が知っているのは、私の「一番隠したいギャップ」だ。
彼女たちの言う「ギャップ」はきっと、もっと可愛らしい、ギャップ萌えの範囲内のものだろう。
夕方
ようやく仕事が一段落したところで、真壁くんが私のデスクにやってきた。
「マネージャー、これ。お裾分けです」
彼が差し出したのは、昼間に貰っていたあのお菓子だった。
「……いらないわよ。あなたが貰ったものでしょ」
「俺、甘いもの苦手なんですよ。怜さん、好きでしょ? チョコ」
「……っ」
図星だった。
なぜか彼は、私の好物を完璧に把握している。
周囲にバレないよう、彼は資料を渡すふりをして、その下に小さなお菓子の袋を滑り込ませた。
「……彼女、あなたのこと狙ってるみたいよ。契約、邪魔になるんじゃないかしら」
皮肉のつもりで言った言葉が、自分でも驚くほど棘を含んでいた。
真壁くんは、深い瞳で私をじっと見つめると、唇の端をわずかに上げた。
「……嫉妬ですか?可愛いこと言いますね」
「し、嫉妬なわけないでしょ! 私たちはただの───」
「『ただの』、なんですか?」
彼の手が、一瞬だけデスクの上で私の手に触れる。
「契約」という言葉で縛っているはずなのに、彼の視線に射抜かれるたび、私の胸は激しく波打つ。
本当は、言い返したかった。
「彼は私の夫よ」と。
でも、そんな権利は私にはない。
この関係は、一年で終わる「偽物」なのだから。
その夜
帰宅した後のリビングは、いつもより少しだけ冷たく感じた。
#コスプレ
#ドS