テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
4月の中頃 日曜日の朝
神奈川県川崎市麻生区。
小田急線新百合ケ丘駅から徒歩で15分、王禅寺へ向かう途中の丘の中腹に、鳥海ひよりが暮らすマンションはあった。
夫で保険会社に勤務する智明と、今年で3歳になる息子の共栄。
そして、老猫の村長さんとの生活は、元自衛官のひよりにとってタカラモノでもあり、失ってはならない現実だった。
それを実感出来たのが、東京テロに始まる東京ジェノサイドであるのだが、あの日以降、ひよりの人生は変わった。
部隊を率いて東京テロの実行犯らを鎮圧し、国を守った女性は、
「日本のジャンヌダルク」
として、マスコミに取り上げられた。
ひよりは、
「何がジャンヌダルクよ…三十路のジャンヌダルクなんておかしいだろ!」
と、智明に愚痴をこぼしながらも、内心は後悔でいっぱいだった。
救いきれずに、死んでいった仲間も多いからだ。
警察官や自衛官、そして医務官。
未だに消息不明の1300万の人々。
そのひとりひとりに、家庭があり、夢や希望があり、人生があった。
ひよりは、息子の共栄を眺めるたびに、自分は単に幸運だっただけだと言い聞かせるようになった。
何故なら、まだ闘いは終わっていないからだ。
東京ジェノサイドの原因が特定されるまで、人間の恐怖は終わらないであろう。
ひよりの負傷した右腕が、東京の空を眺めるたびに疼く。
「ひと思いにへし折ってよ」
そんな悪態をつくと、医者にこっぴどく怒られた。
幼い頃から男勝りで、ケンカばかりしていた娘を、両親はこう言っていた。
「性別を間違えたな」
そのせいか、母親とはうまくいかず、癌で亡くなるその日まで会話を避けていた。
ひよりは、自分が同じ立場になった今、両親にかけた苦労が恥ずかしかった。
「クソッタレ…」
ひよりのの口癖を、共栄は真似した。
その言葉が聞こえると、智明は息子の頭を軽くげんこつして、
「そんな言葉は使っちゃダメだ!」
と、注意した。
そして、ひよりの頭にもげんこつは飛んだ。
「いったあ~い、いたいよいたい!もうっ!」
ひよりが非難の声をあげると、智明と共栄は笑った。
これが仕合わせなのだと、ひよりは痛感していた。