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バレンタイン当日、夜九時。そろそろウトウトし始めた頃、不意にインターホンが鳴った。
「よ、こんばんは」
「えっ?! なんで?! 連絡くれたら良かったのに!」
「休日残業で疲れすぎて頭回らんかったわ」
ドアを開けると、そこにはくうちゃんが立っていた。
「それより、バレンタイン当日の夜九時に家におるやなんて。はんちゃん、おみくじの『大凶』そのままな生活やな」
あはは、と笑いながら、くうちゃんがおかしそうに肩を揺らしている。
「くうちゃんかて。バレンタイン当日に休日残業して、その後夜九時に男友達のところしか行くところないなんて。……せっかくの『大吉』が聞いて呆れるわ」
「ふふっ」と笑い返したら、「だって、他に行くところ思いつかんかったんやもん」なんて可愛い顔で言う。
ほんま、こんな可愛い人を放っておくなんて、この世界はどうかしてるわ。
「入る? 今日、寒かったやろ」
「うん。仕事終わってそのまま来たから、コーヒーしか買ってきてへんけどええ?」
「うわ、また俺のこと試そうと思てるやろ?」
「あれ? コーヒー牛乳の方が良かったかなぁ?」
「ほんま、マジで……くうちゃん?」
あはは、と笑いながら、くうちゃんが部屋に入ってくる。
コートを脱いだ姿を見て、俺は息を呑んだ。……スーツや。
くうちゃんがスーツ着てるの、初めて見る気がする。
アカン、世界一かっこよすぎる。一気に心臓がバクバクしてきた。
「……あ、ご飯は? なんか作る?」
「オムライス! ケチャップでハート描いて!」
「え? 全力でバレンタイン楽しもうとしてるやん」
「はんちゃんも、今、楽しいやろ?」
「……まぁ、一人よりは楽しくはある」
ふふっ、と心からの笑いが込み上げる。
好きな人が、バレンタインデーに俺のところを選んで来てくれた。
それだけで、すべての感情がぶち上がってしまう。
「ん、はんちゃん、ええ匂いする」
「ん? ……もうお風呂入ったからな」
「俺も入ってこようかな。電車で汗かいたし」
「あ、でも俺の部屋着、入るかなぁ」
後ろを振り向いたら、思ったより近くにくうちゃんがいて心臓が跳ねて、すぐに前に向き直した。
大丈夫、くうちゃんは距離感バグってるから。前から時からこの距離やったやんか。
頑張れ俺、緊張すんな。
「あ、半パンとかならまだマシかも。くうちゃん暑がりやろ? それに、すぐ着替えて帰るなら問題ないし……」
「……俺、泊まるつもりで来たんやけど。あかん?」
不意に後ろからぎゅうっと抱きしめられ、耳元で囁かれる。
……なにこれ。
結局、「俺でも大丈夫」やったってこと?
それとも、気になる人は無理やったから、俺で妥協したってこと?
「……あかんよ。明日に響くし、帰った方が……」
「はんちゃん? 今年のバレンタインデーは土曜やで? 忘れたん?」
そうや。俺らの会社、土日曜休みやった。
アカン、他の理由を急いで見つけな。
「と、とりあえずご飯食べて? それから、ゆっくり考えよう」
軽く身体を動かしたら、意外なほどすんなりと解放してくれた。
そうやんな。くうちゃんも、いつもの感じの冗談やんな。
それにしても。
小さなテーブルで向かい合っているけど、ジャケットを脱いだくうちゃんが、さっきよりずっと色気があって目のやり場に困る。
誰やねん、こんな世界一破廉恥な服作ったん。犯罪者級やろ。
「くうちゃん、服汚れるから着替える? 俺、シャツ持ってくるわ」
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