テラーノベル
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航は、愛おしそうにムエット(試紙)を見つめた後、静かにポケットから一通の手紙を取り出した。
「実は、僕の親友……湊(みなと)から預かってきたんです。彼は今、フランスでパティシエとして修行していますが、この冬、ようやく自分の店を持つ準備が整ったと連絡がありました」
紗季の心臓が、大きく跳ねる。湊。三年前、夢を追ってパリへ旅立った、かつての恋人。
「彼は言っていました。『あの雨の日、駅で見送ってくれた彼女から、信じられないほど綺麗な香りがした。あの香りをもう一度嗅ぐことができたら、僕は自信を持って彼女を迎えに行ける気がするんだ』……と」
航がここへ来たのは偶然ではなかった。紗季が調香師として名を上げていることを知り、湊に頼まれて、彼女の作る「今の香り」を確かめに来たのだ。
げていることを知り、湊に頼まれて、彼女の作る「今の香り」を確かめに来たのだ。
「彼は来月、日本に戻ります。この香水の主が、まだ自分を待っていてくれるか、怖くて聞けなかったそうです」
紗季は溢れそうになる涙を堪え、棚から新しい空の瓶を取り出した。
あの日作った『さよならの香り』に、ほんの一滴、明るい陽光をイメージしたベルガモットのエッセンスを加える。
「……これを、湊さんに届けていただけますか?」
「これは?」
「『おかえりの香り』です。三年前とは少しだけ違う、今の私の香りです」
2026年2月。
立春を過ぎた鈴鹿の街に、柔らかな光が差し込む頃。
店のドアベルが、三年前と同じ音を立てて鳴った。
入り口には、少し日焼けして、大人びた表情の湊が立っていた。
彼の胸元からは、紗季が託した、あの少しだけ甘くなった雨の香りが微かに漂っている。
ただいま、紗季」
雨上がりの虹のような笑顔が、そこにはあった。
コメント
3件
ありがとう!❤️
面白いお話ですね!!
こんにちは!!