このパスは親しい人間や目上の先輩等を招待する時に使うもので、これがあればチケットレスでライブが閲覧できるうえ、楽屋まで入れるものだ。
仲良くなったバンドがライブに誘ってくれた時は、ゲストパスを発行してくれるから無料でオールエリアに立ち入らせてもらい、PA卓(音響機器が揃っている場所)にも入って音響調節のまねごとをしたり、楽屋に入り浸ったり、ホールで他のバンドの音や演奏を聴いたり、若いころはライブハウスが俺の家みたいなものだった。
家といえば俺の住んでいた所は下町路地裏の小汚いアパートで、格安家賃で住んでいた。同じような匂いが染みついた訳ありの人間が、周りにはゴロゴロいるような場所。しかもそんな格安家賃でさえ、金が払えなくて滞納していた。
でも、モリテンがライブハウスのバイトで俺を雇ってくれた。まずは家賃を肩代わりしてくれたおかげで、雨風をしのげる貴重なアパートを追い出されずにすんだ。ピアノを弾けることを知ったら手伝いと称してステージに上げてくれ、出演料をはずんでくれた。
モリテンにはよく世話になった。その時の恩を俺はまだ返せていない。
色々決着がついたら彼を訪ねてみようかな。
出演料なしでライブをやれば、若い頃の恩返しになるだろうし。
ただ、今日はモリテンに会うわけにはいかない。めっちゃ残念だけど挨拶は次の機会や。
くそ真面目な格好をしているし、十六年も会ってないから気づかれないとは思うけど、空色がモリテンに俺を紹介したらまずい。俺が白斗だったことは空色にバレたくない。気を付けよう。
チケット代を払おうと思ったけれど断られてしまったので、ゲストパスを腕につけた。
「先に楽屋へ差し入れを持って行きますね。新藤さんも一緒に行きましょう」
中に入ると空色が楽屋に行くと言った。
「よろしいのですか? はい、ぜひ」
モリテンに見つかるリスクはあるが、彼の城を歩き回りたいという誘惑には勝てずにはりきって答えてしまった。
「もちろんです。楽屋へ案内しますね」
アウトラインは入口を挟んで右に行くと楽屋、左に行くとホールがあるようだ。入口はやや広い造りになっていて物販スペースがあった。既に多くのTシャツ・うちわ・CDなどが積みあがっている。その後ろに物販スタッフが座っていた。
物販スペースを横切って楽屋の通路に入ると、壁一面にバンドのサイン入りポスターが貼ってあった。貴重なものが多く年季の入ったポスターもあった。
モリテンはなんでもコレクションするから、ポスターひとつでも大事にしていたもんなぁ。RBのデビューの時に配布したライブハウスやホール限定のポスターをまだ貼っているかもしれない。廃盤機材が積み上がっている通路を通りながら、自身のポスターを探した。
しかし残念ながらRBのポスターは見つけられなかった。十六年も前のポスターは、さすがのモリテンでも保存は難しかったのだろうが、予想以上に落胆してしまった。彼なら持ってくれているのではないと意外に期待していたらしく、残念な気持ちでいっぱいになった。
そのまま狭い楽屋への通路を抜けて扉を開けると、サファイアのメンバー全員がステージ衣装に身を包んでスタンバイしていた。その中に空色の旦那もいた。
化けたな。爽やかな旦那がしっかりメイクでワイルドに変身していた。舞台映えしそうでライブが楽しみや。
ライブハウスや楽屋の雰囲気を見ると高揚する。輝かしい舞台に戻りたいとは思わないけれど、寂れたライブハウスで細々とピアノ弾いて歌を歌いながら余生を過ごしたい。
空色の旦那は、夢に向かって羽ばたいている最中やな。あんな風に音楽が好きで、キラキラ輝いていて、俺みたいな根暗の人間とは違う。
本当に羨ましい。
音楽への夢もあって、情熱もあって、空色を伴侶にしている。
俺にないものを全部持っている彼への羨望が、
俺の中で膨らんでいく――……
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