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先輩と出会ったのは2ヶ月前だった。あの日は雨が降っていた。組織の地下施設、薄暗いコンクリートの廊下に湿った空気が漂う。
俺は鉄扉の前で待たされていた。17歳、殺し屋としての訓練を終えたばかり、新人だ。組織から「お世話係」が割り当てられるという話だったが、詳細は知らされていない。
扉が開く。現れたのは、黒いコートをまとった女。俺の先輩だ。長い黒髪が雨に濡れ、頬に一滴の水が伝う。彼女の瞳は、まるで氷を閉じ込めたような冷たさだった。
「はじめまして後輩くん、私の名前は霧島零奈。よろしくね。」
彼女の声は柔らかく、どこか人を惑わす響き。俺を「後輩くん」と呼ぶその軽やかさが、なぜか胸に刺さる。
彼女は微笑むが、目に光など宿っていない。まるで、俺を見ていないかのように。
「よろしくお願いします。」
俺の能力はどんな攻撃も避ける。訓練中、銃弾も刃も俺を捉えなかった。だが、彼女の視線だけは、避けられない気がした。
「ふふ。後輩くん、可愛いね。緊張してる?」
彼女が一歩近づく。強い香水の匂いが、雨の冷たさを消す。俺は動けない。
彼女の言葉は優しいのに、なぜか心がざわつく。彼女が言う「可愛い」は、まるで空っぽの呪文だ。
「先輩、俺のお世話係って、どういう意味ですか?」
俺は話題を仕事に戻す。殺し屋の世界では、感情は邪魔だ。だが、彼女は首を振って、まるで子供をあやすように笑った。
「後輩くんの面倒を見るってこと。仕事のコツ、組織のルール、全部教えてあげる。」
まただ。彼女の瞳は、俺を映さない。
まるで、永遠の闇を見ているかのようだ。彼女の存在が、俺の心を揺さぶっている。訓練で鍛えた心が、初めて乱れる。
—会議室に移り、彼女は俺に組織の資料を渡す。彼女の能力の話も聞いた。一度狙えば、どんな標的も逃れられない。完璧な殺し屋だ。対して、俺の能力は、防御に特化している。二人の能力は、まるで対極。なのに、なぜか彼女のそばにいると、俺は無防備になる。
「後輩くん、質問は?」
彼女が資料から顔を上げる。雨が窓を叩く音が、静かな部屋に響く。俺は一瞬、言葉に詰まる。彼女の瞳が、俺を捕らえる。
「先輩、俺……」
言葉が勝手に口をつく。訓練で抑えたはずの感情が、溢れ出す。
「俺、先輩に一目惚れしました。」
沈黙。雨の音だけが響く。彼女の表情は変わらない。微笑んだまま、だが、彼女の目が一瞬、揺れた気がした。
「一目…惚れ…?」
「……そっかそっか好きになっちゃったか、私のこと。」
彼女はそう言うと、俺の頭を軽く撫でた。冷たい手。だが、その冷たさが、なぜか俺の心を焼き付ける。
「でも殺し屋に恋なんて、危ないよ? 私を信じちゃダメだからね、後輩くん。」
彼女の声は、まるで警告。だが、俺はもう後戻りできない。
雨は止み、月が雲の隙間から覗く。彼女のミステリアスな微笑、秘密を隠す瞳に俺は恋をしてしまった。