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医務室では、リリアンナが意識を朦朧とさせたカイルの枕元へ必死な様子で付き添っていた。
老医師セイレン・トウカから体調不良を見咎められ、寝所へと下がらされた侍女ナディエルの見舞いにもいかねばならない。
ひとり残されたリリアンナは、あと数か月でやっと十三歳になるという、レディと呼ぶにはまだ幼い少女。
本人もオオカミと対峙するなどという、王都にいたら、絶対味わえないような怖い目に遭ったばかりだというのに、目の前のカイルを心配する心で気が張っているからか、微塵も疲れた様子も、怯えた素振りも見せない。
最初のうちこそ機会があればリリアンナに「お嬢様もお休みください」と勧めていたセイレンも、そのたびに「イヤです。それより何かお手伝いすることはありませんか?」と真剣な眼差しで見詰められ、とうとう彼女を休ませることを諦めてしまった。
そうしてランディリックに見つかれば咎められるのを覚悟で、リリアンナの願いを叶えてやってしまっている。
「熱が高い。額と首筋、それから脇の下を冷やしてやりなさい」
セイレン老医師に促され、リリアンナはカイルの頭に乗せられた濡れ布を替え、そっとカイルの額へ当てた。
そうしてすっかり温かな水になってしまった革袋のなかの雪を取り換えるべく中庭へ向かう。
コートも羽織っていなければ、手袋もしていない小さな手で懸命に雪をかき集めては革袋の中へ入れ、カイルの元へ戻ってくると、彼の首筋と両脇の下へ布に包んだ雪入りの革袋を置いた。
「お嬢様、こちらへ」
リリアンナの手が真っ赤になっているのに気が付いたセイレンが、石造りの暖炉とは別、部屋の真ん中に置かれた火鉢へリリアンナを手招く。火鉢の上には鉄製の五徳が据えられ、その上の薬缶からは白い湯気が静かに立ち上っていた。
「でもっ」
カイルの傍を離れたくないと眉根を寄せるリリアンナへ、
「お嬢様が倒れてしまわれてはその男の看護どころではなくなりますぞ?」
と脅しをかける。
そう言われては従わないわけにはいかない。
リリアンナがセイレンに手招かれるまま、彼の傍へ行くと、セイレンが薬棚の瓶からミオフィラの乾燥花を一輪落としたカップを、火鉢傍へ置かれた椅子の上に置いた。
薬缶から熱々の湯を注ぎ入れればカップの中、リリアンナの目の前で閉じていた青い花弁がゆるりとほどけ、淡い香りがふわりと立ちのぼる。
「わぁー」
思わずリリアンナが感嘆の声を上げたのを優しい眼差しで見詰めると、「仕上げです」と言って、セイレンが瓶から一匙、琥珀色の蜂蜜を加えてくれる。
「薫り高い百花蜜です。リラックス効果のあるミオフィラ湯によく合います」
綺麗な薄青の花が広がる温かな飲み物は、リリアンナには薬湯というより花茶のような柔らかな飲み物に見えた。
見た目は申し分ないし、セイレンからの甘やかしのように添加された蜂蜜もきっと最上級の品だろう。
「有難うございます」
スッと差し出された温かなカップを受け取ったリリアンナは、ふぅーと吐息を吐き掛けてから淹れたてのセイレン湯をひとくち口に含んだ。
「……美味しいです」
カップから伝わる温かさが、冷えた手指に心地よい。
喉を通り抜けて胃へと落ちていく温かな液体も、存外冷えていたらしい身体を優しく温めてくれて、思わずほぅっと吐息がこぼれた。
でも――。
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