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そこはとってもくらいばしょ。
わたしはそこをさまよう。さまよいつづける。
くらやみのむこうに、いしきをむけると、かすかなおとがきこえてくる。
あれはなんだろう。
まるでみずが、したたるような、おと。
なにもないばしょで、ゆいいつ、なにかがあるばしょ。
わたしは、そこにむかってあるく。あるきつづける。
やがて、じめんに、なにかがみえてくる。
わたしはついに、みつけたそれをよろこび、いつものようにてをのばす。
いつものように……? まぁ、いいか。
わたしがそれに、ふれたしゅんかん、いつものかんしょくが、てにまとわりつく。
……ぬるっ
そのぶきみなかんしょくに、わたしは、じぶんのてをみる。
それは、わたしのりょうてについていたのは、たいりょうの 『血』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――うっ、うわああああぁあああっ!!!?」
突然の恐怖と共に、私は身体を跳ねて起こした。
大量の汗をかいており、動悸も激しい。喉がとても乾いてしまっている。
「ん……。
アイナさん……大丈夫、ですか……」
私のすぐ横から、エミリアさんの少し寝ぼけた可愛い声が聞こえてくる。
荒れる呼吸を何とか収めて、気持ちを落ち着かせてから、エミリアさんにようやく返事をする。
「……すいません、起こしちゃって……。
大丈夫です、変な夢を見ただけですから……」
「また……あの夢ですか?」
エミリアさんは上半身を起こしてから、私の前にちょこんと座った。
暗闇の中を彷徨い、最後に血溜まりに辿り着き、そして血に染まった自分の手を見る夢――
それが意味することなんて、簡単に想像が付く。
王様が目の前で血を噴き出したときのイメージが、ありありと頭の中に焼き付いてしまっているのだ。
周囲を見てみれば、そこは粗末な小屋の中だった。
私たちは王都から必死に離れた先の森で見つけた、誰もいない、棄てられた小屋に身を寄せている。
残されていた毛布は肌に着けるだけで何だかかゆくなるし、隙間風もかなりある。
決して良い環境では無いんだけど――
……人は来ないし、雨も凌げる……。
「――それにしても、雨はずっと降り続きますね……」
私たちが王都から逃げ出してから今日で6日目。この小屋は、今日で3日目。
その間、雨はまったく止むことが無かった。おかげで追跡を撒けているという見方もできるが、逆にいえば、私たちもうまく逃げられていない。
しかし、私たちがこんな小屋に|留《とど》まっているのは、もう少し違う事情もあって――
「……アイナさん。あの……今日はどうでしょう……?」
エミリアさんの言葉に、私はびくっとしてしまう。
「……そ、そうですね。やってみます……」
そう言いながら、私は右手をかざして――
れんきーんっ。
…………。
そして――
……何かが作られるということは、無かった。
「……まだ、ダメそうですね……。でも大丈夫、すぐに治りますよ!」
「あはは……。ありがとうございます……」
気丈にそう言うエミリアさんに、私は力無く頷いた。
――そう。私は今、錬金術が使えない。
王都から逃げ出してから最初に迎えた朝、何気なく使おうとしたところで判明したことだ。
眠る前は使えていたから、何が理由なのかと考えてみれば……例の夢が思い当たる。
錬金術以外のスキルは使えるので、鑑定スキルで確認したところ……どうやらこれは、精神的な不調のようだった。
いわゆる、心的外傷……トラウマ、というやつだ。
頼みの錬金術が使えない。
……突然のハプニングに、私たちは逃亡の足を止めていたのだ。
「アイナさん、まだ眠りますか……?」
「……いえ、十分に寝たので大丈夫です。
ルークにもそろそろ、休んでもらいましょう」
「そうですね。一晩中、見張りをして頂いていますので……」
「まったく、頭が上がりませんね……」
ルークはこの小屋に来て以来、夜の見張りを一人で行ってくれていた。
さすがに疲れないのかとは思ったが、どうやら神剣アゼルラディアの能力の……『HP・疲労回復』で、疲れた端から癒されていくらしい。
……何という便利な剣なのだろう。その能力だけでも、もはや神器という感じがする。
但し、当然のことながら眠らなくても良い――ということでは無いので、しっかりと日中に睡眠を取ってもらっているのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おはようございます。アイナ様、エミリアさん」
エミリアさんと一緒に小屋の扉を開けると、近くの丸太に座るルークが挨拶をしてくれた。
「おはよー」
「おはようございます!」
「一応、簡単な雨避けは作ったけど……やっぱり濡れちゃうねぇ……。
ドライング・クロース!」
私が魔法を使うと、ルークの濡れた服が一気に乾いた。
以前、『不思議の国のアリス』のような夢の世界で覚えた魔法のひとつだ。
「ありがとうございます。
その魔法にはいつも助けられますね。……しかしアイナ様も、何やら――」
ルークの言葉に、そういえばと思い出す。
嫌な夢を見て、そこで汗をかきまくっていたんだっけ。
「ああ、そうだった……。
ウォッシング・クロース! ……と、ドライング・クロース!」
服を洗って、そして乾かす。
最初の1つでも問題ないんだけど、併用すると、とても良い仕上がりになるのだ。
「アイナさーん、わたしもそれお願いします!
あと、ルークさんも洗って差し上げましょう!」
「はーい、それじゃ掛けますよー」
辛い中での僅かな日常。
難しいことを考えない時間が、何よりも一番楽だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――食べるものも、もうありませんね……」
アイテムボックスに残っていたお料理も完全に底を尽き、錬金術の素材の中でも、食べられるものはもう残っていない。
せめてここまでの間に、雨が止んでくれるか、私の錬金術が復活してくれることを期待していたんだけど――
「そろそろ、ここを出なければいけないでしょうか……。
もしくは私がどこかの村に行って、食糧を調達して参りましょう」
「あんまりバラバラには動きたくないから……。
それに一人で行っても、そんなに持って帰れないでしょう?」
「む……、確かに……」
「それなら、ここをもう出よう。
私の錬金術を待っていたら、いつになるか分からないし。……先に、餓死しちゃう」
「分かりました。それでは、どこに向かいましょう。
目的地を決めないと、心が折れてしまう可能性もありますので」
「……他の国に行くっていうのは、どうかな?」
「その場合は身分証明の提示が必要になりますね……。
密航でなら行けるかもしれませんが、私はそんなルートを知りませんし……」
……そして、調べる余力も無い。
密航はそもそも違法なのだ。下手をすれば途中で捕まって、そのまま殺されてしまうことだってあるだろう。
ヴェルダクレス王国はこの大陸の唯一の国だから、他の国に行けないとなれば――
「王都の北東……辺境都市クレントスの方面に向かうのが1つ。
王都の西……まだ行ったことが無い場所に向かうのが1つ。
王都の北……こっちもまだ行ったことがないけど、それが1つ……か」
「……行ったことが無い場所よりも、行ったことがある場所の方が良いと思います……」
エミリアさんも、悩ましい感じでそう言った。
確かにそれもそうだ。もしかしたら、知っている人に迷惑を掛けてしまうかもしれないけど……。
「アイナ様。
そういえばジェラードさんから聞いていた……クレントスに集まっているという、『王政の反乱分子』の話を覚えていますか?」
「ああ、うん。アイーシャさんがリーダーをしてるってやつだよね」
「王政に不満があるのであれば、もしかしたら私たちの力になってくれるかもしれません。
私たちがそこに参画するのであれば……という話になりますが」
「ふむ……」
あの話を聞いたときは、アイーシャさんもずいぶん怖いことをするものだと思ったけど……今の私にとっては、それは何とも心強かった。
他に頼るところも無いし、いつまでもこんなところにいるわけにもいかないし……。
それならどうなるかは分からないけど、クレントスに進むのが良いだろうか。
クレントスまでは馬車を使って3週間の道のりだ。
歩きだと、どれくらいの時間が掛かるかは分からないけど――
「……うん、クレントスに向かおう。
それに、光竜王様が言っていた……『神託の迷宮』の件も、あるわけだしね」
……目的地は決まった。
前回は辺境都市クレントスから王都ヴェセルブルクまで旅をしたけど、今回はその逆だ。
――私たちの、新しい旅。
王都ヴェセルブルクから辺境都市クレントスへの旅が、新たに始まることになった。