テラーノベル
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校長先生に挨拶したあと、少しばかり雑談して校長室を出た。
校長先生はニコニコして感じのいい中年のおじさん。
話も面白くて、緊張と不安が少しだけ解れた。
「高原さん、タイムシート渡しときますね」
校長室を出た時、前田さんからタイムシートを渡された。
タイムシートは就業時間や休憩時間、業務内容を書き込み、派遣先の責任者の方に印鑑をもらう。
それを月末に派遣会社にファックスで送り、派遣会社から給料が振り込まれる仕組みになっている。
「じゃあ、僕はこれで失礼します。高原のこと宜しくお願いします」
前田さんはそう言って宮崎さんに頭を下げた。
宮崎さんはニッコリ微笑んで頭を下げる。
この人、ちゃんと愛想が出来る人なんじゃん。
なんで私の時には無愛想だったわけ?
「じゃ、高原さん、頑張って!何かあったらいつでも連絡して下さいね」
「はい、頑張ります」
私は前田さんに頭を下げた。
前田さんは1人、階段を降りて行ってしまった。
これから数時間、私の初仕事が始まる……。
事務室に入った。
パソコンの画面を食い入るように見ている自分の父親くらいの男性が1人。
他にパソコンで仕事をしている3人は女性だった。
特に自己紹介をするわけでもなく、私をチラリと見て頭を下げる人もいれば、見るだけですぐにパソコンの画面に目を戻す人もいた。
「派遣さんの机はここね」
派遣、さん?
今まで、いろんなところに派遣で行ったけど、派遣さんと呼ばれたのは初めてだった。
なんか壁を作られたようで気分が悪い。
でもそんなこと言えるわけもなく……。
「はい」
と、素直に返事をして荷物を椅子に置いた。
「ロッカーを案内するから荷物を持って来て?」
「はい」
一旦、椅子に置いた荷物を持って、宮崎さんについて事務室を出た。
事務室の隣にロッカールームはあった。
「派遣さんのロッカーはここね。ロッカーの鍵は自分で管理して?隣が給湯室ね」
ロッカールームと同じ部屋にある給湯室に入った。
小さな流しと、食器棚、冷蔵庫やポットがある。
「冷蔵庫は自由に使っていいから。マグカップとかあったらここに置いてね」
「はい」
私はカバンから持って来ていたマグカップを出すと、それを食器棚に置いた。
「お茶やコーヒーは自由に飲んでね」
「はい」
「なんか質問ある?」
「いえ、特に……」
「じゃあ、次は教職員用の玄関を案内するわね」
「はい」
ロッカールームを出た私と宮崎さんは、階段を降りて1階に行った。
今日、入ってきた玄関に置かれていた靴を持ち、宮崎さんの後ろをついて歩く。
「ここが教職員用の玄関。靴はここに入れて?」
宮崎さんは靴箱を指差してそう言った。
扉のついた靴箱。
個人別に入れられるようになっている。
派遣の私は当然一番下。
しゃがんで靴箱の扉を開いて靴を入れた。
仕事は思っていたよりハードだった。
パソコンで入力したり、コピーしたりと。
仕事をしている側から指示を出されることもあった。
「派遣さん!お茶淹れて来てくれる?」
そう言ったのは、ただ1人の男性職員。
席からして、この中で一番偉いポジションの人なんだろう。
「あ、はい!」
私は席を立ち、男性の席に行った。
パソコンの画面を見ながら湯呑みだけ差し出してくる。
それを受け取る時に、首からぶら下げていた名札を見た。
“田中”と書かれていて、この人が田中さんだと初めて知った。
事務室を出て給湯室に行き、お茶を淹れる。
お茶くらい自分で淹れろっつーの!
私はお茶汲みするためにここに来たんじゃない!
そんなこと本人の目の前で言えたら楽なのにな……。
お茶を“どうぞ?”と差し出しても、こちらを見向きもせず湯呑みだけ受け取る田中さん。
無言のまま“ありがとう”も言ってもらえない。
派遣はお茶汲みもして当たり前だと思ってるのか?
まぁ、いいや。
私は自分の席に戻り、仕事を再開させた。
「派遣さん?頼んでたやつ出来た?」
宮崎さんにそう言われた。
「いえ、まだ……」
「まだ出来てないの?なるべく早くお願いね」
「はい……」
初日に仕事がベテラン並みに出来たら苦労しないよ。
宮崎さんや他の3人の職員さんのように、おしゃべりしながらなんて無理。
私はパソコンの画面を見ながら、黙々と作業を始めた。
11時50分。
チャイムが鳴った。
「うーん!」
「やっと休憩だよ〜!」
など、職員さんたちが話してるのを聞いて、今のチャイムがお昼休みを知らせるものだとわかった。
職員さんたちが事務室を出て行く。
「あの、お昼は給食ですよね?どうすればいいですか?」
私は事務室に残っていた宮崎さんにそう聞いた。
私を見る宮崎さんは少し呆れたような顔をしている。
えっ?聞いたらいけなかったの?
食い意地の張った女と思われたとか?
「あ、あの……」
「今は夏休み中で31日まで給食は無し。その間は各自で用意する。派遣会社から聞いてなかったの?」
しまった!
今は夏休み中だから給食がないのは当然だ。
あぁぁぁ、なんで気が付かなかったのよ〜!
前田さんからも給食があるから昼食の用意はしなくて大丈夫って聞いてたけど、夏休み中は無いって言ってよ〜。
「何も聞いてなくて……すみません……」
宮崎さんがワザとらしく大きな溜息をつき、こちらをチラリと見た。
「あの、買いに出ても大丈夫ですか?」
「それはいいけど、午後からの業務時間には間に合うようにね!」
「はい」
宮崎さんは少しキツくそう言うと、椅子から立ち上がり事務室を出て行った。
それと同時に他の事務員さんがお弁当とペットボトルのお茶を持って事務室に戻って来る。
3人で笑顔で話をしながら楽しそうに。
私と年齢もそう変わらないくらいの若い事務員さん。
まるで空気のような扱いを受ける私。
ヤバイ、泣きそう……。
私は涙を堪えながら、事務室を出てロッカールームに行った。
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