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ゆりかごの中の愛憎

第43話 - 第43話

2025年10月22日

#大人の恋愛

#不倫

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#溺愛

#裏切り

#サイコパス

雫石しま

ボイスレコーダーが、菜月が耐えてきたドメスティックバイオレンスの数々を冷酷に暴き出した。過去の傷が鮮明に蘇り、菜月の肩は小さく震え、スカートの上で固く握られた拳がわずかに揺れた。恐怖と痛みが心を締め付ける中、ふと湊がそっとその手に温かな手を重ね、優しく微笑んだ。湊の穏やかな眼差しに触れ、菜月の心は少しずつ解け、握り拳がゆっくりと開いた。二人は静かに手を握り合い、互いの温もりで過去の影をそっと包み込んだ。

「この、あほんだらが！」

「ヒッ！」

娘・菜月が受けた数々の暴力をボイスレコーダーが暴き、郷士の心は激しく揺さぶられた。普段の温厚な気性は影を潜め、鬼の形相で立ち上がった彼は、怒りに燃える目で娘婿を睨みつけた。次の瞬間、抑えきれぬ憤りが爆発し、力強く足を振り上げ、愚かな娘婿の身体を容赦なく蹴り飛ばした。娘婿は床に崩れ落ち、郷士の怒りはなお収まらず、娘を守る決意がその瞳に宿った。菜月の震える肩を見つめ、郷士は静かに拳を握りしめた。

「うぐっ！」

賢治はヒキガエルが潰れたような情けない声を上げ、縁側まで転がり落ちた。腹を抱え、苦しげに蹲るその姿に、郷士の怒りは一層燃え上がった。妻の制止の手を荒々しく払いのけ、郷士は倒れ込んだ賢治の襟元を力強く掴んだ。娘・菜月の受けた暴力の記憶が脳裏をよぎり、抑えきれぬ憤りが拳に宿る。握り拳を振り下ろすと、鈍い音が響き、賢治は顔を歪めてその場にしゃがみ込んだ。痛みに喘ぐ賢治を前に、郷士の目はなお冷たく光り、

「申し訳ございません！申し訳ございません！」

賢治の父・四島忠信は、両手を突いて額を畳に擦り付けた。

「も、もうし訳ございません！」

四島忠信は郷士の怒りに満ちた気迫に圧され、這いつくばりながら必死にその脚にしがみついた。「許してく…ください！許してやって下さい！」と震える声で赦しを乞うが、郷士の目は冷たく、娘・菜月の受けた暴力への憤りが収まることはなかった。賢治は這ったまま、悲痛な叫びで父親に訴えた。

「お、親父。暴力だ、暴力だ！」

賢治は、涙と恐怖で顔を歪め、必死に言葉を紡ぐ。

「お、親父、暴力だ！暴力！」

「なにがだ！」

「傷害罪で訴えてくれよ！」

賢治は郷士を睨みつけるとその姿を指さした。

「なにを言ってるんだ！」

「いてぇ、痛ぇんだよ」

情けない愚息を見下ろした忠信は一喝した。

「虫でも止まってたんだ！」

「そんな訳ねぇだろ」

「それだけで済んでありがたく思え！」

四島忠信は、往生際の悪い賢治の髪の毛を掴むと、思い切り床に頭を擦り付けた。

（こんな人と…私は結婚したのね）

菜月は、賢治と過ごした1年間を深い後悔で振り返った。心を抉る暴力の記憶が蘇り、賢治の不倫を見抜けなかった自分の鈍さを恥じた。純粋に信じた過去の自分が愚かに思え、処女を捧げた瞬間を呪う思いが胸を締め付けた。涙が頬を伝い、スカートの上で震える手を握りしめた。だが、湊の温かな手がそっと重なり、静かな微笑みが心に灯をともした。過去の傷を抱えながらも、菜月は新たな一歩を踏み出す決意を胸に秘めた。

「賢治くん、来てくれ」

郷士の鋭い声が座敷に響き、張り詰めた空気を切り裂いた。「賢治、貴様に娘は渡さん！」その言葉に、賢治は身をすくめ、恐怖で顔色を失った。目を大きく見開き、郷士の燃えるような視線を凝視する。娘・菜月の受けた傷が郷士の心を刺し、怒りは収まるどころかさらに燃え上がっていた。賢治は這ったまま、言葉を失い、ただ震えるばかりだった。

「こっちに来い」

「は、は」

「早く来い！」

郷士は座敷テーブルに離婚届を広げた。賢治は言葉を失い、愕然とその紙を見下ろした。

「こ、れは」

「離婚届だ。菜月とは離婚してもらう」

離婚届の右欄には綾野菜月の署名が鮮明に記され、証人欄には佐々木と多摩さんの氏名が並んでいた。すべての印鑑が押され、書類は完璧に整っていた。何もかもが菜月の決意を物語り、賢治の思惑は脆くも崩れ去った。綾野住宅の社長の座を夢見た賢治の野望は、足元から音を立てて崩壊し始めていた。郷士の鋭い視線と菜月の静かな強さが、賢治の心を締め付けた。縁側に響く沈黙の中、賢治はただ呆然と立ち尽くした。

「どうぞ、これをお使い下さい」

佐々木が賢治にボールペンと朱肉、認印を手渡した。

「賢治くん、今すぐ書いてくれ」

「え」

ボールペンを握る賢治の指はガタガタと震え、冷や汗が額を伝った。郷士の鋭い眼差しはまるで刃のようで、賢治の心を容赦なく突き刺した。離婚届を前に、綾野住宅の社長の座という野望は崩れ、菜月の毅然とした姿が脳裏に焼き付く。郷士の声が再び響く。「サインしろ、賢治くん。」その言葉に、賢治は震える手でペンを握り直し、恐怖と絶望に飲み込まれながら、ただうつむいた。

「早く書け！」

賢治はゴクリと唾を呑み込み、一歩後ずさると畳に額を押し付けた。

「も、申し訳ありません！菜月、菜月さんにはこのようなことは２度としません！離婚だけはどうか！どうか勘弁して下さい！」

賢治が情けなく縋り付く姿に、郷士の心は痛みと後悔で締め付けられた。なぜこんな男を婿に選んだのか。企業提携のためとはいえ、菜月に耐えがたい苦痛を強いたのは他ならぬ自分自身だった。郷士の鋭い眼差しは一瞬揺らぎ、過去の選択が娘の傷となって突き刺さる。離婚届の前で震える賢治を睨みながら、郷士は拳を握りしめ、菜月の未来を守る決意を新たにした。座敷の静寂の中、菜月の静かな強さが郷士の心に響いた。

「書けと言っているんだ！」

許されない過ちを犯したことにようやく気付いた賢治は震える手でボールペンを握った。

「は、はい！」

菜月の心は、賢治の情けない姿を前に、自身が自由の身となった事実を噛みしめた。二度とあの凄惨な暴力の日々に戻らなくていい。安堵の息が漏れ、肩の力が抜けた。離婚届に印鑑が押された瞬間、菜月はそっと湊の横顔を見た。その穏やかな眼差しに、温かな安心が広がる。湊は静かに微笑み、菜月を守ると心に誓った。座敷に響く静寂の中、郷士の鋭い視線と湊の決意が、菜月の新たな一歩を支えた。

離婚届に印が捺され、菜月の手にそっと渡された。そこには確かに賢治の名前と印鑑が刻まれていた。自由を噛み締める菜月の頬を、未来への期待を込めた涙が静かに伝った。多摩さんが差し出したハンカチで、菜月はそっと涙を拭い、穏やかな笑みを浮かべた。佐々木がアタッシュケースに書類を丁寧に仕舞うと、郷士は重い視線を四島忠信と賢治に向けた。

「四島さん、これでもシラをきるおつもりですか？」

賢治は、菜月との結婚以来、綾野住宅の副社長という地位を悪用し、密かに横領に手を染めていた。会社の帳簿を巧みに操作し、被害額は1,300万円を超えていた。湊の部下の鋭い機転により、ついにその不正が明るみに。だが、四島忠信と賢治は、証拠を突きつけられても頑なに認めず、うつむいたまま震えていた。郷士の鋭い視線が賢治を射抜き、菜月の解放された姿がその背後に浮かぶ。座敷の重い空気の中、賢治たちの罪はさらに重くのしかかった。

「そ、それは」

「親父！なんでそれがここにあるんだよ！」

机の上には、金額欄が空白の請求書が無造作に置かれていた。その横には、賢治の筆跡が一目で分かる改竄された書類が、ずっしりと重いバインダーに綴られ、綾野住宅への裏切りを物語っていた。1,300万円を超える横領の証拠が、冷たく並ぶ。湊の部下が暴いた真実を前に、賢治は言葉を失い、ただ青ざめた。郷士の鋭い視線が賢治を貫いた。

「賢治様、これは賢治様の筆跡で間違いありませんね？」

顧問弁護士の佐々木が、賢治の横領を暴く数字をトレースした書類を、座敷のテーブルに静かに並べていった。一枚一枚が綾野住宅の裏切りを物語り、1,300万円を超える不正の証拠が冷たく積み上がる。賢治の顔色は青ざめ、膝の上で握った拳がガタガタと震えた。四島忠信は、肩を落とし、視線を逃がすようにうつむいた。

「間違い・・・ありません」

「親父！」

「証拠はそろっとる、認めるしかない」

郷士は、横領された金額を一括返済することで裁判沙汰にはしないと断言した。

「四島さん」

「はい」

「四島工業の横領賠償金、離婚慰謝料、一括で近日中にお支払い頂けますか」

「は、はい」

「刑事告訴はお互いの為になりませんのでそこはご理解頂きたい」

四島忠信は誓約書を食い入るように見た。

「提示金額に不服が無ければこの誓約書に印鑑を」

「は、はい」

「公正証書の手続きは佐々木を向かわせますのでお立ち会い下さい」

「・・・・・お願い致します」

賢治と四島忠信は、佐々木が差し出した誓約書に目を落とした。不倫と暴力が招いた離婚慰謝料として400万円を支払い、財産分与を辞退、共有財産の全てを菜月に譲渡する旨が記されていた。賢治の震える手がボールペンを握り、署名を刻む。力強く実印を捺す瞬間、座敷に重い音が響いた。郷士の鋭い視線と菜月の静かな強さが、賢治の敗北を刻む

玄関先が突然賑やかになり、ざわめきが座敷まで響いた。多摩さんが急いで応対に出ると、慌てふためいた面持ちで戻り、郷士にそっと耳打ちした。

「警察の方が…賢治様にお話があると…」

その言葉に、座敷の空気が一瞬で凍りついた。賢治の顔はさらに青ざめ、震える手で誓約書を握り潰しそうになった。