カチャカチャと食器を洗う音がシンクに響いた。
オレンジのスポンジにもう一度洗剤をつけた。
マグカップが3つ、どんぶりが3つ、小皿が3つ、箸が3人分を丁寧に洗う。
颯太が食器につけて、琉久が洗い流していた。
「食器、いつもより少ないね」
琉久がボソッと言った。
「琉久、姉ちゃんがいないの寂しいのか?」
「べ、別に。洗い物が減って楽だなって思っただけだよ」
颯太は洗い物を終えて、壁にかかったカレンダーをめくる。琉久は本音と裏腹だった。
「姉ちゃんが同棲し始めて、半年か」
「俺は勉強に集中できるし、静かになっていいよ」
「嘘だ。いつもゲームしてるくせに……」
「いいの! それでもいいの!」
そう言いながら、洗い物を終えて、慌てて、自分の部屋に戻っていく。颯太は、残った後片付けをした。美羽は、飲み終わったマグカップを台所に運ぶ。
「琉久、どうしたって? 紬いないのが寂しいって話?」
「うん。琉久、食器の数、いつも洗いものするから少ないって気づいて、寂しくなったらしいよ。もうすぐ結婚式だってあるのに、俺よりも号泣してたりな?」
「そっか、琉久、寂しいんだね。小さい頃から一緒だったから」
美羽は、しみじみと琉久の心中を察した。
「あ、そうそう。今日、流れ星出るんだってよ? ベランダに行ってみてみよう?」
美羽は、ネット情報で流れてきた流星群の見ていた。夜の天気もよく、絶好の星空観測日和らしい。
「流れ星か。ああ、見てみるか」
簡易ベンチを倉庫から出して、ベランダに置いた。颯太は、2つのマグカップに温かいコーヒーを淹れる。
「はい、飲みながら、見よう?」
「あ、ありがとう」
外に出ると湯気がふわふわと浮いている。ふーと口で冷ましてから飲んだ。
コーヒーの香りが広がって、ちょうど良い苦味があった。
「紬、結婚しちゃうんだなぁ。あんなに小さかったのに……」
「そんな昔にさかのぼる?」
「というかさ、ウチで本当複雑な家族だよな。血つながらないに、こんなにべったり仲良くいられるのも珍しいんじゃない? まぁ、俺は血のつながりとか関係なしに紬も琉久も一緒にいられて幸せだけどな。本当の親子より親子って感じするし!」
颯太はにかっと歯を見せて笑った。
「え、でも紬と颯太は本当の親子でしょう? 私と紬が血のつながりはないのは当たり前だけど……」
「……俺、美羽に言ってなかったけど無精子症なんだよ。年取ってからの調べてわかったことなんだけどさ」
「え?!! 嘘、それ本当??」
「あと、知ってるよ。琉久と俺も親子じゃないんだろ?」
「え?!」
「何年か前に書類の入った引き出し見てて、匿名で遺伝子検査結果見つけたんだ。美羽だろ? 気になって検査出したの。聞いたら、びっくりするだろうなって言わなかった。そろそろいいかなって今話してるんだけどさ」
「そ、そんな……嘘。いや、その…ごめんなさい」
「もう、時効だよ。俺にとっては。今までの生活そのもので十分償ってるって思ってる。というか、俺も知っててそういう状況になった……悪い、策士は俺かもな。紬も、誰の子かわからないまま父親役にさせられてたんだ。懐いてくっついてきたから戸籍上では俺が父親だし、病気のこと上原家族には直接言えなかったんだ。元嫁のあいつも知らない。騙されていたに等しいんだけどさ」
美羽は、衝撃的な話を聞いて信じられなかった。天涯孤独な颯太がより一層、かわいそうで抱きしめたくなった。母性本能が働く。血縁関係じゃない繋がりを維持させることの方が難しいはずだ。颯太は心が広い。器が大きい。美羽がしてきたことを許した。
「美羽、俺は、ずっと一緒にいるよ。離れないから。夫婦なんて血なんて繋がってなくても
一緒にいるんだから。俺は、それだけで十分、幸せだ」
「あ、ありがとう。私も同じだよ。絶対離れない。許してくれてありがとう。一瞬、生きた心地がしなかったよ。ものすごく責められるかと思った」
「いろんな夫婦の形があるんだから。結果幸せならそれでいいんだよ。そうだなぁ、どう責めようかなあ」
ジリジリと顔を近づけた。
「やめてー。顔近い」
「冗談だよ。でも、この話は琉久と紬には言わないでおこうな」
「うん、そうだね」
「2人の秘密。絶対。墓場まで持っていく。もちろん拓海くんにもだぞ」
「う、うん。あ、流れ星!」
「星に願おう。未来を見よう。過去は振り返らない!」
手を合わせて、流れ星が降り注ぐ満天の星空に願った。
「でも、なんで私たちは純粋に出会ってシンプルに結婚まで至らなかったのかな。レールがあるんなら、ストレートに
来たかったかなって思ってしまう」
「そうなってしまったら、紬が結婚できなかったかもしれないだろ? 美羽と交際してなかったら会わなかったんだから。
生きてる中での出会いは偶然なんてなくて全部必然なのかもしれないな。なるべきして起こった出来事なんだよ」
「……そうかもしれないね。神様はチェス板の上でこうしてああしてって私たちを動かしてるかもしれないわ」
雲の上で白い髭を生やした神様をイメージする。
もしかしたら、今生きている人は、本当に神様が操作していろんなミッションを引き起こしてるかもしれない。
その中で心が満たされる人は将来の結婚相手なのかもしれない。
数ヶ月して、楠家の棚にはどんどん写真が増えていった。
紬と拓海の結婚式で家族集合写真。
初孫が生まれた瞬間、美羽と颯太が抱っこ争いしている写真
琉久がサッカーでU−18の全国大会で優勝した写真。
そんな風にごくごく普通の家族の過ごし方を送って行った。
ある日の朝、鳥のさえずりが聞こえた。
「あ、昨日、スマホに充電器さすの忘れてた。どこだっけかな」
美羽は、目を覚めてスマホが赤く光ってるのを見た。
寝ぼけ眼の颯太がメガネをかけて、ベッドの宮に置いてあった充電器を美羽に渡す。
「ほら、ここにあるよ」
「あ、ありがとう!! 助かった。もうあと1%しかないんだよ」
美羽はすぐにスマホに充電器をさす。
「1%もあるじゃん」
「くぅ〜、その考えた方、いいよね!!」
「わぁー!」
起こしたばかりの体が倒れた。
美羽が颯太をいきなり抱きしめた。
「これでいい。私は満たされるのよ」
小声でつぶやいた。
「ん?」
「なんでもない」
なんでもない大切な1日がまた始まろうとしていた。
【 完 】
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